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【本編完結】私の居場所はあなたのそばでした 〜悩める転生令嬢は、一途な婚約者にもう一度恋をする〜  作者: はづも
最終章 夫婦と、家族

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21 ジーク視点 語れないからこそ、雄弁に

 アイナと結婚してから1年。

 僕らは新しい春を迎えていた。

 夫婦ともにまだ23歳だけど、アイナはもう少し経った頃、僕は冬が訪れる前に24になる。

 結婚記念日を明日に控え、僕は一人、物思いにふけっていた。


 あれは、8歳になる頃だった。

 誕生日を控えた僕は、落ち着きを失っていた。

 アイナへの恋心は自覚したものの、婚約はまだで、相手が誰になるのか分からなかった時期だ。

 もちろん、アイナが他の人と婚約する可能性だってあった。

 それでも、もしかしたら。

 自分の誕生日に、彼女が特別な言葉やプレゼントをくれるんじゃないかって、少し期待していたのだ。

 

 そわそわしながら迎えた、自身の誕生会。

 本当ならアイナと一緒に過ごしたかったけど、たくさんの人を招待した側の人間として、そうもいかず。

 結局、彼女とはあまり話せないまま終わった。

 アイナも祝いの言葉と品物を贈ってくれたけど、形式的なもので、プレゼントもラティウス家として選んだもののように見えた。

 呼び方だって、「ジークベルトさま」だった。


 それでも、祝ってもらえたことに変わりはない。 

 それで十分なはずなのに、特別でありたいと望んでしまう。

 彼女は僕の特別だけど、アイナにとっての僕は……?

 アイナの笑顔は、他の人にも向けられる。

 自分は彼女の特別じゃない。

 ずっと片想いなのかもしれない。

 そう感じて、苦しかった。


 


 時は戻って、今。

 アイナは、僕の隣でくつろいでいた。

 日付が変わる直前。夫婦の寝室。

 二人とも夜着で、ベッドに乗り上げている。

 アイナは温かいミルクが入ったカップを持ち、ちびちびと飲んでいるようだ。

 身内にだけ見せる姿なんだと思うと、ぐっとくる。

 そうしているうちに、ぼーん、ぼーん、と時計がなり、新しい日の訪れを告げた。

 

「ジーク。今日で結婚して1年だよね」

「うん。あっという間だった」

「一緒に暮らすようになったのは何年も前だけど、籍を入れる前と後だと、違うことも結構あったかも」

「旦那様と奥様になったからね」

「最初の頃は、奥様呼びがくすぐったかったなあ」


 大事な記念日を、穏やかに迎えることができた。

 思い出話をしながら、くるくると表情を変える彼女が愛おしい。

 アイナに熱い視線を送っていると、それに気がついた彼女がにいっと笑みを深める。

 なにか企んでいるようだ。

 サイドテーブルにカップを置き、両手で包み込む。

 そうやって手を温めたら、「えいっ」という言葉とともに、僕の頬に触れた。


「あったかい?」

「んー……。もう少しこのままでいてもらわないと、よく分からないかな」

「それじゃあ、カップじゃなくて私の手のあったかさになっちゃう」


 むーっとする彼女に笑いかけてから、小さな手に自分のそれを重ねる。


「君の温かさが知りたいんだよ」 


 目を閉じれば、大切な人の温もりを、より鮮明に感じることができた。

 



「まだやるの? もうわかったよね……? とっくにわかってるよね?」

「どうかなあ」


 アイナの手は、小さくて柔らかい。

 男の僕とは、指の長さもぷにぷに加減も違うのだ。

 そんな素敵なもので両の頬を包まれたら、気持ちがいいに決まっている。

 あまりにも良かったから、自ら頬を寄せてふにふにとした感触を楽しんでいた。

 

「喜んでもらえて嬉しいけど、そろそろ手が痛くなってきた……」


 パッと彼女の手を解放する。

 ようやく自由を取り戻したアイナは、労わるように自分の腕をさすっていた。

 

「ごめん、やりすぎたよ」

「ちょっといい雰囲気になったと思ったらこれなんだから」

「はは……」


 欲望に正直な男だという自覚のある僕が、反論なんてできるはずもない。

 ぷいっとそっぽを向いたアイナが、ぽつりと呟いた。

 

「……あなたのお父さんは、甘えん坊」

「……ん?」


 おとう、さん……? 僕の聞き間違いじゃなければ、アイナは「お父さん」と言った。

 この流れで僕の父の話であるはずがない。

 これは、もしかして……? 思わずアイナを凝視してしまった。

 さっきまで僕の頬に触れていた手は、彼女のお腹にそっとあてられていた。


「アイナ、それって」

「何日か前にわかったの。赤ちゃん、お腹にいるって」

「……!!」


 少し照れながら微笑む妻。

 彼女のお腹には、新しい命が宿っている。

 嬉しいことが重なりすぎた僕は――処理が追いつかなくなり、停止した。




「……ク。ジーク!」

 

 どこかから声が聞こえる。アイナのものだ。

 ちょいちょいと服を引っ張られて、ようやく意識を取り戻す。

 ハッとしたときには、アイナの表情は少し曇っていた。

 

「……もしかして、嬉しくなかった?」

「違う!」


 彼女が抱いた不安を否定したいあまり、少し声を荒げてしまった。

 肩を震わせたアイナに、出来る限り優しく触れる。


「……嬉しい。ものすごく、嬉しかったんだ。嬉しすぎて、なにも考えられなくなった。不安にさせて、ごめん」

「……そっか」

「君と一緒になれて、1年経って……。記念日をいつもと変わらずに迎えることができただけでも、どうしようもないぐらい嬉しかったんだ。小さい頃は、ずっと片想いなのかもしれないとも思っていたから、余計に。そこに、さらに嬉しい報告があって……。幸せすぎて、もう、頭が真っ白になって……」


 たどたどしく話す僕を、水色の瞳がじいっと見つめていた。

 ああダメだ。ここから先が言葉にならない。

 嬉しいと、幸せだと、彼女に伝えなければいけないのに――。


「ジーク」


 僕の名前を呼んで、アイナは両手を広げる。


「上手く言葉にできないなら……。こっちで伝えて?」


 アイナの背に、腰に。そっと触れて、抱き寄せる。力はほとんど入れていない。

 お腹に僕たちの子がいると聞いて、力加減が分からなくなってしまった。

 アイナにもそれが伝わったのか、


「そこまで気を付けなくても、大丈夫だよ?」


 と笑われてしまう。

 そんなにおかしそうにされると、ちょっと拗ねたくなる。

 ほんの少しだけ力を強めたら、アイナから満足げな息がもれた。


「ありがとう、アイナ。本当に嬉しい。これからは、もっと、君を……。君たちを、大切にする」

「……うん」


 お互いの顔が見えるよう離れ、視線を合わせる。どちらともなく笑顔がこぼれた。



 色々話したい気持ちはあったけど、もう遅い時間だ。

 結婚記念日はゆっくり過ごしたいと思っていたから、明日は丸一日空けてある。

 今夜はしっかり眠って、起きたらたくさん話をしよう。

 今までのこと、これからのこと。

 互いの好きなものや場所のこと、それぞれの親族のこと。

 新しい家族のこと。

 話題は尽きない。

 朝から夜まで一緒にいたって、時間が足りないぐらいだ。











ジークとアイナに懐妊祝いのお星様などいただけますと二人も喜びます…!

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