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【本編完結】私の居場所はあなたのそばでした 〜悩める転生令嬢は、一途な婚約者にもう一度恋をする〜  作者: はづも
最終章 夫婦と、家族

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20 彼は今日も妻で遊び、妻は夫に丸め込まれて許す

「君に合わせるよ」

「でも……。あなたの意見も大事だし」

「君が喜んでくれれば、僕はそれでいいんだけどな」

「それを言ったら、私だってジークに喜んで欲しいし……」


 ある日の昼下がり。私たちは、次の休日にどこへ行くか決まらず、揉めていた。

 今日は小さめのテーブルを使っているから、お茶やお菓子は少ししか並んでいない。

 次の――明後日の休日は、長期のものでなく、一日だけのお休みだ。あまり遠くへは行けない。でも、どこかへ行くことだけは決めてあった。

 いくつか案を出してみたら、彼はその中から決めようと言い出した。そうやって、私の希望を優先してくれるのは嬉しい。

 でも、相手の行きたい場所で一緒に楽しみたいって気持ちは、私にもあるのだ。ジークベルトの希望だって聞きたい。

 話がまとまらないまま、時間だけが過ぎていく。

 

「じゃあ……そうだな。勝負をして、勝った方の意見を採用する。それでどうかな?」

「勝負? どうやって?」

「これで」


 そう言うと、ジークベルトは茶器やお皿を他の場所に移し、右腕の肘をテーブルに乗せた。

 左手でテーブルのふちを掴み、手のひらは握手を求めるときのような形をしている。


「えっと……? ジーク、これは?」

「いつだかに君とやった、『うでずもう』ってやつだね」

「腕相撲って……。私が腕力であなたに勝てるわけ」


 私は同性の中でも非力なほうで、彼はしっかり筋肉のついている男性。

 こんなの、私が勝てるはずもない。勝負なんかしなくたって、勝敗はわかりきっている。

 そう思ったのに、彼は、


「アイナ、手を」

「うっ……」


 僕と一曲おどりましょう、とでも言い出しそうな顔をして私を誘う。

 今、この場で彼の手を取ったところで、始まるのはダンスじゃなくて腕相撲だ。

 そうだとわかっているのに、何故だか逆らえなくて、私は彼の手のひらに自分のそれを合わせてしまった。


「じゃあ、始めようか」


 テーブルを掴んでいたはずの彼の左手は、いつの間にか本人の頬に移動していた。

 その余裕たっぷりな感じにイラっとしつつも、1つの可能性に辿り着く。この人、わざと負けるつもりでいるんじゃないか、って。

 運が関係するものだと、狙って負けるのは難しい。でも、腕相撲ならちょっと油断した隙に負けてしまったことにもしやすい……気がする。

 夫の真意はわからないけれど、もし、私に勝ちを譲る気でいるのなら……。

 やっぱり少し腹は立つけど、ここまでしてくれた彼の気持ちを、素直に受け取りたい。

 なら、私にできるのは――


「ん゛――――――! んんんんんんんんん……! んーーー!! っ……はあ、あっ……んっ……」


 彼がなるべく自然に敗北できるよう、全力で挑むこと。

 そう考えて頑張っているのに、ジークベルトの腕は右にも左にも動かない。

 どっちが勝つにしろ、よっぽどいい勝負でない限りは左右のどちらかに動くはずだ。

 

「あの、ジーク……?」


 どうしたんだろうと思い、ちらりと彼を見上げる。

 私の瞳に映るその人は、左手で頬杖をついたまま、頑張る私を楽しそうに眺めていた。

 正式にこの人の妻となってから、まだ1年も経っていない。

 でも、18のときから一緒に暮らしているし、もっと幼い頃からの幼馴染でもある。

 そんな私が、この顔と状況を見てもなお「優しい彼が私に勝ちを譲ろうとしている」なんて思うわけもなく。


「また……! またあなたは私で遊んで……!」

「なんの話だい? ほら、頑張らないと終わらないよ」

「っ……!」


 彼に煽られ、腕に思いっきり力を込める。

 少しだけ腕が動いたと思ったら、すぐに元の位置に戻された。

 最後は勝たせてもらえるのかもしれない。でも、それはきっと、彼が満足したあとのことで……。

 さんざん弄ばれた末に、「はい、お疲れ様」と勝たせてもらっても、嬉しくないと思う。

 どうにかしてこの男を出し抜いて、自分の力で勝利を掴みたい。

 夫の手を握ったまま思考を巡らせ、思いついたことを手当たり次第に試してみようと決めた。


「ねえ、ジー」

「ああ、わかった。今行く」


 最初の「攻撃」に移ろうとしたところで、ぱたん、と私の腕が倒された。手の甲には、硬く冷たい感触。

 ジークベルトは私の手を握ったまま、なにやら真面目な顔をしている。こういう、きりっとした感じもかっこいい。

 夫の視線の先には、彼を補佐する老紳士が立っていた。


「ごめん、アイナ。急ぎの用件が入って、これから外出することになった。早めに戻れるようにするけど、遅くなるようだったら、夕食は先に済ませておくんだよ」

「う、うん」

「じゃあ、いってくる」


 そんな会話をしながら、彼はすたすたと私から遠ざかっていく。

 勝負はどうするなんて言ってる場合じゃないから、こちらも切り替えて「気を付けて」と彼を見送った。

 部屋を出る前に、彼がこちらを振り返る。


「ああ、そうだ。勝負は僕の勝ち。明後日は、君が行きたいって言ってた湖に行こう。楽しみにしているよ」

「……うん!」




 そうして迎えた休日は、彼の望み通り、湖のほとりで過ごした。

 勝負なんてしたけれど、どちらが勝ったって、行き先は同じだったんだろう。

 私の夫、ジークベルト・シュナイフォードは、意地悪だけど、とても優しくて。

 どれだけ弄ばれたって、嫌いになんてなれそうにない。

 

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