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「あの……もう資料は必要ありませんよね?」
「何故だ?」
「だって、結婚式は中止ですもの」
「は……?」
は?と言いたいのはこちらのセリフです。
一体、目の前のこの人は何を言っているのでしょうか?
「僕はもう君を選んだだろう!?何を言っているんだ」
「……」
わたくしは呆れ過ぎて息が止まりました。
どうやら根本的に考え方が違うようです。
「……何を勘違いなさっているのか知りませんが、お父様にお話しして、婚約は破棄させて頂きます」
「なっ……!話が違うだろう!?」
わたくしは溜息を吐き出しました。
いちいち説明しないと伝わらないようです。
「わたくしとレンティル様は婚約関係にありました」
「あぁ、そうだ!」
「ですが、レンティル様は幼馴染のシャーロット様と関係を持ち、結婚の約束をしていたのですよ?」
「だから今、シャーロットの事は諦めたじゃないか!!」
「……」
わたくしは溜息を吐きました。
レンティル様に理解して頂くには根気が必要なようです。
「……婚約期間中に他の御令嬢と関係を持った事自体、契約違反ですわ」
「!?」
「不貞行為を行った自覚はないのでしょうか?」
わたくしがハッキリと申し上げたことで、事態の深刻さが少しは伝わったようです。
しかし次の瞬間、レンティル様は信じられないようなことを口にしました。
「そ、そんなのリディアが黙っていれば……」
「……」
「この事は黙っていてくれないか…!?なぁ、頼むから」
わたくしが黙っていて、何のメリットがありましょうか。
何故頼まれただけでわたくしがレンティル様の言う事を聞かなければならないのでしょう。
そもそも反省も謝罪もないとなれば、許す気は微塵も起きません。
「わたくしはお父様に報告して、婚約を破棄させて頂く所存です」
レンティル様が何を言ったところで、わたくしの意見は変わりません。
やっと状況が把握出来たのでしょうか……レンティル様の顔に焦りが滲みます。
「だとしても、もう結婚式の準備を進めているだろうッ!?」
「まだ大丈夫ですわ」
「大丈夫じゃない!招待客だって…っ」
「まだお母様がドレスを迷っていた最中ですし、招待状も送っておりません……婚約破棄をすれば間に合いますのでご心配なく」
そもそも結婚式の準備はわたくし達に丸投げです。
そしてレンティル様はシャーロット様と乳繰りあっていたとあれば、苛立ちは倍増です。
わたくしはレンティル様と結婚せずに済んで心から安心しています。
それに結婚式がもし行われたとしても、無事に終わる事はなさそうです。
式中に現れたシャーロット様が、レンティル様を殴り飛ばす事でしょう。
「だっ……僕は、どうすれば……!」
「知りません」
淡々と言うわたくしに、どうする事も出来ないと悟ったのかレンティル様は泣きそうになっています。
お辞儀をしてから去ろうとするわたくしを、レンティル様は引き止めます。
手を掴まれてゾワリと鳥肌が立ちました。
―――パシッ
わたくしはレンティル様が掴んでいる手を思いきり振り払いました。
嫌悪感で心が一杯です。
「リディア…!お願いだ……ッ」
「……離してください」