うさぎさんとオオカミさん
卯年じゃん乗っていけビッグウェーブと思って新年一発目に書いたものです
「ねえ、ジーク」
「うん?」
「ちょっとだけ、目を閉じてじっとしててくれる?」
「……!」
愛する妻と、夫婦の部屋で二人きり。
ソファに腰掛けて新聞を読んでいた僕に、アイナが近づいてきて。
手は後ろに隠してもじもじとした様子で、ちょこんと首を傾げてこんなことを言われて。このあとの展開に期待しない男などいないだろう。
キスでもしてもらえるのだろうかとわくわくしながら、彼女の要求に従って目を閉じる。
けれど、僕の唇になにかが触れることはなく。代わりに、頭に謎の感触。
少しだけ頭がしめつけられるような感じだ。触れたのではなく、ついた、の方が正しそうだ。
「よし……!」
困惑する僕をよそに、彼女からは達成感のある声が。
目を閉じたままだから顔は見えないけれど、きっと、満足げなのだろう。
「アイナ? なにを……」
「あ、もう目開けちゃって大丈夫」
「いいんだ」
目を閉じた意味とは……? と若干の疑問を抱きながらも目を開ければ、そこには、水色の瞳をこれでもかというほどに輝かせたアイナの姿。うん。可愛いね。
「~~っ! かわいいっ! やっぱり似合ってる! すごく可愛い! ジーク可愛い……!」
可愛いアイナから、可愛いという言葉。どうやら、僕に対して可愛いと繰り返しているようだ。
一体なにをしたのかと、自分の頭に触れてみる。
僕にはあまり馴染みのないものだけど、どうやら、カチューシャのようなものがついているみたいだ。そこから、ぬいぐるみに似た手触りの小さな突起が2つ生えている。
なんだこれ……? と触り続けていると、アイナが、「あ、そっか」と小さく声を漏らした。
「自分じゃ見えないもんね。鏡を持ってくるから…………」
ぱあっと花がほころぶような笑顔でそこまで言ったあと、彼女は少しだけ考えて。
「見てもとらないでくれる?」
「……とらないよ。と言いたいところだけど、これが何かにもよるね」
「う……。うう、うーん……。本人が嫌がるなら、仕方ない……」
僕自身には見せられないものなんだろうか。
彼女はそれなりに悩んでから、鏡を取りに行った。
アイナが持ってきた鏡で、今の自分を見る。
見た。見てもよくわからない。
「犬耳です」
一応説明があった。うん。それでもわからない。
いや、まあ、犬の耳を模していることはわかったんだ。
僕の髪色よりも少し濃い茶色。片耳はぴんと立った三角形で、もう片方は先の方が折れ曲がっている。
本物のような、見事な作りの犬の耳が、カチューシャから生えていた。
アイナの言葉を借りれば「いぬみみ」である。
けれど何故。どうして僕に犬の耳を。そもそもこれはどこで入手したのだろう。
「あのね、絶対似合うと思って作ってみたの!」
やっぱり可愛い! 似合う! と、アイナは上機嫌に僕を撫でまわす。
なるほど手作り。アイナは「ハロウィン」の衣装も毎年自作する人だ。これぐらいは作れるだろう。料理も勉強も裁縫もできるアイナはやっぱりすごい。
けれど……。可愛い可愛いとアイナに撫でられながら鏡を持ち、自分の姿を再確認する。
いぬみみの出来はとてもいい。でも、自分が可愛いとは思えない。今は二人きりだからいいけれど、とても人前には出られない姿だ。
それでも、アイナがとても喜んでいるし、僕につけるために手作りまでしたというのだから、外すわけにもいかない。……ふにゃふにゃ笑って撫でてくれるし。頭をぎゅっと抱きしめられると柔らかくていい匂いもするし。
いぬみみのアイナ誘引効果を堪能しながら、僕は考えた。
これ、僕よりアイナがつけた方が可愛いんじゃないかな?
「あの、ジーク。色違いもあるんだけど」
そう言って彼女が僕から離れた隙を狙い、こちらも攻勢に出る。
「君はつけないのかい?」
「……え?」
「君の方が似合うと思うな」
「え、いや、そんなことは……」
自分がつけることは想定していなかったのだろう。明らかに逃げ腰だ。
「君もつけるよね?」
僕がつけたんだから、当然だよね。そんな意味を込めて、意識して微笑めば。
「はい……」
アイナは観念し、もう1つのいぬみみと自分の頭を差し出した。
こうして、僕らは夫婦揃っていぬみみをつけることとなった。
「うん、可愛い」
「そう……」
それだけ答えるアイナからは、哀愁が漂っている。
自分から始めたというのに、この顔である。
僕に勝手に装着させたうえ、色違いで2個用意しておいたら、こうなるに決まっているのに。きっと、そこまでは考えず、勢いだけでやってしまったのだろう。
「うーん……。これも可愛いんだけど……。君には兎とかの方が似合いそうだね」
「へ?」
「……僕はつけたよ。君の望み通りに、『いぬみみ』を。兎、可愛いと思うなあ」
「う、うさぎ」
「うん。うさぎ」
後日、アイナの手作りうさみみカチューシャが出来上がった。色は白だ。
あまり気乗りはしなかったようだけど、彼女の性格上、手は抜けないようで。やはり見事な作品ができあがった。
僕はアイナに兎の耳を。アイナは僕に犬の耳をつけ、両者動物の耳をつける謎の空間が完成した。
アイナの金の髪に、白い兎の耳はよく映えていて。可愛いねと言えば、彼女はちょっと悔しそうにしながらも、顔を真っ赤に染め上げていた。
こんな表情をしながらも外しはしないのだから、可愛くて、面白くて、ついついいじめたくなってしまう。
「君と一緒だと、面白いことばかりだね」
「……。犬じゃなくて、オオカミだったかも……」
「はは、どっちかなあ」




