18 ジーク視点 変わったもの、変わらないもの
身体の向きを変え、さあ来いと手を広げる。
きっと、今の僕はいい笑顔をしているんだろう。
愛妻家として通っている僕であっても、こんな姿、他の人には見せられない。
でも、今は二人きりだからなんの問題もないのだ。
「調子に乗ってる……」
「リーンとエーリカより可愛い夫だからね」
「可愛い夫を自称されると、可愛くない……」
アイナは残念なものを見るような顔をしている。それでもすぐに気を取り直し、
「じゃ、じゃあ……いきます」
と宣言してから、遠慮がちに僕の胸に収まってくれた。
これくらいで恥じらうような仲でもないけれど、改めて自分から飛び込むのは恥ずかしいようだ。
胸板に置かれていた彼女の手が、僕の背に回された。当然、こちらからも抱きしめ返す。
そうすることで、彼女の香りや感触が、より鮮明に感じられるようになった。
……うん、幸せだ。ものすごく幸せだ。
彼女の言う通り、昨日は少し寂しかった。
僕よりも大切なものができたら、毎日こんな感じになって、相手をしてもらえなくなるのかな。そんなことを考えて、勝手に切なくなるぐらいには。
……子供じみているのは、わかってる。
でも、こんな「埋め合わせ」をされたら、寂しさも不安も、全て吹き飛んでしまった。
今、僕の腕の中にいるのは、恥ずかしくたって思いを言葉にして、小さな身体をめいっぱい使い、「あなたを大切に思っています」と全身で伝えてくれる人。
彼女のこういうところに、僕の心は支えられていた。
アイナが笑顔でいられる場所を守りたいと思うから、面倒なことや嫌なこともこなそうと思える。
外でちょっかいを出されても、僕には可愛い妻がいるからな、と思うとどうでもよくなる。
今日みたいないいことがあるなら、これからも頑張っていこうと気合いが入る。でもそれはそれとして、一生こうしていたい。
あったかくて、柔らかくて、いい匂いがして。愛しているとも、愛されているとも思える。
許されるなら、ずっとずっとこうしていたい……。
そんな気持ちを知ってか知らずか、アイナの腕が僕の背から胸へ移動し、そっと伸ばされる。
そうして僕と距離を作った彼女は、するりと僕の腕を抜け、離れていった。
一生このままでいたいと考えた直後に逃げられてしまった僕は、内心肩を落とす。
「ジーク」
「?」
アイナがくいくいと手を動かながら、部屋の奥へと進んでいく。
彼女についていくと、アイナはソファに腰を落ち着けた。
ああ、いつものように並んで座ってゆっくりしたいのかな。そう思ったのだけど、アイナは、
「……ん」
とだけ言って、自分の膝をぽんぽんと軽く叩いた。
これは、つまり……。
「今日はずいぶんサービスするね……?」
「……膝枕、しない?」
「する。今すぐ行くから、そのままで」
ソファに身体を横たえ、柔らかな足に頭を乗せる。
その状態で正面を見れば、彼女の胸が視界に飛び込んできた。
実は果物が詰まっている。そんなことを言われても納得できる大きさだ。
視界も最高なのに、優しく頭を撫でられて……。もう、このまま寝て、目が覚めなくてもいいかもしれない……。
そんなことを思ったけれど、即座に考え直す。
「いや、ダメだ……」
「何が?」
「……老後も君と一緒がいいなって話」
「どうして突然老後の話に……」
「あんまりにも幸せすぎて、何年先もずっとこうしていたいと思ったからだよ」
「……そっか」
……嘘は言っていない。
あまりの幸福感に血迷ってしまったけれど、基本的には、死んでたまるかって気持ちだ。
しっかりしているけど危なっかしいところもある彼女を、一人になんてしたくない。
僕がいなくなったら、アイナにちょっかいを出す男だって現れるかもしれない。
うん、嫌だ。嫌だな。絶対に嫌だ。
アイナの隣は僕のものだ。膝枕だって、他の男にさせてやるものか……。
顔の上にどーんと胸があるこの光景だって、他の奴に見せてやろうなんて思わない。
……それにしても、本当に眼福だ。
長生きして夫の座を守り続けるんだという方向から、いい眺めだなという方へ気持ちが移り変わっていく。
初めて膝枕をしてもらったのは、18歳の時だ。
とても心地よく、眺めも最高で、平静を装いながらも感動していたのを覚えている。
その頃はまだ若くて初心だったから、大人しくしていた。
でも、僕ももう23歳だし、婚約者ではなく夫だしで、もうちょっと、こう……。手を伸ばしたりしてみても、大丈夫なんじゃないかなあ、って。
いや、なんというか……。「もう」「スケベ」と軽く怒られるぐらいのところで撤退すれば、膝枕を継続させながら、軽く触ったりもできるんじゃ……ないかって……。
引き際をわきまえれば、ちょっとぐらいいける気がする。
仕方のない人だと言われるだろうけど、今ならそれくらいで許される。僕はそう思う。
よし、ここは攻めてみよう。何事も、チャレンジしなければ始まらないのだ。
目の前の膨らみめがけて手を伸ばそうとした、その時。
「ほんと、女の敵……」
「……!」
僕の髪をいじりながら、アイナは溜息交じりにそう言った。
女の敵という言葉を聞いて、嫌な汗が吹き出る。
敵……女性の……。アイナの……敵……。
ちょっとぐらい許してもらえるだろう。そんな風に考えて調子に乗る男は、女性からすれば不快なのかもしれない。
夫婦であっても、限度というものがある。
気をつけていたつもりだったけど、そのラインを読み違えてしまったようだ。
「アイナ、いや、ちが、違くないけど、君が嫌がることをしたいわけじゃなくて、ちょっと触れ合えたらいいなって、そういう感じであってやましい気持ちは……。あった、けど、無理やり触ろうとは思ってなくて…………。触らないから、膝枕は継続でお願いします」
不快にさせたくせに頭をどかすこともせず、このままがいいと頼み込む。
我ながら、厚かましいし情けない男だ。
「えっと……? 髪の話、なんだけど……」
「えっ……?」
「そこまで気を使ってる感じでもないのに、さらさらでずるいなあって……」
「あ、ああ……。それで、女の敵って……」
「……」
「……」
なんとも言えない沈黙が訪れる。
そして、
「ジークって、紳士と見せかけて実はそうでもないよね……」
「男はみんなスケベなんだよ……」
「うるさい」
ぺちっと、とても軽く頭を叩かれた。
でも、どけとは言われなかったから、膝枕は続けてもらった。




