7話 仮説
黒鉄仁は、森の中を彷徨っていた。
東京の整備された街道に慣れたジンにとって、道とも呼べない土と岩と草の凸凹した上を歩くのは辛い。
しかも、仕事帰りだった事もあり、革靴にスーツとカバンと言うビジネスルックだ。
せめて運動靴だったらとジンは恨めしそうに革靴を見る。
その頬には一雫の汗が流れていた。
特段気温が高いわけでは無いが、森の中と言う事もあり、湿気がかなりあった。
ジンワリと背中が湿っているのが分かり、気持ち悪い。
「喉が渇いたな〜コーラ飲みて〜。」
ジンは気を紛らわせようと呟いてみる。
こんな時にキンキンに冷えたコーラがあれば、最高にリフレッシュ出来るのだが、コンビニもスーパーも自動販売機すらも無いこの森でコーラを飲める事は無いだろう。
いや、異世界と言う可能性を考慮すれば、この先一生コーラを飲む機会は無いのかも知れない。
そう思った瞬間、より一層気が滅入る。
(コーラとは何だ?)
「あ? コーラはコーラだよ。甘くスッキリした味わいと刺激に充ちたシュワシュワの炭酸、あーコーラ飲みて〜。」
(ほぅ、コーラとやらはそんなにも美味しい飲み物なのか。)
「そりゃあコーラ以上の飲み物なんてこの世に無いだろうってくらい美味いからな・・まあ、魔道書のお前には分からないだろうがな・・・って、まだ居たのか!?」
余りに自然に話しかけて来るから、普通に会話を返してしまったが、この魔道書はいつまで話しかけて来るのだろうか?
てっきりあの部屋からて出ればもう話しかけて来ないと思っていた。
(居たらダメなのか?)
「・・・え?」
(・・え?)
何とも言えない沈黙が流れる。
「お前、もしかしてずっと俺について来るつもりか?」
流石に鬱陶しすぎるだろ。
四六時中声を掛けられたり、監視されたりを想像するとゾッとする。
(当然だ。 我は汝の心臓となったのだからな。一心同体と言うやつだ。 安心しろ身体を乗っ取ったりなどしないから。)
「つまり、乗っ取ろうと思えば乗っ取れるって事か・・・まるで呪いだな。」
(呪いとは失礼だな・・・我は知りたいだけだ。 一なる者に選ばれた汝の行く先を、そしてこの世界の未来を。)
「選ばれたって、偶然見つけただけだけどな。」
(この世に偶然なんてモノは存在しない。全ては運命と言う名の因果律に結ばれた必然なのだ。)
「運命ねぇ、じゃあ俺がこの力を手に入れたのも必然だと言いたいのか?」
(そうだ。 一なる者は全てを見通す力を持っていた。こうなる事も予見していた上で汝を選んだのだろう。 では、我からの質問だ。汝は何故あの部屋に来たのだ?)
「何故って・・・俺もよく分からない。 確か、夜空を白くて綺麗なオーロラが包んだと思ったら、気付いた時には彼処に居た。」
(ふむ、汝も『アレ』を見たのか・・・周りを見て見るがよい。何が見える?)
「何って、森しか見えないが。」
ジンは周囲を見渡して見るが、さっきから、変わらない森の景色が続いていた。
(そう、森だ。 しかし、本来、あの部屋の上はこんな森では無かった。美しく巨大な遺跡が広がっていた筈なのだ。)
「はぁ?どう言う意味だ?」
(ここは我の知らない世界・・・つまり、我にとって異世界と言う事だ。)
「すまないが、言っている意味が全く分からん。」
(正直な所、我も確信がある訳では無いのだが、汝が我と同じようにあの白い光のカーテンを見た事から・・・我は1つの仮説を立てた。)
「仮説?」
(そうだ。汝の記憶を見る限り、我と汝は元々相容れぬ世界に存在して居た。だが、その両者が共に同じ光のカーテンを見た。つまり、あの光のカーテンは、無数の世界を横断若しくは同時に存在していたことになる。そして今、我と汝は同じ世界に存在している。にも関わらず、ここは我も汝も知らぬ世界・・・つまり。)
「つまり?」
(複数の世界が結合して1つの世界となった。 と言うのが我の仮説だ。あの白い光が現れた時、確かに強烈な時空の歪みが生じるのを観測した。恐らくだが、あの光が無数の世界を引き寄せあい、混ぜ合わせたのだろう。)
「すまないが、言っている意味が全く分からん。」
(・・・つまり、無数に存在する世界を1つの器となる世界に突っ込んで混ぜ合わせた結果が今いるこの世界だと言う事だ。)
「はぁ?じゃあ、俺のいた世界の人間やモノもこの世界に来ているかも知れないって事か?」
(そう言う事になるな。)
「マジか!じゃあ探せばコーラも飲めるかも知れないな!」
ジンの中で一気に希望が込み上げる。
(但し、本来相入れぬ無数の世界を無理やり力任せに結び合わせた結果がこの世界だ。我々は運良くこの地に転移したが、他のもの達が同じとは限らない。)
「どう言う意味だ?」
(望まない場所に転移した者も多いだろう。空の上、地中、火山の中、魔物の巣窟・・・生き長らえるには厳し過ぎる場所は無数にあるのだから。)
「確かに、いきなり地上1万メートルに転移させられたら死ぬしか無いな・・・中嶋大丈夫かな?」
(汝の知り合いか?)
「そうだ。同期で気の合う奴だったんだがな・・・ってかその汝って呼び方堅苦しいからやめないか?俺の事はジンって呼び捨てで良いよ。俺もお前をクロって呼ぶからさ。」
(クロ?)
「黒の魔道書だからクロだ。ナイスネーミングセンスだろ?」
(・・・まるでペットの名前だな。まあ、良かろう。これから長い付き合いになるのだからな。)
「半ば強制だがな。」
クロとたわい無い会話をしていると、ジンはある異変に気が付いた。
最初は風で木々が揺れているのかと思った。
しかし、それは段々と近付いてくる。
ガサガサと草木を踏む足音だと分かった時にはかなり近くまで来ていた。
足音からして数は複数。
「何かがこっちにくるな。」
(用心しろジン、ここは知らぬ土地、魔物や盗賊がいる可能性もある。)




