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アニマリア  作者: 山中走馬
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プロローグ2

第2話


「えっ、ゲーム?ゲームですか?」

 またもや意表をつかれた。

「どんなゲームですか?」


「パソコンのゲームさ。俺が作った。ほんとは自分でクリアしたいところだったのだが、もうその気力がなくてな。代わりにクリアしてくれる人を探していた」


「へえ、パソコンゲームですか。アクションゲームですか?」


「いいや、ロールプレイングゲームだ」


 プログラミングなんかは疎いのだが、シューティングやアクションと違って個人でRPGを作るのはなかなか大変そうだ。趣味で作ったゲームをプレイしてもらって感想が聞きたいのか。


「それをクリアすればいいんですか? それだけで本当にこの像をもらえるんですか?」


 ゲームをクリアすればこの像がもらえるなら安いものだ。少々つまらなくても我慢できる。


「ああ、そうだ」


「別にいいですが、俺でいいんですか?俺、ゲームとかあんまりしないから詳しくないですよ」


「いいんだよ、あんたで。あんたみたいなひとを探してたんだ」


 俺みたいなひと。どういう意味だろうか。


「あんた、歳はいくつだ?」


「今年25歳です」


「スーツ姿、仕事の途中かい?」


「......」

 

 途中、というより正確にはサボり、である。

 一応、いままで真面目に働いてきた。こんなことは今回が初めてだ。言い訳っぽいが。


「サボりか」


 図星すぎて言葉が出ない。


「ふむ、まあ別にいいじゃないか。仕事はつまらないか?」


「まあ......」


 実際のところ、つまらないどころではない。安い給料にやりがいのない仕事。上司から褒められることはほとんんどなく、なにかにつけて小言しか言われない。同期の半分はもう会社にいない。残った同期とあ話すことと言えばいつ辞めるか、次何をするかとかそんな話ばかりだ。


「じゃあちょうどいい。そんな人を探してたんだ。俺のゲームはいい暇つぶしになると思う。いや、暇つぶしというにはちょっと強烈にすぎるかもしれないが」

 店主は最後のほうはひとりごとを言うように言った。


「どんな感じのゲームなんですか」


「普通のゲームとはちょっと違う。ゲームの世界に入り込むことができるんだ。といっても口で説明したところで理解できないだろうけどな」


 ゲームの世界に入り込む?この店主はちょくちょく妙なものの言い方をする。単にこういう人なのか。もしかしたら人をおちょくっているのだろうか。


 俺が店主のことを少し警戒し始めていることに気付く様子もなく、店主はちょっと待ってろと言って店の奥にいくと、すぐに手にCD-ROMを持って戻ってきた。店主はそれを机の上に置いた。


「パソコンは持っているのかい」


「ええ、まあ」


「そいつはよかった。こいつを持って帰ってくれ」


 店主はそう言うとゲームのおおまかな内容を話し始めた。

 ゲームの目的はゲームの中に存在する獣人という種族の救世主になって仲間を集めて獣人たちを苦しめている竜を倒すこと。そして獣人たちの国を再興すること。


「いくつか注意事項がある。大事なことなのでゲームを始めてからも忘れずにいてもらいたい」

 店主はそう言って話し始めた。


「このゲームはやり直しができない。一度始めたら自分が死ぬまで続く」


「死んだら最初からやり直しということですか」


 セーブ機能がないのか。なんだか面倒くさいゲームだな。口には出さないがそう思った。


「それもできない。ゲームの中の時間は一度進むと絶対に戻らない」


「えっ!一発勝負ですか」


 めちゃくちゃ難易度が高いじゃないか。たまたま入ってきた人間にゲームをクリアしたらあの像をくれるなんてなんか裏があるとは思ったが、こういうことか。だがじいさん、こっちも予想してたぜ。世の中そうそう甘くはないんだ。

 

「だから十分注意することだ」

 店主は話し続ける。

「竜を倒すという、いわば【大きな物語】に沿って行動している限り、すべてはシナリオ通りに動くから間違っても死ぬことはないし、竜は倒せるようになっている。だが、あくまでそれはシナリオ通りの状況においてのみだ。それ以外では何かあれば死んでしまう可能性は十分ある」

 

「自由に行動できるのか。すごいゲームですね」


 ひと昔前は市販のゲームでもシナリオ通りにしか行動できなかった。自作のゲームでそこまで作れるなんて大したものだと思う。


「もちろんあの世界の中でどのように行動するかはあんたの自由だ。まったくシナリオを無視してあの世界の一生を過ごしても構わない。それを止めるすべはない」


 そんなに自由に行動できるのか?自作のゲームでそんな広大な世界を作ったのか?


「だが、言ったようにシナリオを離れたところではいつでも死ぬ可能性はあるし、あの世界の中であんたは決して万能ではない」


 店主は話し続けている。


「もちろん漫画のヒーローのようなスーパーマンとして登場させてやることもできたのだが、そうすると人によっちゃゲームの中の世界をめちゃくちゃにされる危険がある。あと、実際に経験してみたらわかるのだが、それじゃつまらない。最初は面白いのだが、すぐに飽きるんだ。そいつが問題なんだ。時間があればあるほど、な」


 途中から店主はひとりごとのようにしゃべっている。店主はそのつもりで見てみると、目が異様なほど冷めているような気がする。どこか精神がおかしいのかもしれない。何とか話を切り上げてさっさと店をでたほうがいいのか。


「いくら言葉を尽くしたところで理解できないことは分かっている」

 店主は冷めきった声で言った。

「行けば分かること。行かなければ分からないこと」


 その後も店主はゲームのストーリーの流れとともに、およそゲームの説明とは思えないような何やら奇妙なことを話し続けた。


「......まあいい。行けば分かること。行かなければ分からないこと」

 店主は一通り話し終えると俺の眼を見ながらまたひとりごとのように言った。

「いま俺の言ったことを向こうで思い出してくれたらそれでいい。それで、やってくれるかな。クリアしてくれればこの像をあげよう。いや、それどころかこの店にあるものはなんでも持って行ってくれていい」


「へえ、そうですか」

 俺は表情をまったく変えることなく答えた。もうそんな言葉に喜ぶ気持ちにはなれなかった。この店主をぼけ老人かなにかそういったものだとほぼ決めつけていた。むしろそうそうに会話を切り上げてこの店を出ていきたかった。


 このままゲームも受け取らずに帰ろうかと思ったが、手に持ったままの猫の像を元の棚に戻したとき、この像を置いて帰ることにひどく名残惜しさを感じだ。


「どうだ、やってくれるか」


「仕事が忙しいですからね。すぐにできるかどうかはわかりませんよ」

 俺は机の上のCD-ROMを手に取りながら言った。


「ああ、構わんよ。ただ、重ね重ね言うが、【物語】のなかにいる限りは死ぬことはない。その流れから外れないように気を付けることだ。そして【物語】はつねに仲間とともにある。仲間を大切にすることだ」

 

 店を出てから改めて振り返って店を見た。こうしてみるとほんとうに薄気味悪い店だ。

 

 店から足早に立ち去った。中央通りに戻ると相変わらず多くの人の往来と眩しいほどの日の光が差している。

 なじみのある街の人混みの中にいると、さっきまでの異様な非日常感は消え去って、日常が戻ってきたような気がして少しほっとした。

 それと同時に今から会社へ戻らなければならないことを考えると、いつもの憂鬱と倦怠感もまた湧き上がってきた。


「しょうがない。戻るとするか」

 おれは小さくため息をついてから駅へ向かって歩き出した。

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