13 好きな人も物もたくさんできたけど、1番はあなた
「奥様、旦那様からお手紙が届きました。早めに目を通して欲しいとのことです」
「手紙、ですか……?」
おやつ時は過ぎているけど、夕方と呼ぶにはまだ早いかな、と思うぐらいの時間。
事前に知らされていた夫の予定を考えると、そろそろ帰ってきてもおかしくなかった。
もう少ししたら玄関の方に行ってみようかなあ、なんて思っていたら、本人じゃなくて手紙が来た。
仕事が済んだらナターシャさんのおうちに寄って、それから帰ってくるって話だったけど……。なんで手紙?
しかも、早めに目を通して欲しいと言伝まで。
「まさか、ジークに何か……」
彼の身に、なにかあったのかもしれない。
そんなことを考えながら手紙を受け取り、ちょっと乱暴に開封する。
淑女らしく振舞っている場合じゃない。急いで中身に目を通した。
長く綴られているわけでもなかったそれ。読み終えるのに、そう時間はかからなかった。
手紙を持つ手が少し震える。
これは……。
「大変……」
「奥様……?」
「この場にいない人とも、すぐに情報を共有してください。リーンくんと、エーリカちゃんが……」
手紙を持ってきてくれた人、私についていた人。その他、私の近くにいる使用人達。
みんなの視線が私に集まった。
「これから、うちに泊まりに来ます」
みんなが私に注目していたため、この部屋は静かだった。それなのに、更に静まり返る。
ちっ、ちっ、ちっ、と時を刻む音すら聞こえてきそうなぐらいの静寂。
「あれ……?」
どうしてこんな雰囲気に……? とうろたえて、すぐに気がつく。
私が深刻そうな顔をしたものだから、身構えさせてしまったんだろう。それで内容はこれじゃあ、反応に困るというものだ。
「……悪い知らせではなく、むしろ、そう、楽しい感じの……突発お泊まり会のお知らせでした。驚かせてしまって、申し訳ありません……」
「……いえ、皆様仲睦まじいようで何よりです。お泊まり会が開かれると、他の者にも知らせて参ります」
「よろしくお願いします……」
そうして、子供達を受け入れる準備が始まった。
子供に慣れている人を中心に据え、色々考えた。
客室は私たちの部屋に近いほうが安心だとか、ベッドから落ちると大変だからベッドガードを用意しようとか、夕食はどうしようとか。
最終的には本人たちの希望も聞かなきゃだけど、先にやれることはやっておく。
ジークベルトも、そのために手紙を書いたんだろう。
そんな風にわいわいしているうちに、ジークベルトが子供たちを連れて帰ってきた。
三人が到着したとの連絡を受け、急ぎ足で玄関へ向かう。
玄関のあるフロアに出れば、エーリカちゃんがこちらに手を振ってくれた。
エーリカちゃんよりちょっと大人のリーンくんは、軽く頭を下げる。
リーンくんは、黒い髪に茶色い目をした、少し生意気なところが可愛い男の子だ。
……叔父の妻という立場の私には、遠慮してるみたいだけど。
「いらっしゃい、リーンくん、エーリカちゃん。ゆっくりしていってね」
続けて、後ろに控える女性にも軽く挨拶をする。おそらく、二人の侍女としてついてきたんだろう。
「お世話になります。……ほら、エーリカも」
「お世話になります!」
まだ幼い二人をお泊まりさせるなら、事前に日程を決めて、準備しておきたかった。
でも、この家には色々な人がいるから、協力してもらえばなんとかなるだろう。
遠慮しなくていいからね。
お部屋を決める?
それとも、お菓子を食べて休む?
お話をしながら、子供たちを連れて歩き出す。
しばらく経ってから、夫に「おかえり」の一言も言っていなかったことに気が付く。
完全に放置してしまったことを謝ると、
「なんとなくわかっていたから、大丈夫だよ」
と笑って返された。
ぱっと見ただけだと、本当に気にしていないようにも見える。
でも、ずうっとこの人と一緒にいた私にはわかる。
わかっていたのも本当だし、怒ってもいないけど、寂しさが滲んでいることを。
……後で改めて謝って、二人のときに、しっかり埋め合わせをしようと思う。
リーンくんとエーリカちゃんがどれだけ可愛くたって、私にとっての1番も、家族も、他でもないこの人なのだから。




