19 ジーク視点 甘えん坊で、情けなくて、たまに意地悪で、普通にスケベ
アイナが深い溜息をつく。
それもそのはずだ。
何年先もこうしていたい、老後も一緒にいたい。そんなことを言った自分の旦那が、その直後には下心で満たされていたのだから。
それも、アイナの発言の意図を読み違え、お触りを狙っていたと自白してしまった。
きっと彼女は今、男は残念な生き物だと思っているんだろう。
「老後も一緒に、とか言われて嬉しかったのに……」
こちらの嫌な汗は止まったけれど、妻の溜息は止まらない。
僕も流石にちょっと気まずいというか、申し訳ない。
それでも動かないでいるのは、アイナが今も僕に優しく触れているからだ。
スケベ男に呆れているのは確実だけど、嫌がっていないのも確かだ。
さて、どうやって僕のイメージを回復させようか。思考を巡らせていると、アイナが静かに話し始める。
「ねえ、ジーク」
怒っている風ではない。むしろ――
「ジークとリーンくんが遊んでるあいだ、私はエーリカちゃんと話してたんだけどね」
小さな子供を撫でるかのような優しい手つきと、穏やかに紡がれる言葉。
愛情、安心、信頼……。そんな気持ちが、僕に向けられているような気がした。
「エーリカちゃんに、あなたのどこが好きなのか聞かれたんだ」
「……なんて答えたんだい?」
「そのときは、かっこよくて優しいところって答えたんだけど、本当はもっとたくさんあって」
「うん」
「子供の頃は落ち着いた優しい人だと思ってたけど、実際には意地悪なところもあって、今日みたいに調子に乗ったりもするし」
「う、うん……」
「膝枕すれば、下から胸を見てばっかりで」
僕が思っていた流れと違う。
「その上、雰囲気とか無視して、胸に触っちゃおうと思ってたみたいだし」
未遂だから許して欲しい。
「しっかりした人だと思ってたのに、すぐ情けない顔するし、身体は大きいのに甘えん坊だし」
「……アイナ、好きなところの話だよね?」
「うん。好きなところ。それから……」
その後も、それは本当に好きなところなんだろうか、と疑問を抱いてしまうような話が続く。
たまにかっこつけたがるとか、顔がいい自覚があってちょっとイラっとするとか、明らかに胸派だよねとか……。
かっこいい優しい頼りになる、みたいな話が聞けると思っていたのもあって、心にダメージを負ってしまった。
アイナから見た僕って、かっこ悪くて意地悪で情けない、ただのスケベ野郎なんじゃ……。
「もっといい男になりたい……」
前を向く力を失った僕は、ごろんと向きを変えて、アイナのお腹に顔を突っ込んだ。
「かっこいいところも知ってるよ」
「でも、ダメなところの方が多かったよね……?」
「それを知ることができるのも、私の特権だから」
これは多分、ダメなところまで含めてあなたのことが好きです、って話だ。
それは、とても嬉しいことなんだろう。
嬉しいことなんだけど、もうちょっと男として嬉しい「好き」を増やしていけるよう、頑張りたい。
なら、まずは妻に膝枕されながらお腹に顔を突っ込み、頭を撫でられているこの状況から抜け出すといい気がする。
そして、ストイックでかっこいい男っぽさを演出する方向へ切り替えて…………無理だ。心地よすぎて、動く気になれない。
家族が増える可能性だってあるんだから、夫として、父親として、もっと頼れる男を、家族が誇れる男を目指したい。
そう思いながらも、僕がアイナから離れることはなかった。
***
かっこいい男になりたい、かあ。
ジークベルトは男の人だから、きっと、可愛いよりかっこいいの方が嬉しいのだろう。可愛い可愛いと言われていた過去があるから、余計にそうなのかもしれない。
ならとりあえず、妻のお腹に顔を突っ込みながら撫でてもらうのをやめらたいいんじゃ、と思わなくもない。
本人もわかっているはずだ。でも、やめないし動かない。
絶対にこのポジションは譲らないという、強い意思を感じる。
甘えん坊で、二人きりのときはこんな状態なのに、外ではしっかりしているからずるい。
更には、普段から色々な面で私を助けてくれる。
それに何より、ここが私の居場所なんだって思わせてくれたのは、この人だ。
だから、こうしてくっつかれたぐらいじゃ、嫌いになったりしない。
むしろ、頼れる夫と可愛い末っ子感の両方が楽しめて、お得な気すらしている。
……こういうのを、ベタ惚れって言うのかな。
彼のことが好きだと自覚した頃に思い描いた関係とは、ちょっと違うなあと思う。
でも、好きや理想の形が変わるのも、悪くない。




