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アニマリア  作者: 山中走馬
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メルム

第8話


「ああ、私も教会で結婚したいなあ」


 俺が本を読んでいる横で、ナタリーを俺の部屋に引き入れて、メルムは衣類を片付ける手もろくに動かさずにおしゃべりしている。

 メルムというのはフエルがいなくなってから俺の新しい世話係として来た犬族の若い女の子だ。メルムも俺やフエルと同じような人型のプードル種の15歳になるいぬびとだ。

 メルムはフエルとは違って良くも悪くも女の子だ。歳の近いこともあって羊族のナタリーと暇さえあればお喋りばかりしている。内容は恋バナやらファッションやら、いかにも女の子らしいものだ。

 おじゃべり好きなのは別にいいのだが、メルムは話に夢中になると仕事がおろそかになってしまう。メルムに物を持ってきてほしいとお願いして持ってきてくれるのを待っていても、待てど暮らせど来ないから見に行くと廊下でナタリーに会っておしゃべりしてた、なんてことはしょっちゅうだ。それでよく周りの大人から怒られているのだが、メルムは怒られてもふてくされるばかりで懲りる様子もなくすぐにナタリーとおしゃべりしている。まあこの年頃の女の子らしいといえばらしいのだが。

 俺としては自分のことは自分で出来るので別にそれでもいいのだが、改めてフエルの存在がどれほど貴重だったかを教えてくれることにもなっている。

 フエルにはいろんなことを教えてもらった。フエルは俺のこの世界についての疑問に答えてくれるだけの知識と教養があった。あるいはフエルも知らないことだったら一緒に答えを探す努力をしてくれた。知的好奇心を共有してくれるという点でも俺にとっては貴重な存在だった。

 それに比べてメルムは自分の興味がないことにはまったく関心を示さない。俺が【天狐】だということもどうでもよさそうだ。それどころかメルムはどこか獣人ではなく人間になりたがっているところがある。犬耳を隠すためなのか部屋の中でもほとんど帽子を被ったままだし、しっぽが隠れるスカートをいつもはいている。


「結婚といえばジューンブライドよね。知ってる?ジューンブライド」


「もちろんよ。憧れるわ」


 メルムとナタリーが俺の部屋で話している。

 このへんの人間の風習はあっちの世界と一緒だ。というかあっちがベースになっているから細かいところでは同じなんだろう。

 ナタリーはメルムが来てからというもの、メルムに感化されたのか、すっかり人間にあこがれを持つようになっていた。


「けものびとの結婚式と言えば4月だろ。アニマリアの青の季節といえばけものびとの婚姻の季節だろ」

 俺はからかい気味に本から顔を上げて2人に言った。


「そんなの知らない」

 メルムは俺の言葉につまんなさそうに答えた。


「そんなこと言ってると大人たちに怒られるぞ」


「関係ないもん。争いごとは嫌い。人間と仲良く暮らせばいいじゃん。ねえ」

 メルムはナタリーに同意を求めるように言った。

 ナタリーはそれにうんうんと頷いてみせる。


「そんなことより、私もせめて坊ちゃんみたいに狐族に生まれたかったなあ。そしたら人間の姿で生活できるのに」

 メルムは言った。


 そう、狐族は化人の術が使える。狐族固有の能力で、一種の魔法のようなものらしい。

 ずっと教えてほしいと話していたのだが、3歳になってようやく父親からやり方を教えてもらった。




「頭の上に意識を集中するんだ。葉っぱを浮かせるようなイメージで」

 父親は俺を庭に連れ出すと、俺の頭の上に葉っぱを1枚乗せて言った。

「それから頭の上から自分が人間の姿に変化する様子を強くイメージするんだ。こんな風に」

 父親はそう言って実際にやってみせた。

 

 父親はみるみるうちに人間の姿に変化していった。

 父親は頭には何も載せていない。慣れれば別になくてもできるようになるらしいのだが、慣れないうちはあったほうが意識が集中してやりやすいらしい。


 俺は父親に教えられたようにやってみたが、最初はうまくいかなかった。だが、それから毎日一生懸命に練習するうちに2週間くらいで出来るようになった。


「さすがフェイトだ。飲み込みが早い」

 父親は人間に化けた俺を見て満足そうに言った。


 人間に化けたまま鏡を見た。元々が人型のために見た目には大きな変化はない。ただ耳や尻尾がなくなっていた。実際に耳や尻尾があったところを自分で触ってみても何もない。どういう原理なのか分からないが、物理的に肉体が変化しているようだ。


 なにはともあれ俺は化人の術をマスターした。ずっと手に入れたかった能力だ。化人の術が使えないと人間の前はもちろん、外へ出ることが許されなかった。これによってようやく屋敷の外へ出ることができるようになった。


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