8話 引けない戦い
ジンは身構えて、注意深く森の奥を見つめる。
ガサガサと草を掻き分け、落ち葉や木の枝を踏み砕く足音が近づいてくるに連れて、心臓の鼓動が早まるのが分かった。
人間、獣、未知の生物、何かは分からないが、危険な存在かも知れない。
都会の生活では危険を感じる機会は殆ど無かった。
身に迫る危険があるかも知れないと思うと、緊張が込み上げて来た。
次の瞬間、ジンは目を丸くして驚く。
森の奥から姿を現したのは意外な事に少女だったからだ。
黒い髪に白い肌の10代後半くらいの可愛らしい少女だ。
恐らくアジア系で日本人に近い顔立ちをしている。
しかし、更に意外だったのは、少女が殆ど半裸に近い格好だった事だ。
ビリビリに引き裂かれた布は殆ど意味をなしておらず、揺れる2つのモノに視線が言ってしまう。
しかも、その首には動物用の首輪が着けられていた。
一瞬痴女か?と思ったが、直ぐにそれが勘違いだと気付いた。
少女の顔は明らかに怯えていたからだ。
顔面蒼白で背後を気にしながら走っている。
「何かに追われているのか?」
その答えは直ぐに現れた。
少女の背後から現れたのは醜い豚鼻の巨漢だった。
数は2体。
泥で薄汚れた浅黒い肌、190㎝以上ある巨体に錆びついた鎧を纏っている。
まるで猪が二足歩行になって鎧を着させた様な違和感だ。
奴らは剣と棍棒を振り上げながら少女を追いかけていた。
ジンは後ずさる。
ジンは180㎝の長身で、体力的にはそこそこ自信があった。
しかし、相手は人間離れした巨体な上に武器を持っている。
しかも、複数・・・ジンに勝ち目は無い。
本来なら今直ぐここから逃げるべきだろう。
だが、ジンはその場に踏みとどまった。
少女と目が合うと、絶望に沈んでいた少女の黒い瞳にパッと希望の光が映った。
その瞳はジンに救いを求めていた。
目の前に悪漢に襲われているか弱い少女がいて、助けられるのは自分だけ。
それが分かったジンに逃げると言う選択肢は残されていなかった。
「・・・ここで引いたら、男が廃るな。」
(ふむ、戦うのか? あれらはオークと言う亜人だ。集団戦に秀でており、数が揃うと厄介な奴らだ。残忍で性欲旺盛、異種族を見つけたら雄は皆殺しにし、雌なら問答無用でレイプする事で忌み嫌われている。)
「だから何だ?目の前に助けを必要としている子供がいるのに放っておけるわけがないだろ。」
(不合理だな。 人間とはそう言うものか?)
「そう言うものだ。」
ジンは一歩前に踏み出した。
「た、助けて下さい!」
少女はジンの元まで走ると、ジンの背後に隠れる。
出来れば正面から見たいのだが、今はそんな事を言っている余裕はない。
何故なら、2体のオークは既に目の前にいるのだから。
ジンは少女を庇う様に更に一歩前に出る。
「何だ〜?まだ人間の生き残りがいやがったのか。」
棍棒を持つオークがジンを見てイラついた様に喋る。
「また、仲間を殺されて絶望したいのか?」
剣を持つオークがジンに剣先を向けながら少女を睨んだ。
「ゲヘヘへ、それともそんなに人間の雄が良いのか?安心しろよ、直ぐにそんな事どうでも良くなるくらい楽しませてやるからよ〜ゲヘヘヘへ!」
棍棒のオークはゲスい目で少女を見る。
「グヘへ、とっととその雄を殺して、しゃぶり尽くしてヤルぜ!」
オークが剣を振りかぶりながら襲い掛かる。
目の前で見ると、やはりでかい。
10㎝の身長差は凄まじい威圧感だ。
しかも、体重は軽く150kgは超えているだろう。
真面なぶつかり合いでは勝ち目が無い。
しかし、後ろには少女がおり、避けるわけにもいかない。
膝が笑っているのが分かる。
目の前に刃物を持った殺意剥き出しの化物が迫っているんだ。
誰だって怖い。
今直ぐに逃げ出したいくらいだ。
その時、ジンは背中に添えられた少女の手が震えている事に気がついた。
少女が今頼れるのは自分だけなんだと改めて気がつくと、ジンは覚悟を決めた。
左手でカバンを盾代わりにして、前に出すと、右手に暗黒物質でナイフを創り出す。
カッター位の大きさの小さなナイフだ。
石程度の強度なので、オークの鎧を貫通する程の切れ味は無い。
「そんな皮の盾如きで俺の剣を防げるわけがねぇだろ!」
オークの剣が振り下ろされると刃がカバンに深く突き刺さり、持っていた左手に焼ける様な痛みが走る。
「痛ッッ!!」
剣はジンの左手の掌から手首まで深々と突き刺さっており、大量の紅い血が流れ出ていた。
骨が砕け健が切れた事で、カバンはジンの手から離れて落下する。
オークはニヤリと余裕の笑みを浮かべた。
だが、ジンはその一瞬の隙を見逃さなかった。
叫びたくなる程の尋常では無い痛みの中、唇が切れる程歯を食いしばって我慢したジンは右手に持つ暗黒物質のナイフをオークの首筋に突き刺した。
痛みや恐怖で、躊躇する暇など無い、全力の一撃だ。
生きるか死ぬかの時に相手の事など気にする余裕は無いし、こんなクズの様な奴らに気にかける必要も無い。
「ギャアアアアアアア!?」
それは今まで聞いた事の無い様な悍ましい悲鳴だった。
断末魔とでも言うのだろうか?人や動物が死ぬ時の声がこれ程生々しく、強烈だとは思っていなかった。
暗黒物質のナイフはオークの首に深々と突き刺さり、大量の血が噴き出している。
オークは痛みと死の恐怖で顔を歪めながら、一歩後ずさると、その場に大の字で倒れた。
その首からはまだ止め処なく紅い血が流れ続けている。