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【本編完結】私の居場所はあなたのそばでした 〜悩める転生令嬢は、一途な婚約者にもう一度恋をする〜  作者: はづも
12歳

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6 あなたが王族じゃなくたって、きっと私は頷いた

 自作のコップを眺めた後は、ジークベルトも一緒に工房を見学させてもらった。

 彼の正体はみんなには知らせなかったため、ライラおばさまほど緊張せずに済んだみたいだ。

 ……そのせいか、途中、その子はお坊ちゃんなのかお嬢さんなのかとこっそり確認されたりもしたけれど。

 そのたび、私は「お坊ちゃんです!」と小さな声で返していた。

 服装や髪型は男の子っぽいのにこれだから、顔が可愛すぎるのも大変だ。



 帰りの時間が近づいたころ、ジークベルトが少しの間だけ私から離れた。

 ジークベルトは、この工房の跡取り息子・マテオさんと何か話していた。

 マテオさんは、たしか今年で14歳。

 私たちと年も近いし、男の子同士で話したいことでもあったのかも。

 王族男子と工房の跡取りで何を話しているんだろう。ちょっと気になるけど、聞き耳をたてるのも悪いよね。




 工房のみなさんにお礼を伝え、馬車へ向かう。

 乗り込む直前、ジークベルトが立ち止まる。

 見送りに来ていたライラおばさまの方へ向き直ると、突然のことで驚かせてしまい申し訳なかった、と詫びた。

 彼は更に続ける。


「一緒に連れて行って欲しいと、私がアイナに頼みこんだのです。立場上、彼女は私の頼みを断りにくい。ですから、今回の件に関して、アイナは何も悪くないのです」

「ジークベルト様……?」


 一歩前に出ようとした私を、ジークベルトが制した。

 一瞬だけ視線をこちらに向け、すぐに前を向く。

 今は下がっていて、という彼の声が聞こえたような気がした。


「私は……彼女がそう望むなら、色々なことを見て、知って欲しいと考えています。それにはあなたたちの力が必要だ。……これからも、アイナによくしてくれますね?」


 最後の一言には、優雅な笑みが添えられていた。

 対するライラおばさまは、


「はい……!」


 とだけ返して放心していた。



***



 12歳ってなんだったっけ……と感じながら馬車に乗り込み、帰路に着く。

 小学校高学年ぐらいの子って、もっとこう……。

 掃除の時間にほうきと雑巾で野球をしてるとか、大きな声で騒いでるとか、そういう感じなんじゃ……。


「……ごめん、アイナ」

「?」


 そんな言葉が聞こえて、顔をあげる。

 向かいに座るジークベルトは、どこか寂しそうに視線を下げていた。

 

「……さっき自分でも言ったけど、僕の『お願い』を断れる人はそう多くない。それなのに、君に無理を言ってしまったね。これからは、もう少し自分の立場を考えるようにするよ」


 工房の人にも迷惑をかけてしまったね、とも続けた。

 ライラおばさまに接していたときとは別人のよう。

 しょんぼりしてしまった彼に、私がかけた言葉は――


「えっ……?」


 だった。

 こんな反応が来ると予想していなかったのか、彼もまた、


「え……?」


 と気の抜けた声を出している。


「えっ、と……。王族に逆らえないから言うことをきいたんじゃなくて……」

「じゃなくて……?」

「お願いする姿が、かわ……」


 ここまで話して、一度とまる。

 可愛かったから負けちゃったって、王族男子に言っていいんだろうか……。

 本人が気にしていなければ大丈夫なのかもしれない。けど、私から見て、彼は女の子みたいな顔つきを快く思っていないふしがある。


「……」

「アイナ?」

「と、とにかく、私は王族じゃなくて『ジーク』のお願いをきいたつもりだったの」


 年頃の男の子を傷つけないよう説明できる気がしなかったから、理由は話さなかった。

 それでも、なんとなく。あなたが王族だってことは関係なかったんだよ、って。

 そう伝えなきゃいけない気がした。


「……そう、なんだね。ありがとう、アイナ。君は、昔から……」


 その続きは、車輪の音にかき消された。

 道の作りが変わったんだろう。さっきまで静かだったのに、今はがたがたと音をたてている。


「いま、なんて……」

「んー……。僕の気持ちは変わらないな、って」

「変わらない……。自分が王族だから、って気持ちが?」

「そこはもういいんだ」

「いいんだ?」

「うん」


 ……なんだかよくわからないけど、本人がもういいと言っている。

 一人ぼっちの子みたいな、寂しそうな顔もしていない。むしろ、ちょっとすっきりしているように見える。

 なら、これ以上つっつく必要はないのかな。


「それより、僕も手作りのコップが欲しいんだ。よかったら、また……」

「!」


 ……これは、またお邪魔させてもらって、自分でコップを作りたいって話?

 なんだか嬉しい。自分もやってみたいっていう彼の気持ちを応援したい。


「ジークもまた来てみる? シュナイフォード家と工房の両方から許可をもらえば、ジークも吹きガラス体験させてもらえると思う! 公爵家の私が大丈夫だったんだし、王族だって、きっと……!」


 ジークベルトの言葉にかぶせ気味にそう言えば、彼はちょっとたじろぐ様子を見せた。

 嬉しいからって勢いをつけすぎた……。

 前のめりになっていた身体を、元の姿勢に戻す。


「あ、うん……。そうだね、僕もやってみよう……かな……?」

「ジークは器用だから、きっと私より上手に作れるよ」

「ありがとう。でも、僕が自分で作っても意味はあんまり……」

「そんなことないよ。私が作ったやつは、上手にはできてなかったけど……。でも、すごくきれいだなって思えたの」

「うん。僕もきれいだって思った。だから君が」

「ジークもやってみよ!」

「…………うん」



***



 後日、私たちは再び工房を訪れた。

 シュナイフォード家の許可を得た彼は、私にじいっと見られながら吹きガラスを体験。

 工房の人には「素晴らしい」「筋がいい」「職を探す若者だったらここに残って欲しかった」と褒められていた。

 

 褒め倒されたことに関して、ジークベルトはこう言う。


「僕がお坊ちゃんだから、気を遣ってくれたんだよ」


 ……たしかに、それもあると思う。けど、私は知っている。

 公爵家のアイナ・ラティウスは、正体不明のジークベルトほど褒められなかったことを。

 なんとなく悔しかったから、その話はしないでおいた。

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