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【本編完結】私の居場所はあなたのそばでした 〜悩める転生令嬢は、一途な婚約者にもう一度恋をする〜  作者: はづも
最終章 夫婦と、家族

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22 すれ違い 入れ違い 雨降ってなんとやら

 妊娠したことをジークベルトに伝えてから、数か月が経過している。

 つわりが重い方だったようで、結構な苦労をした。

 そんな状態の私を彼が放っておくわけもなく。

 ジークベルトは心から私を心配し、少しでも楽になるよう尽くしてくれた。

 夫を始めとする周囲の人たちに助けれ、なんとか体調が安定してきたところだ。


 公務で忙しいはずなのに、できる限りそばにいてくれた私の夫。

 彼がいたから、苦しくても安心して過ごすことができたのだ。

 なにかあったら、絶対に助けてくれるって。そう思えるから。

 本当に、本当に助かったのだ。

 でも、少し落ち着いた今となっては。


「これくらいなら、今の私にもできるから大丈夫だよ?」

「君が無理をすることはないよ。なるべく安静に」

「ありがとう。でも、何もしないでいるのもよくないと思うし、無理はしてないから。つわりももう落ち着いたんだよ。ね?」

「……そうかもしれないけど、心配なんだ。君は頑張りすぎるところがあるから」

「一人の身体じゃないって、わかってるよ。今までみたいな無茶は……」

「アイナ。これは僕が戻してくるから。君は座ってて」

「あっ……」


 手に持っていた本をジークベルトに取られ、しゅんとする。

 数冊の本を書庫に戻そうとしただけなのにこれだ。

 元々私を大事に扱っていた彼は、つわりを経てすっかり過保護になってしまった。

 少しは活動したい私と、とにかく妻子を守りたい彼。

 シュナイフォード家の奥様として私がこなしていたことも彼がやり、フォークとナイフより重いものは持たないほうがいいぐらいのことも言われた。

 嬉しいことのはずなのに、窮屈で。

 こんなことが繰り返され続けたある日、私は我慢の限界を迎えてしまった。




「ねえ、なんでそんなに私の動きを制限するの? 心配してくれてるのはわかってる。でも、そこまでしなくたって……!」

「僕は君とお腹の子を心配して」

「だからって限度があるでしょう!? 大丈夫だって何度も言ってるのに!」


 今日もちょっとしたことで邪魔をされて、ついに声を荒げてしまった。

 私に怒鳴られる形となったジークベルトが怯む。

 こんな言い方をしてはいけないと、わかっているのに。

 一度決壊したものをせき止めるのは、難しかった。


「心配だって言うけど、今の私のストレスはどうなの!? 何をしようとしても邪魔されて、ずっとイライラしてる! それはいいの!?」

「あ、アイナ。落ち着いて……」

「落ち着いて話したって聞いてくれなかった!」

「っ……! それを言ったら、君だってそうだ。僕は昔からずっと、無理はしないでと君に言ってきた。でも、あまり聞いてくれなかったよね? だから今だって心配で目が離せないんだ」

「それは……」


 下唇を噛み、俯く。悔しいけれど、言い返せない。

 ジークベルトの言うことも理解できる。

 私は幼い頃から彼に心配をかけ続けてきた。

 きっと、私の言う「大丈夫」は信用できないんだろう。

 これまでの私の行動の結果でもある。

 でも、じゃあどうしろっていうの?

 ジークベルトの言うことを聞いて、ずーっとずーっと、ただ座っていなくちゃいけないの?


 ジークベルトへの感謝。

 今までの行動を反省する気持ち。

 そして、私の動きを制限する彼への苛立ち。

 色々な感情がぐるぐるする。

 今、私の中で一番大きいのは、苛立ちだ。

 このまま一緒にいたら、私の苛立ちは収まらないだろう。

 ひどい言葉でジークベルトや自分自身を傷つけてしまうかもしれない。

 言葉の選び方によっては、修復できない傷になる可能性だってある。

 今の私が、私たちがすべきことは、きっと――


「実家に帰らせていただきます」


 短時間でもいい。一度ジークベルトと離れて、互いに頭を冷やすことだ。



***



 こうして、私は一時的に実家へ戻ることになった。

 日帰りのつもりだから、荷物は最小限。

 突発的なことのため、ラティウス家に連絡もしていない。

 イライラしたまま馬車に乗りこみ、実家へ向かう。

 そうして一人で揺られていると、徐々に冷静になってくる。


 最近のジークベルトが過保護すぎたのは確かだ。

 逆に私の負担になるほどだった。

 けれど、今までのことを思えば彼が心配するのは当然で。

 つわりに苦しむ姿も見せてしまったから、余計にだろう。

 普段通りに食事をとれない時期もあった。


 あまり表に出さないようにしてくれたけど、ジークベルトの心労だって相当なものだったはずだ。

 だって彼は、幼い頃からずっと私を見守ってくれたのだから。

 ぐったりする私を見て、平気なはずがない。


「……そういえば、私、頭を冷やしてくるだけだって言ったっけ」


 少し前の出来事を思い出してみる。

 実家に帰ります、としか伝えていない気がしてきた。

 頭を冷やしたいだけとも、短時間、日帰りで戻るとも言っていない。


「どうしよう……。今頃泣いてるかも……」


 私が彼にぶつけた一言だけじゃあ、離婚や別居に発展するようにも思えてしまう。

 最悪の事態を想定し、嘆き悲しむジークベルトの姿が容易に想像できた。

 あんなにも彼に苛立っていたのに、今度は可哀相になってくる。

 やりすぎだったかもしれないけど、彼が心底私とお腹の子を想ってくれていることに違いはない。

 そんな彼を、不必要に悲しませるのは嫌だ。


「……帰ろう」


 帰って、もう一度ジークベルトと話し合おう。

 私の気持ちと、彼の気持ち。

 両方を尊重して、互いの心も守れる落としどころを探ろう。

 そう思えるようになった私は、ラティウス邸に着く前に、シュナイフォード家へ戻り始めた。

 せっかくの外出だったので、ついでにお気に入りのお菓子屋さんにも行った。

 仲直りできたら、二人で一緒に美味しいものを食べるんだ。




 実家に足を踏み入れることすらなく、この騒動は幕を閉じた……はずだった。


「え? ジークベルト様が私を追って……?」


 大好きなお菓子を買って、るんるんで帰ってきた我が家。

 そこにジークベルトの姿はなかった。

 彼は、私が家を出てから数十分経った頃、ラティウス邸へ向かったそうだ。

 私が途中で引き返し、寄り道もしたために入れ違いになったのである。


「奥様に謝る、話し合うと言って追いかけていきましたよ」

「そうですか……」


 うろたえながらも私を追う姿が想像できる。きっと、ものすごく必死になっていたんだろう。

 彼がラティウス家に着けば、私が実家に戻っていないこと、途中で引き返したことに気が付いて帰ってくるだろう。

 彼が来たら、ごめんねと謝って、お菓子を食べながらゆっくりお話ししよう。


 この時点ですっきりしてしまった私は、ジークベルトがラティウス邸で「事件」「誘拐」「早く通報と捜索を」「アイナを探しに行く」と大騒ぎしていることを、まだ知らなかった。



***



「よかった……。よかった…………。何事もなくて本当によかった…………」


 ジークベルトは後ろから私に抱き着き、よかった、と繰り返す。

 帰ってきた彼と顔を合わせてから、ずっとこの状態だ。

 ソファに座る彼の足の間にしまわれ、腕も使って捕獲されている。

 体勢的に顔はよく見えないけれど、時折、ずず、と鼻をすするような音も聞こえる。

 

「……君に何かあったらと思うと、生きた心地がしなかったよ」

「ジーク……」

「僕は本当に、君が心配で……。今は二人分だから、余計に。でも、君が本気で怒っているのを見て、自分の気持ちを押し付けすぎていたって気が付いたんだ」

「……私も、あなたが過保護になるのも当然だってわかったの。あなたは、私のことも、これから生まれてくる赤ちゃんのことも、大好きだもんね」

「うん。大好きだよ。好きでたまらない。だから……君の心のことも、ちゃんと考える」


 少し拘束が緩み、やっと彼の顔を見ることができた。

 ジークベルトの目元は少し腫れていて、涙の跡もある。

 こんな形で泣かせたいわけじゃなかったんだけどなあ、と思いつつ、二人で笑い合った。



 その後は、無理のない程度に行動させてもらえるようになり、夫婦仲も元通り。

 どうしても胎動を感じたいジークベルトと、この時を狙ったかのように動かない赤ちゃんの長期戦が繰り広げられたりもした。

 そうして日々は過ぎ、お腹は大きくなっていく。


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