毎日が愛妻の日
遅刻しすぎて投稿日バレンタイン!愛妻の日番外編
今日は愛妻の日。
妻に感謝や愛情を伝える日で、街を歩けば贈り物を勧める張り紙などが目に入る。
僕、ジークベルト・シュナイフォードも、もちろん、この愛妻の日に妻に日頃の感謝と愛情と伝えるつもりだ。
僕たち夫婦は、こういったイベントごとは好きな方なのだ。
公務のために外出していたものの、夕方には終わる予定で。
帰り道にアイナへの贈り物を購入し、夜は夫婦でゆっくり過ごすつもりでいた。
会議が終わり、早く家に帰ろうとする僕を、今日の仕事相手でもあった大臣が呼び止める。
「ジークベルト様。どうですかな、このあと一杯やっていきませんか」
僕のアルコール耐性は異様なまでに高く、それを知る人は多い。
だから、こうして仕事の後に飲みに誘われることも珍しくはない。
ただ、今日は愛妻の日。早く帰ってアイナと過ごす気満々だった僕は、すぐに頷くことができなかった。
「ヒントになるかと思い、各地のワインやつまみも用意してありますので、ぜひぜひ」
正直なところ、今日はお断りしたかったけれど……。
こう言われてしまうと、いいえ帰りますとも言えない。
今回は、この国の新しい特産品や名物を作りたいということで、シュナイフォード家当主の僕が呼び出されている。
正式に家を継ぎ、アイナと結婚して以降、シュナイフォード家といえば、今までこの国にはなかった新たなイベントや飲食物を生み出すことにも長けた家、として認識されつつあるのだ。
ちなみに、発案者はアイナであるため、僕はこの話を家に持ち帰り、アイナに相談していく。
次回からは、彼女にも会議に参加してもらうことになっている。
良いものを見つけたりアイディアを出したりするのはアイナで、そこから細かく詰めていくのは僕になるだろう。
まあそういうことなので、各地の飲食物を用意した、ヒントになるかも、と言われてしまうと、簡単に断るわけにもいかないのだ。
「……では、お言葉に甘えて、ご一緒させていだたきます」
こうして、僕はこの愛妻の日に、酒の席へ向かうこととなった。
参加者の中では僕が最年少で、アルコール耐性は恐らく僕が最高。
そのため、終盤には酔った男たちの介抱にまわるような形に。
試飲も兼ねて多めに飲んだのに変わりのない僕を見て、誰かが「相変わらずすごいな、きみ……」と呟くのが聞こえた。
酒の席だからこそ、出てくる話もある。
大臣の言葉通り、各地の飲食物が多く取り揃えられていて、今後の参考になりそうな会話をすることもできた。
実りがないとは言わないけれど……。
「もうどの店もあいてない……」
ようやく解放された頃には、日付が変わりそうな勢いで。
帰りにアイナへの贈り物を用意するつもりだった僕は、馬車の中で、一人項垂れた。
「プレゼントだけでも、先に買っておくべきだったな……」
やっと帰宅してシャワーなどを済ませたときには、とっくに日付が変わり、深夜帯となっていた。
夫婦の寝室に向かえば、アイナは既にベッドの中で寝息をたてていた。
彼女が僕を出迎えてくれれば、もちろん嬉しい気持ちにはなる。
けれど、アイナ自身の体調を優先して欲しくて、帰りが遅くなりそうなときは先に寝ていて欲しい、と僕から彼女に頼んだのだ。
起こさないよう静かにベッドに入り、眠る彼女の髪にそっと口づける。
「おやすみ、アイナ」
***
翌朝、寝坊とまではいかないものの、普段よりは少し遅く起きた僕に、アイナの淹れた紅茶がふるまわれた。
昨夜のことを使用人から聞いたのか、「昨日はお疲れ様」と労わりの言葉と笑顔つきだ。
一日の始まりに摂取する妻と、妻が淹れてくれた紅茶は最高だ。
アルコールも嫌いじゃないけれど、どちらかといえばアイナを多量に摂取したい。
彼女はいつだってそばにいて、僕の心を支えてくれる。
僕が健康に生きていられるのは、アイナが一緒にいてくれるからだ。
だからこそ、愛妻の日は、彼女に感謝と愛を伝えたかった。
なのに、なにも用意できず、感謝の言葉も伝えられず、1日過ぎてしまった。
「アイナ、昨日はごめん。愛妻の日だったのに、早く帰ってこれなくて……」
「お酒の席に誘われたんでしょう? そういう付き合いもあなたの仕事のうちなんだから、気にしないで。ね?」
それより、ちゃんと眠れた? 今日はあまり無理しないでね。休憩時間に仮眠する?
と、アイナの言葉が続く。
妻の優しさを受けて出た言葉は、
「やっぱり早く帰って来たかった……!」
だった。
こんな風に労わってくれる君だからこそ、イベントにかこつけて、気持ちを伝えたいと思うんだ。
「アイナ。遅刻になるけど、今日こそやるから。愛妻の日」
「無理しないでって、言ったばっかりなのに……」
僕にぎゅっと手を握られたアイナが、もう、と少し呆れたように笑う。
それから、少しだけ顔を横に向け、僕から視線もそらし、一言。
「……あなたは毎日が愛妻の日なんだから、疲れてるときぐらい、無理しなくても」
「……!!」
毎日が、愛妻の日。
アイナは確かにそう言った。
自分で言って恥ずかしくなったのか、頬を染めたアイナは、僕と目を合わせようとしない。
僕のほうはと言えば、アイナがそれほどまでに自分は愛されていると感じていたと知り、嬉しさでいっぱいだ。
思わずがばっとアイナを抱きしめると、彼女は大人しく腕の中に収まってくれた。
「……ほら、すぐ愛妻の日になる」
僕の胸に顔をうずめた彼女から、ちょっと拗ねたような言い方で、追加の一撃。
「ア、アイナ……!」
あまりのことに、彼女を抱きしめる腕に力が入る。
もちろん、痛くない程度に調節はしている。
妻に感謝や愛情を伝える日のはずだったのに、僕のほうがたくさんもらってしまったような気分だ。
ひとりきり妻を堪能してから、朝の支度や朝食を済ませ、執務室へ向かう。
休憩時間までは、彼女とお別れだ。
毎日が愛妻の日だなんて言われて、本当に嬉しかった。
でも。
「それはそれとして、愛妻の日はやるよ」
「う、うん」
僕を見送るアイナにそう告げて、彼女の額に1つキスを落とす。
ここぞとばかりに妻に愛を伝えることができるイベントごとを、逃す気はない。
***
夫……ジークベルトは、愛妻の日宣言を残して今日の公務へ向かった。
毎日が愛妻の日状態の彼が、「やるよ」と言ったのだ。
これはもう、濃厚なのがくるに決まっている。
残された私は、「いつもの以上が……くる……!」と心の中で身構えた。




