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【本編完結】私の居場所はあなたのそばでした 〜悩める転生令嬢は、一途な婚約者にもう一度恋をする〜  作者: はづも
最終章 夫婦と、家族

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17 ジーク視点 調子に乗る夫とちょろい妻

「あ、あの、ジーク……」

「ん?」

「ん? じゃなくて……。恥ずかしいんだけど……」

「大丈夫。このくらい今更だから。君だって、人がいるところで抱きついてきたりするし……」

「……っ! 忘れるようにしてたのに……」


 妻を抱きかかえる僕と、僕に運ばれるアイナ。

 早歩きで進みながらこんなやりとりをすれば、彼女は僕の首筋に顔を埋めた。

 顔を隠したつもりなんだろうけど、どこからどう見ても僕とアイナだから、何も隠せていない。

 夫にべったりくっつきながら運ばれている今の方が、恥ずかしいんじゃ……? とも思える。

 密着された僕はとても嬉しいから、指摘せずそのままにしておいた。




 リーンとエーリカを見送った後、「二人きりになりたい」とアイナが言い出した。

 僕の服の裾を引き、恥ずかしそうに俯いて、そう言ったのだ。

 アイナの言う通りにすれば得をすると、瞬時に理解した。

 ここの主人は僕だから、人払いをして二人の空間を作ることもできる。

 個室感が欲しければ、近くの適当な部屋に飛び込んだっていいだろう。

 でも、僕は理解した。これは、なるべくゆっくりできる空間に行った方がいい、と。


 そうなれば、向かうべき場所は決まっている。普段二人で使っている部屋が正解のはずだ。

 早く移動してしまいたいけど、目的地までは少し距離がある。

 期待に満ちた僕に、この距離をゆっくり歩く余裕はなかった。

 もちろん、アイナに合わせて歩く時間も好きだ。それはそれとして、今はもっと早く動きたい。

 でも、僕のスピードに合わせろというのも、無理な話で……。なら、アイナを抱えて自分で歩けばいい。


 そう判断し、スカートの中が見えないよう気を使いながら、彼女を抱き上げる。

 下ろして。彼女の声が聞こえる。でも、こういうときは言葉よりも行動を見た方がいい。

 なんだかんだ言いつつ大人しく身を委ねてくれたのだ。嫌じゃないんだろう。


 身長高めの僕が早歩きをすれば、目的地にはすぐにたどり着いた。

 部屋の前でアイナをおろす。

 抱えたまま入室もできるだろうけど、彼女を落としたりしたくない。

 アイナの前でスマートな男を演じる必要もないから、ここは安全を取る。


「お手をどうぞ」


 ……と思いつつも、ちょっとはかっこつけたい。

 そんな気持ちからアイナに手を差し出すと、仕方のない人だとでも言いたそうに笑いながら、自分のそれを重ねてくれた。

 そうして、手を繋いで部屋に入る。

 しっかり扉を閉めれば、二人の空間の出来上がりだ。


 さて、何が起こるのだろう。

 わくわくしながらアイナと向き合おうとすると――それより前に、ぽすん、となにかが僕の背中にくっついてきた。

 なにかって、ここには僕らしかいないんだから、この柔らかくて温かいものの正体は、アイナだ。


「……あの、ね。ジーク。私、昨日、おかえりも言えなかったから。だから……えっと……その分をちゃんと補っておきたい、みたいな……。そういう、気持ち……です……」


 自分の思いを伝えるとき、アイナは話すのが下手になることがある。

 それでも僕はアイナ歴20年ほどの人間だから、話の流れはわかった。

 昨日、リーンとエーリカに夢中になったアイナは、僕の存在を忘れた。

 しばらく経ってから思い出してくれたけど、夫を放置してしまったと気にしているんだろう。

 そうなるってなんとなくわかっていたから、僕は大丈夫だ。

 気にしてなくていいと改めて伝える。それでも、彼女は僕を抱きしめる手に少し力を込めた。


「気にしてないのも……怒ったりしてないのも、わかってる。……でも、寂しそうだったから」


 立場上、人の良さそうな笑顔を作るのは得意だ。

 近しい人には素顔を見せるけど、相手に合わせてある程度は計算し、顔を作ったうえで接している。

 だから、その気になれば、本音を隠すことができるつもりでいた。

 子供達もいた手前、寂しいなんて気持ちは出さないようにしていたけれど、アイナにはわかってしまうようだ。

 僕がアイナ歴20年の男なら、アイナだって同じこと。

 一方通行かなと感じていた時期もあったけど、アイナもしっかりと僕を見ていたんだ。

 柔らかな身体を僕にくっつけながら、彼女は続ける。


「リーンくんとエーリカちゃんはもちろん大切だし、可愛いけど、私が1番大切だと思うのも、可愛いと思うのも、あなただから……。そこは、ちゃんと伝えておきたいな、って……」


 彼女にとって1番大切な人も、1番可愛い人も僕。

 ずっと好きだった人の口から、「1番はあなた」と言ってもらえることが、嬉しくてたまらない。

 僕より本が大事なのかな……と切なくなっていた頃の自分に、本にも食べ物にも、小さな子にも勝って、彼女の1番になれると教えてやりたいぐらいだ。

 可愛いと思われていることについては、素直に喜んでいいのかどうか微妙なところだ。でも、そう思われているのなら。使わない手はないだろう。

 1番だとはっきり伝えられたことで、僕は調子に乗り始めていた。


「アイナ」

「……うん」

「1番大切で可愛い夫から、お願いがあるんだけど」

「……う、うん。なに……?」


 最初の「うん」は優しい声だったけど、2回目の方は警戒の色が滲んでいた。不穏なものを感じたんだろう。

 本当なら、大人しくしているべき場面なのかもしれない。そうすれば、いい雰囲気のまま過ごすことができる。

 でも、僕は狙えるチャンスは狙う方針でやっているのだ。

 だから、臆さずこう言い放つ。


「できれば背中じゃなくて、正面からお願いします」


 背中からもとてもいいけど、こちらからも手を伸ばして触れたいし、恥ずかしがる顔だって見たい。

 僕の胸板に押し当てられ、柔らかく形を変える胸だって見逃せない。

 背中の次は、正面でアイナを楽しみたい。

 欲望だだ漏れの男を前にしたアイナは、


「ちょっと真面目な話してたのに……」


 すっかり呆れて、深い深い溜め息をついていた。

 バカ、ほんとバカ、と小さく呟くのも聞こえる。

 でもやっぱり、僕にはわかるんだ。そんなことを言いつつ、本当に怒ったり嫌がったりはしてないって。

 そんな僕の考えは、次の彼女の言葉によって確信に変わる。


「……じゃあ、こっち向いて?」


 アイナは少しだけ僕から離れ、そう言った。

 これはどう考えても、正面から抱きしめてもらえる流れだ。

 ……調子に乗って要求してよかった。

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