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【本編完結】私の居場所はあなたのそばでした 〜悩める転生令嬢は、一途な婚約者にもう一度恋をする〜  作者: はづも
12歳

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7 ジーク視点 変わらない君に、変わらない想いを

「……アイナに会いに行こう」


 まあまあ天気のいい日だった。

 僕は、思い付きだけでラティウス邸にやってきた。

 今日のアイナは、ワンピースの上にボレロを羽織っていて、いつもより動きやすそうだ。

 貴族のお嬢様というよりは……一般家庭の女の子がおしゃれをしている。そんな印象を受ける。

 こういう姿も可愛いなあ……なんて思っていると、アイナは申し訳なさそうにこう話した。


「ごめんなさい、ジーク。私、今から出かける予定があって……」


 ……なるほど、それでいつもと違う格好だったんだね。

 寂しいけど、突然やってきたのは僕の方だから仕方がない。

 彼女にだって都合があるんだ。

 ちょっと……いや、かなり気になったから、どこに行くのか聞いてみる。

 すると彼女はガラス工房へ向かうのだと教えてくれた。

 ……ガラス工房って、僕も一緒に行けたりするのかな。

 一緒に連れて行って欲しいと、アイナにお願いしてみた。

 まさかそんなことを言われるとは思わなかったのか、アイナは戸惑う様子を見せている。


 急なのはわかってる。

 でも、僕も一緒に行きたい。

 好きな子が見ている世界を僕も知りたい。

 未来の夫として、婚約者がお世話になっている人に挨拶だってしておきたい。

 それに、なにより……


「……アイナ。もう少し、君と一緒にいたいんだ」


 君に会いたくて……同じ時を過ごしたいと思って、ここに来たんだ。

 わがままなのはわかっているけど、一緒にいさせて欲しい。

 アイナの左手を両手で包み込み、水色の瞳をじいっと見つめてみる。

 彼女からの返事はない。

 ……急だし、やっぱりダメかな。

 それでもどうしても連れて行って欲しくて、アイナ、と小さく名前を呼んだ。

 そんな僕に対して、彼女は――


「いっしょに、いきましょう……」


 と同行を許可してくれた。

 一緒に行こうと言ってもらえたことが嬉しくて、僕の気分がぐんと上昇する。


「じゃあ行こうか」


 そうと決まったら、やっぱりダメと言われる前に出発してしまおう。

 ちょっと強引にアイナの手を引き、上機嫌に馬車へ乗り込んだ。



***



 工房の応接室には、なんとも気まずい空気が流れている。

 王族男子が急に乗り込んできたせいだろう。

 立場もあるから平静を装ってにこにこしているけど、心の中ではやってしまったと思っている。

 数分が経過した頃、ライラと呼ばれた女性がぱっと顔を上げ、コップが出来上がったと話しだす。


「アイナ、コップって?」

「先日、こちらで吹きガラスを体験させていただいたのです。そのときに私が作ったコップのことですね」

「へえ、君が……。完成しているなら、僕も見てみたいな」

「でしたら……。ライラ、今もってきていただけますか?」


 ライラが立ち上がり、応接室を出た。

 僕らと使用人だけが残された空間で、アイナが軽くため息をつく。気疲れさせてしまったみたいだ。

 僕が無理を言ったせいでこうなったのだから、そこは申し訳なく思う。


 でも、僕に対してあの喋り方。

 工房に来たときはライラを「ライラおばさま」と呼んでいたのに、今は呼び捨てにしている。

 普段の姿を考えると、正直、ちょっと面白い。


「……ジークベルト様?」

「くくっ……。ごめ……。ふふっ……。外行き用の姿に切り替えたのが……面白くて……」


 アイナも一応は公爵家のご令嬢。

 いつでもどこでも砕けた態度で過ごしているわけじゃない。

 時と場合に応じて、口調や振る舞いを切り替えているのだ。


「でも……。今は僕らだけなんだから、いつもみたいに『ジーク』って呼んで欲しいな」


 僕がそう言えば、アイナが小さく唇を開いた。ジークって呼んでもらえるかな?

 そんな期待をしたとき、応接室にノックの音が響いた。思ったより早い。

 入室を許可すると、小さな箱を手にしたライラが姿を見せた。

 額にはうっすらと汗もかいている。これは……走ったんだろうな。

 そこまでしなくても大丈夫なんだけど、向こうとしては、そうもいかないんだろう。


 僕のことはあまり気にしなくていい。

 それより、彼女が見ている世界を共有したい。

 そうやって話を進め、出来上がったコップを見ることにした。


 自分で箱を開け、アイナがコップを取り出す。

 どう見ても素人が作ったものだけど、アイナの手作りというだけでとても価値のあるものに思えてくる。

 僕ももっとよく見たくて、隣に座る彼女に身体を寄せた。

 ……接近したらちょっと意識してくれるかな、なんて下心もあったことは否定できない。

 ちなみに、アイナが顔を赤くすることはなかった。




 色は青、水色、黄色の3色を入れたようだ。

 青と水色は自分の瞳、黄色は金髪をイメージしたのかもしれない。

 いいな、これ。アイナ作のアイナカラーのコップとか、僕も欲しい……。

 そう思っていたところに、すごい台詞が投下された。


「本当は黒か茶色も欲しかったのですが、水色や黄色とは合わせにくくて」

「黒か茶色?」

「ええ。黒は紺に近い青で代用できても、茶色はなかなか……」


 黒……? 茶色……?

 それは僕の瞳と髪の色だ。

 本当は水色、黄色、黒、茶色の4色にしたかったって……それは……。つまり、僕ら二人の色を一緒にしたかったと……。


「ジークベルト様?」


 あまりのことに頭を抱えるしかない。

 少しは意識されてるって思っていいのかな。



***



 コップを眺め終わったら、僕も一緒に工房を見学させてもらった。

 裏でこっそり性別を確認されるたびに遠くを見てしまったけど、それも今だけだ。

 僕の家系は身長の高い人が多いから、きっと、きっと僕だって……アイナと頭一個分ぐらいの差をつけて大きくなるんだ……。




 帰る前には、この工房の跡取り息子と少し話をさせてもらった。

 僕とアイナを見ているなあと思ったから、少しだけね。

 彼の視線から「気になる女の子が男を連れてきた」「どんな関係なんだろう」って気持ちを感じたから、「彼女の婚約者です」と挨拶させてもらっただけだ。

 そう。「挨拶」をした。ただそれだけ。



***



 馬車に揺られながら、考える。

 今日、アイナと一緒にこの工房へ来ることができてよかった。

 楽しかったとも感じる。

 でもきっと、そんな風に思えるのは僕だけなんだろう。


 好きな子と一緒に出かけて、同じ時を過ごしたいだけだった。

 けれど、自身がどんな気持ちであろうと僕は王族の男子。

 立場を考えれば、アイナだって僕からの「お願い」は断りにくいし、僕を受け入れることになった人は丁重に扱わねばと緊張し、最大限に気を遣う。


 僕のお願いは、命令になり得る。

 好き勝手に動けば、相手に迷惑をかける。

 アイナと一緒にいたい一心で冷静さを欠き、無茶を言ってしまった。


「これからは、もう少し自分の立場を考えるようにするよ」


 そんな思いからこう口にすると、アイナは「えっ?」と間の抜けた声を出した。

 彼女は続ける。


「えっ、と……。王族に逆らえないから言うことをきいたんじゃなくて……」

「じゃなくて……?」

「お願いする姿が、かわ…………」

「アイナ?」

「と、とにかく、私は王族じゃなくて『ジーク』のお願いをきいたつもりだったの」

「……そう、なんだね。ありがとう、アイナ。君は、昔から変わらないね」


 王族の一員で、シュナイフォード家の跡取りのジークベルト・シュナイフォードじゃなくて、僕という個人を見てくれる。

 でも本人の興味は別のことに向いているから、僕を見ているけど見ていない……みたいな、なんとももどかしい状況だ。


 そういうところ、君は昔から変わらない。

 これだから、君と一緒にいたい、君の手を離したくないって僕の気持ちも変わらないんだ。

 かわ……の部分は聞かなかったことにしよう。

 数年後にはかっこいいと言わせてみせる。



 そうだ、アイナがいれば即座に解決する悩みなんかどうでもいい。

 それより、話したいことがあったんだ。


 僕も手作りのコップが欲しい。

 僕らの色を取り入れて、君が作ってくれたやつが欲しい。


 ……後半を伝え忘れたせいでアイナに意図が伝わらず、自分で作ることになってしまった。

 



 工房ではすごく褒めてもらえたけど、違う……違うんだ……。

 楽しかったし、いい体験になったけど、そうじゃないんだ……。

 好きな子が作ったものが欲しかったんだ……。


 どうして欲しいのか、なにが欲しいのかをはっきり伝えないとこうなる。

 ……鈍い人が相手だと、余計に。

 12歳の僕はそう学んだ。

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