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デビル・ゴースト  作者: 愛野 咲
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期待と業


 ピーポーピーポーという救急車のサイレンを聞いたのは夕暮れ時、陽が沈もうかという午後六時。辺りの風景がクレナイに染まる頃。


 僕、宇自可うじか 愛季あきの彼女、白他しらた 心暖こはるは、トラックにひかれた。それを見ていた僕の全身からスーッと血の気が引いていった。


 彼女は、大量の血を流していた。アスファルトの上にはべっとりとしたインクみたいに、紅すぎる血があふれでていた。

 それを見ていると、目がクラクラして、浮遊感に包まれる。現実じゃないみたいだ。


 倒れている彼女をみていると、さっきまで確かにつないでいたはずの手が、トカゲの尻尾のようにピクピクと動いていた。

 だが、見つめるだけで僕をドキドキさせるパッチリとした目は閉じたまま。伸ばしかけの黒髪も血に染まりかけて、赤くなっていた。


 “髪を伸ばした人が好きだ”って言ったら、真に受けて長くしてくれたのを知っていた。メイクですら五分で済ませてしまう面倒くさがり屋の彼女が髪を伸ばしてくれたのがとてもとても嬉しかった。


 その時間が。そのずっと続くと思っていた僕の大好きな時間が、この日停止した。



 *

 大量の血を流した彼女が救急車で運ばれて、はや二時間がたった。緊急手術。病院で僕は彼女のことを待っていた。近くには、僕の母と、彼女の父がいる。


 二人を見ることすら、彼女の存在を感じさせた。


 彼女も片親しかいなかった、だから、仲良くなれたのだと思っている。

 初めて部活で会った時に想像以上に心の距離が近くなった。それで、話してみたら本の趣味、マンガの趣味、食事の好みも似ていた。カラオケで歌う曲だけは、彼女がK-POPで、僕が洋楽で違っていたけど、違っていることさえも幸せだった。二人でいることを実感できた。


 それで出会って、一ヵ月で付き合うことができたのだ。


 生きていてくれ。生きていてくれ。頼む。


 待っている時間は心臓が、ドクドクいっていた。一生分の動きがあった。手汗はにじんでいた。彼女と出会ってからこれまでが走馬灯のように流れていった。


 彼女の笑った顔、彼女が初めて作った料理、彼女が失敗した料理、三回目に行ったデートだって覚えていた。確か、彼女が好きなキャラクターショップに行ったんだ。周りは女だらけだったけど、楽しかったな。たまに会うカップルの男性と会うと、仲間を見つけたみたいにアイコンタクトをしたっけ。


 手を組んで貧乏ゆすりをして、祈る。

 神様なんていないのに。

 それでも、祈ることしかできなかった。


 やがて、手術室の重い扉が開く。

「手術は成功しました。後は、彼女次第です。今夜が峠でしょう。」


 僕ら三人はその言葉に一先ずの安堵を得た。それでも、人間というのは業の深いもので、口々にもっと安心できる言葉を求めていた。


「手術をしたなら大丈夫ですよね?」

「そうは言っても、一番の山場は超えたんですよね?」

「僕の彼女は生きることができるんですよね?」

 三者三様それぞれの言葉で手術をしたばかりでくたびれた医者を責めた。


 *


 僕は罪をこの日から少しずつ少しずつ重ねていった。今ならそれがわかる。

 それでも、僕は精一杯自分ができることをやったのだ。だから、後悔はない。


 *

 その日、午前三時頃医者が言う峠とやらが超えた。

 その言葉を頼りにこの時間まで皆、起きていた。


 三人は峠を越えたのを確認するように頷きあった。義父の笑うえくぼは彼女を思い出させた。母の泣く姿に僕と彼女への愛情を感じた。幸せだなって僕は思った。この日の悲しみさえきっといつか笑って話せるんだろうな。僕は暢気にも幸せなんていうものをこの時は感じてしまっていたのだ。



 だが、彼女は二度と僕の前で起き上がることはなかった。

 彼女は一週間たっても二週間たっても目覚めなかった。


 *


 彼女は、起きあがらなかった。

 医者が言うには脳死ではないし、呼吸も自発的にしているが、一ヵ月たっても起き上がらなければ覚悟を決めた方がいいと言われた。一ヵ月を過ぎれば、もう一度目覚める確率は五%もないらしい。


 呼吸は自分でできているのに何で起きあがらないのかと医者に聞いたら、「分からない」と言われた。僕はその言葉に「人の命を扱っているくせに分からないとか適当なこと言っているんじゃないぞ。」と言って医者のくたびれ切った白衣を掴んだ。

 医者は冷静に白衣を掴んだ僕の手を外して一言「すまない。」と答えた。


 *


 一ヶ月たっても彼女は、目覚めなかった。


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