2話 石の部屋
そこは暗い石の部屋だった。
石の壁に窓は無く、室内を照らす灯りも無い。
背中や手に石のザラザラした冷たい感触が伝わってくる。
「何だここは?暗くて何にも見えない。」
ジンは、起き上がるとポケットからスマートフォンを取り出した。
電池はまだ85%有るから暫くは保つだろう。
だが、電波は無い様で圏外のマークが出ている。
取り敢えずスマートフォンのライトで辺りを照らして見る。
そこは10畳程の小部屋だった。
四方の壁を調べて見るが、石の壁があるだけで、出口らしき扉は見あたらない。
「ふむ、どうやら閉じ込められた見たいだな。」
さっきまで繁華街に居たはず・・・いくら酔っていたとは言っても、こんな事態になる様な飲み方はしていない・・・と信じたい。
兎に角、ここから脱出しなければいけない。
「全く、どうしたらこんな状態になるんだ? 取り敢えず自分でここに来たのなら、何処かに必ず出口があるはずだ。」
ジンは壁をペタペタと触りながら、スイッチの様なモノが無いか確認する。
・・・だがそれっぽいものは見あたらない。
水も食糧も無しでこのまま閉じ込められたら、3日と持たないだろう。
時間が経てば空腹と脱水症状で冷静な判断力も無くなるだろう。
ならば、早いうちに脱出の活路を見いださなければ命取りになる。
ジンは一旦、床に座って考える。
記憶を辿ってみるが、やはりあの謎の光を見た瞬間から今に至るまでの記憶が無い。
転移?天変地異?落とし穴? 理由はわからないが、この出口の無い部屋に閉じ込められてしまった事だけは事実だ。
ふと、石の床にある窪みに視線が止まった。
ライトで照らすと、部屋の中央に10円玉位の小さな窪みがあった。
「穴か・・・何かの仕掛けか?」
ジンは暫し考える。
果たして、この窪みが正解なのだろうか?
トラップの可能性は無いか?
指を入れた瞬間、天井が落ちてくるとか、壁から槍が生えるとか、映画や漫画では定番だ。
こういう時は慎重に行動する必要がある。
念の為、他に窪みが無いか床を隈なく調べてみるが、これ以外には怪しいところは見あたらなかった。
ジンは一度深呼吸をすると、意を決した様に人差し指を窪みに入れた。
カチッ
指の先に何かボタンの様なものが当たる。
ゴゴゴゴゴ!
「なっ、なんだ!?」
石の擦れる音を上げながら、窪みがあった床が迫り上がり、石の台が出てきた。
台の上には、一冊の古めかしい分厚い本が置いてある。
黒いカバーと上質な羊皮紙で作られた本の表紙には何かが書かれているが、見たことの無い文字だ。
「なんだこれ?随分古そうな本だな、ひょっとして、ここは古代の遺跡かなんかか?・・・って、んなわけないか。 取り敢えず、脱出方法でも書いてあればいいんだが。」
ジンは無造作に黒い本を手に持った。
(我を手にし人間よ・・・汝、我が力を受け入れるか?)
何かよくわからない声が頭の中に直接聴こえてきた。
「何だ?誰か居るのか?」
ジンは周囲をライトで照らして見るが、誰も居ない。
(我が名は黒の魔道書、一なる者が書き残した真理の断片である。)
「黒の魔道書? 何言ってんだお前? 厨二病でも発症してんのか?」
(厨二病?汝の言っている言葉の意味は分からないが、我は病気では無い。資格ある者に我が力を授ける為に生み出された魔道書である。 魔道書は風邪を引かない。)
「はぁ、そうすか・・・取り敢えず何処かにいるなら出てきてくれませんか?ここから脱出したいんで、抜け道とかあるなら教えて欲しいんですけど。」
ジンは耳を澄ませながら周囲に注意を払う。
声の主が近くに居るなら、足音や呼吸音で場所が分かるかも知れない。
(我は既に汝の手の中に在る。 一なる者が我を作ってから悠久の時を経て汝の手に渡ったのだ。ここから出る力が欲しいのならば我が力を受け入れよ!さすれば汝は一なる者の力の一部を手にする事が出来るのだ!然ればここから出る事も容易いであろう。)
何だこいつは?嫌でも受け入れさせたいのか?このままでは拉致があかないし、仕方ないから取り敢えず話を合わせておくか。
「あー分かった、分かった。受け入れるよ。だがら出口を教えてくれない?」
(・・・え?本当に?嘘じゃないよね?)
なんだこいつ?
えらく口調が変わったな。
「嘘じゃないから、出口を・・・!?」
その時、手に持っていた分厚い本が怪しく輝き始めた。黒い光とでも言えば良いのだろうか?今まで見た事の無い光だ。
あの光のカーテンとは真逆の漆黒の輝き。
さっきまで話していたのは、本当にこの魔道書だったのか!?
(やっと我が使命を果たせる。・・・汝に我が力「暗黒物質」を授けよう!)
黒の魔道書はジンの手から離れ、宙に浮く。
ちょうど目線の高さで止まると、分厚い本が開き、パラパラと勝手にめくり始める。
「な、何だこれは!?頭に、知識が、流れ込んでくる・・・くっ!」
知恵熱とでも言うのだろうか?膨大な情報量が頭の中を駆け巡り、脳が焼き切れそうになる。
それと同時に、魔道書から放たれる黒い光がジンの胸に吸い込まれて行く。
(そして、更に特別サービスだ!汝には、魔道書の心臓を授けよう!)
「おいおい、ちょっとまて!こんなの聞いていな・・・!?」
魔道書がジンの胸に近付くと、スーっと胸に吸い込まれて行った。
その瞬間、酷い頭痛と目眩でジンは蹌踉めき、そのまま意識を手放した。