バレンタイン2023 前半 叩き込まれた日本式 どう見ても作りすぎた嫁
「チョコが……食べたい……!」
就寝も近くなった頃。
ジークベルトとともにベッドに乗りあげた私は、ぴーんとなにかを受信して、こう口にした。
あまりにも突然のチョコ発言に、ジークベルトには、ちょっと驚いた様子で「ん?」と言われてしまった。
「どうしたんだい、急に」
「無性にチョコが食べたいの……!」
寒さの中にも、春の足音を感じ始めるこの季節。
日本人として生きた記憶もある私は、突然のチョコ欲に襲われた。
日本式バレンタインの記憶に、引っ張られているのである。
当時は普通の高校生だったから、友達と簡単な手作りチョコを交換していたぐらいで、高級品にはほとんど縁がなかったし、好きに買えるわけでもなかった。
それでも、この季節はチョコだと、叩き込まれてしまっているのだ。
この国にも、バレンタインに類似するイベントはある。
男性から女性に贈り物をする機会であり、選ぶプレゼントはお菓子やアクセサリー、小物など、それぞれの自由だ。
なので、チョコイベント! という雰囲気ではない。
しかし今の私はチョコが食べたい。とてつもなくチョコが食べたい。
チョコのお菓子を作りたいし、日本式バレンタインにならって、夫に手作りチョコレートだって渡したい。
大好きな旦那様に渡す、手作りチョコレート。いい響きだ。
ここが日本じゃないことは承知で、是非やりたい。
就寝モードだった頭を回転させ、明日の予定を思い出す。
明日は……お菓子作りに使えそうな時間が、ある!
材料もレシピも、多分ある!
私の中で、明日の空き時間にチョコのお菓子を作り、ジークベルトに渡すことが決定した。
「ジーク! 明日をお楽しみに!」
「うん?」
「じゃあ、そろそろ寝よっか」
「あ、うん……。よくわからないけど、楽しみにしておくよ」
ジークベルトにはなんの説明もしなかったけれど、彼も私のこういった面にはもう慣れっこなようで。
何の話かと追及されることはなく、二人並んですやすやと眠った。
***
そして翌日。
「やりすぎた……」
夫に手作りのお菓子を渡したい。
使用人にそう話し、厨房の一画を使わせてもらった私は、久々だからと張り切って、どう見ても二人では食べきれない量のお菓子を作ってしまった。
これでも王族の妻だから、普段はあまり自分で料理をしないよう、気を付けているのである。
そうやって抑えていた部分もあったからか、調子にのって作りすぎてしまった。
チョコチップクッキー、ガトーショコラ、フォンダンショコラ、チョコプリン。
計4種のスイーツが、私の前に鎮座している。
しかも、それぞれそれなりの個数や大きさがある。
「どうしよう……。流石にこの量は、私とジークだけじゃ無理な気が……」
私は作るのも食べるのも大好きだし、ジークベルトも好き嫌いなくよく食べるほうだ。
それでも食べきれる気がしない。手作りなため、できるだけ早めに食べる必要があるからなおさらだ。
スイーツの前でうーんとうなり、近場の親族や友人に分けることも考え始めた頃。
「アイナ、ただいま!」
私が夫に渡すお菓子を作っている、と使用人から聞いたのだろう。
満面の笑みのジークベルトが、厨房に現れた。




