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アニマリア  作者: 山中走馬
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フエル

第5話


「フェイト坊ちゃん、おはようございまちゅ。ごきげんいかがでちゅかー?」


 乳母のフエルが乳幼児ベッドに寝ている俺の顔を覗き込むようにして赤ちゃん言葉で話しかけてきた。朝の柔らかい日の光のなか、フエルの長い銀色の髪と透き通るような肌がまぶしいくらいに輝いている。


 フエルは銀狐という珍しいきつねびとで俺と同じく人間の姿にきつねの耳と尻尾を持つタイプの女性だ。歳はまだ17歳だったが、獣人は10歳くらいで肉体的には成熟するらしく、もう立派な大人の女性である。


 この世界で獣人と言っても大きく分けて二種類あるらしい。人間の姿にけものの特徴を持つタイプと、けものの姿で人間のように振る舞うタイプだ。この両方のタイプの獣人がこの世界には混在している。そういう訳でフエルは人間に近い姿をしている。

 だからフエルは獣人としてというより、人間的基準で言っての美人だった。そんなフエルがこの家で俺の世話係として働いていた。

 

 フエルは両手で俺をやさしく抱え上げると、自分の胸元に抱え込んだ。

 俺はフエルの柔らかい胸元に包まれる。こんな幸せを味わえるなんて思ってなかった。もうこれだけでこの世界に来たかいがあった、心からそう思えた。


「さあ、今日はいい天気ですよ。庭を散歩しましょう」

 そういってフエルは俺をあやしながら庭へと出た。

 我が家の庭は3mくらいの高い土の壁に囲まれたテニスコートくらいの広さで、さまざまな植物が植えられていた。庭をぐるりと一周できる小道があって、途中にベンチのあるあずまやがあった。

 フエルはそこまで俺を抱いたまま歩いていくと、ベンチに腰かけて俺をあやしながら子守唄をうたってくれた。とてもやさしくて落ち着いた歌声だった。

 すべてが心地良かった。この時間が永遠に続けばいいのに。俺の顔を覗き込みながら歌うフエルのことを見ながら真剣にそんなことを祈った。



 生まれてから三か月くらいの間は自分で動くこともままならなかった。しかも、すぐにお腹がすいてしまう。そして空腹を満たすとこんどは猛烈な眠気に襲われるのだ。

 そんなわけで起きてまともに活動できる時間はほとんどなかった。

 その代わりといってはなんだが、フエルはよく本を読んでくれた。それが本当に助かった。言葉を学習するうえでもこの世界のことを知る上でも。

 最初はほんとに幼児向けの童話集を読んでくれていたのだが、それではすぐに物足りなくなったので、地理や歴史書、伝承集とか戦記ものなんかを読んでもらうようになった。

 まあ、そう仕向けるのは結構大変だった。片言の単語と表情だけで意思を伝えなければいけないのだから。児童書を持っているとむずって泣いたり笑ったりしかめっ面したり...


「またこんな難しい本を本当に読むんですか?私だって理解するのが難しいのに。けど、坊ちゃんはこの本を手に取ると大喜びするし。まあ、坊ちゃんが喜んでくれるならいいか」


 フエルは俺のお気に入りの獣人の歴史について書かれた本を頑張って読んでくれるもののちょっと腑に落ちない様子だ。


 だが、だんだん読んでくれているのを聞いているだけでは飽き足らなくなりはじめていた。聞いているといろいろと質問したいことがでてくるのだ。


 それでもしばらくは我慢していたのだが、ある日、とうとう我慢できなくなって質問した。


「ねえ、フエル、それってどういう意味なの?」


「え?......ええええええ!!??」

 フエルは俺に話しかけられて盛大に驚いた。


「さっきの言い回しだけど、どういう意味なの?」

 

「喋った......坊ちゃんはもう喋れるんですか?」

 

「うん、そうみたい」


「すごい、さすが坊ちゃんですね」


「そうなのかな」


「すごいですよ、まだ坊ちゃんは1歳にもなってませんよ」

 フエルは心から感心したように言った。


 いくら発達の早い獣人でも1歳では片言で単語を発するのがやっとだ。会話ができるようになるのは2歳くらいからだ。

 

「さっそくご主人様と奥様にお伝えしなければ」


「ああ、ちょっと待って、あの二人には...」


 俺の呼び止める声も聞かずにフエルはバタバタと部屋を出て行ってしまった。

 あの二人が知ったら大騒ぎするに決まっている。

 ドタバタと大きな足音が近づいてくる。そら来たぞ。


「フェイト、パパだよ」


 もちろん知ってますとも。知ってますからそんなに目を輝かせながら話しかけないでください。


「フェイト、ママですよ」


 ええ、あなたはわたしの母親です。


「お父さま、お母さま、おはようございます」


「フェイト、もう会話できるのか」


「ええ、出来ますとも」


「おおおおお!!聞いたか!すごい、すごいぞさすが天狐。さすがわが息子!」


「わたしの息子です!」

 二人がにらみ合っている。


「お二人の息子さんですよ」

 フエルが当たり前のことを言った。

 その言葉を待っていたかのように二人はこんどは喜色満面である。本当に親バカを絵に描いたような二人だ。


「おお、わしのフェイトが水の上を歩いたって?」


「わたしはフェイトちゃんが空に浮いたって聞きましたよ」


 こんどは祖父と祖母が入ってきた。どこでだれがどう話したらそうなるのか。


「よし、お祝いのパーティーだ。みんなを集めよう」


「そうね、みんなに見てもらわないと」


 ああ、やっぱりそうなったか...

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