徒然なるリアルマッチョ飯
遊言社「ことのは」用書き下ろし短編です。
テーマは思い出飯でしたが、思いっきり否定してます(笑
食事とは思い出の中に非ず。
日々の糧として、生命をいただく行為であるが故。
自ら吟味し選び、血肉にする気概こそ寛容。
それは昨日の自分を超えるため。
今を乗り越えさらなる明日を目指すため。
時に厳しく辛く。
時に甘く優しく。
食事とは斯様なものであると私は思ふ。
*
朝食。
ローソンさけハラミおにぎり×1……211キロカロリー。
ローソンからあげクン×5……200キロカロリー。
プロテイン……※後述。
昼食。
ごま鮭おにぎり×1……198キロカロリー。
シーチキンオイル切り×1缶……180キロカロリー。
ロースハム×1パック……43キロカロリー。
夜食。
サイゼリアミラノ風ドリア×1……519キロカロリー。
サイゼリアほうれん草のソテー×1……80キロカロリー。
平日はほぼこのメニューが続く。
高タンパク質、低脂質、低糖質、さらにローカロリー。
仕事の都合で自炊をすることが不可能な生活において、なるべく低コストで体づくりに使える食事をと考えた結果、このようなメニューになってしまった。
断っておくが、私は過度なダイエットをしているつもりはない。
ボディメイクでもボディビルでもない。
私はウェイトリフターなのだ。
前者が糖質と脂質を制限し、魅せるカラダを作るのに対して、後者は記録を伸ばすための体づくりをしていく。
記録とはウェイト。
より高重量を。
より多いレップ数で。
ダイエットでフラフラになったカラダでは、セパレーションやバスキュラリティは作れても、純粋な『パワー』は生まれないのだ。
朝、昼、夜と。
それぞれの食事で摂取したカロリーの合計はざっと1431キロカロリー。
多少の間食やメニュー変更があっても1800キロは超えないようにしている。
アラサー、男性。一日に必要な消費カロリーは、基礎代謝+活動代謝+運動代謝の合計から導き出される。
基礎代謝とは体温の維持、脳や心臓を動かすために絶対に必要なカロリー。
活動代謝とは、日常の生活に必要な、歩く、昇る、といった運動に必要なカロリー。
運動代謝とは、トレーニングなどをすることで消費するカロリーのことだ。
私の場合の基礎代謝は1784……約1800キロカロリー。
それに生活代謝……二時間の通勤や、歩行時間、昇降段数を加味した生活活動強度を計算すると一日の消費カロリーは3000キロほどにもなる。
一日の摂取カロリーに対して一日の消費カロリーは十分大きいといえる。
これを続けていくことでヒトは減量をしてく。
人間が1キログラム減量するのに必要な消費カロリーは約7200キロと言われている。
私の場合計算上は1200キロカロリーずつ毎日減量していくことに成る。
約6日で1キログラムずつ減量していくことに成る。
だがこれはいけない。急すぎる。
毎日のカロリーコントロールに適度な間食を。
そのために必要なものこそプロテインである。
プロテインとは乳脂肪分の上澄み成分。
特にホエイプロテインと呼ばれるそれは、低カロリーで高タンパク質。
筋肉のみならず、骨、皮膚、血管など、カラダを作る材料であり、大切な栄養素。
勘違いされがちだが、プロテインとは運動後にばかり摂るものではない。
日常的に時間を見つけてはトレーニングをしていたり、ジムなどで本格的なハードトレーニングをしたあとの回復のために、毎日の食事と一緒にプロテインを摂り続けることは大切である。
そして、プロテイン以外にも積極的に摂っておきたい栄養素は数多くある。
例えばHMB……必須アミノ酸であるロイシンの代謝物。筋肉の肥大、減少抑制、回復促進をしてくれるサプリメントだ。2010年に日本で解禁されたばかりの人気のサプリでもある。
クレアチン……HMBとの相性がよく、摂取すると体内で糖分と結びつきクレアチンリン酸として筋肉や骨格にローディングされていく。火事場の馬鹿力の元となるものだ。
BCAA……ブランヘッド・チェイン・アミノ・アシッド。分岐鎖アミノ酸と呼ばれる必須アミノ酸三種のこと。特にハードなトレーニング後、筋肉がアミノ酸に分解されるのを防いでくれ、回復も早めてくれる。
その他にも普段の食事では補えない各種ビタミン、ミネラル、カルシウムも摂るのを忘れてはならない。
日々の食事とプロテイン、そしてサプリメントによるローディング。
それらを引っさげて、来るべき日曜日の記録更新へと私は挑むのだ。
* * *
日曜日。休日。
それは私にとって自分自身に挑む日。
昨日までの自分を超えるため、戦う日である。
事前の食事は二時間前がベスト。
炭水化物などおにぎり一つ分程度でいい。
腹を満たすためではなく、カラダと脳を目覚めさせる食事だ。
プロテインと、このときは特にHMBと即効性のクレアルカリンを飲んでおく。
所詮フラシーボ効果な感は否めないが、精神が肉体に与える作用は凄まじい。
やれることは事前になんでも試しておくべきなのだ。
向かう先はトレーニーの聖地、フィットネスジム。
目指すはフリーベンチプレスのマックスアップである。
入念な準備運動をしたあとは、特に股関節の柔軟を行う。
ベンチプレスに必要な要素の一つ、ブリッジの高さを出すためには、股関節周りの腸腰筋の柔軟性が必要になる。
空いているベンチの上に片膝を載せ、後ろ足を引き、大きく上体を逸らす。
反動は使わず、痛みを感じるギリギリまで股関節を伸ばしていく。
これを左右でこなしたら、お次はストレッチポールを使った柔軟だ。
一メートルほどの円柱形のポールを横にし、その上に背中を載せる。
胸を大きくそらし、背骨を伸ばす。
力みを捨て、リラックスしていくと、身体もよく伸びるようになっていく。
使用ボードに使用時間を記入したらベンチプレス開始である。
とは言え、マックスアップに到達するまでには助走が必要だ。
まずはベンチに背中を預け、ポジショニング。
ウェイトをつけていない20キロのシャフトバーを使って準備運動を始める。
フォームを確認しながら、自身のコンディションを確かめていく。
痛みを伴う部位はないか、力んだときに頭痛や吐き気はないか。
10レップ20レップとシャフトバーを反復させ、異常がないことを確認したら、いよいよウェイトをつけていく。
まずは両サイドに20キロのウェイトを二枚ずつ。
シャフトバーの重さも加味した100キログラムからスタート。
手首を保護するためのリストバンドを装着。
最大限ブリッジをし、胸を高く反らせ、尻を浮かせる。
接地点が足の踵と両肩のみになった状態でラックアウトする。
握りは人差し指の付け根と、肉が分厚い小指側の小指球でバーを包むように。
手首は寝かせるように心がけ、寝かせた手首にテンションがかかるようにリストバンドの巻き方も工夫している。
ラックアウトした直後のバーベルは自分の目線の真上にある。
それをやや下方、胸の真上にまで移動させ、浮かせていた尻を接地させる。
ここまででようやく準備が整った。いよいよバーベルをダウンさせていく。
個人差はあると思うが、私はバーベルを下ろす直前、息を止めると非常に高いパフォーマンスを発揮するタイプだ。
大きく息を吸い込み、胸の直上から肋の縁に向かって斜めにおろしていく。
肘は広がりすぎず狭くなりすぎず、動かしやすい最善のポジションに任せる。
シャフトバーが胸についた瞬間、ぐっとバーを一瞬静止させ、爆発的に息を吐きながら持ち上げる。この持ち上げ方は『ストップ&ゴー』と呼ばれ、競技用の持ち上げ方だ。これを最低10レップ行う。問題はない100キロまでなら。
お次は5キロのウェイトを左右に追加。合計110キロだ。
ここからは肘を保護するサポーター、そして体幹を守るパワーベルトを着用する。
仰向けにした身体を滑り込ませるようにベンチインし、ラックにかかったバーベルシャフトを真上に見上げる。
背骨の内側に肩甲骨をしっかりと寄せ、シャフトバーの81センチラインを両の中指にかかるように握り込む。首を軽く振って違和感がないことを確認してブリッジ。踵と肩を接地点にアーチを作り、ラックアウト。
普通は1,25キロや2.5キロ刻みでウェイトを増やしていくものだが、最終目標がさらに上なので120までは10キロ刻みだ。
乳腺の上から肋の縁の間に落とし込むようにシャフトバーを下ろしていく。100キロのときのようにストップアンドゴーをしている余裕はない。ここはノンストップで一気に行く。
1,2、3、4、5、6、7…………!
7レップ。調子がいい。
ラックにバーベルを戻し起き上がる。
うっ血寸前まで締め上げていたリストバンドを緩める。
パワーベルトも外して呼吸を整える。
インターバルを挟んでいよいよ次の領域だ。
左右に20キロのウェイトを4つ。
さらに左右に5キロのウェイトを4つ。
見た目も厳つくなったこれこそが120キロである。
まだまだ中級者レベルとはいえ、この重量を首に落としたら、割りとリアルな死が待っている。安全対策としてセーフティーラックを左右に展開しているが、改めて位置の確認をする。
リストバンド、サポーター、パワーベルト。
ベンチインからポジショニング、広背筋を引き絞り、大きくブリッジ。
手首を寝かせ、握りは斜め握り。
大きく息を吸い込み、ラックアウト。
この時点ではそれほど重量は感じない。
ラックアウトできる重量は腕を伸ばした状態ではそれほど負担は感じないものだ。
問題はここから。
胸の位置までバーベルを平行移動させ、息を吐き、改めて思い切り吸い込み――――止める。
乳腺と肋の間のラインにまで落とし込み、上げる。
「ぐッ!」
止めていた息が、持ち上げた瞬間潰れながら吐き出された。
肺に残った古い息が邪魔だと言わんばかりに思い切り吐き出し、再び吸い込む。
「ふッ!」
2レップ目を持ち上げ、ラックイン。
「…………よし!」
決定である。
私はたった今挑戦権を得た。
マックスアップへと至る挑戦権だ。
120キロで2レップが無理で、1レップしかできないようなら今日はここまでである。アルピニストが待望の頂上を前にして、少しでも不安があるのなら潔く引き返す気分に似ている。
しかも余力がある。3レップ目をしなかったのはわざとだ。
今日こそ中途半端な125キロという自己記録を破ってやる。
そして次は自己タイになる125キロを1レップこなし、改めて気合を入れる。
20キロのウェイトが4つ。5キロが6つ。合計130キロ。
鏡に写った己を見る。
胸がパンパンに張り、腕も痺れてきている。
恐らく次で最後だ。
たった1レップ。
されど1レップ。
一度だけ、持ち上がってくれればいい。
私の前身は空手である。
大きく吸気し、身体全体、特に指先の末端にまで力を入れて呼気。
肺の中の全てをゆっくりと吐き出し続けていく。
これは気血を送り、身体に力を漲らせる方法である。
ズクンズクンと指先の毛細血管が切れた感じが伝わる。
胸の真ん中が熱く激しく爆発を繰り返している。
――――往く。
ベンチイン。
ポジショニング。
ブリッジ。
ラックアウト。
流石にこの重量はラックアウトだけでもクるものがある。
落としたら一巻の終わり死神の鎌。
されど持ち上げたら、金太郎のまさかりよりも栄誉なはず。
吐く。
吸う。
今。
「くッ――――く!」
上がりきらない。
乳腺と肋の間に触れた瞬間、即座に押し出したが、腕を完全に伸ばしきることができない。肘が微妙に曲がったままの、後数センチのところで停止してしまう。かと言って潰れるほどではまだない。この状態を保持するのは地獄の苦しみだ。
ベンチプレスのマックスアップは、補助を他者に頼むことが普通だ。
それは今正に私が体験しているこの瞬間のためである。この数センチを持ち上げるための力とは、他者からすれば、指を持ち上げる程度の力しか必要としないのだ。
だがマックスアップの高重量ではその指一本分を持ち上げる力すら枯渇する。
無酸素状態に置かれ、意識を朦朧とさせながら、その僅かな力を体中のどこからかひねり出してこなければならない。
決して神頼みでは到達できない。
節制とローディングの繰り返しによって蓄積されたエネルギーは、この瞬間のためにこそ発揮されるものなのだ――――
「はっ、あっ、…………はあ、はあ、はあ…………!!」
かなり不格好なラックインになったが、上げきることができた。
フリーベンチプレスのマックスアップ、130キロ1レップ達成である。
毛細血管が切れたか、目の中がチカチカする。
大胸筋が張り詰め、痙攣気味に蠕動している。
肩関節にも痛みがある。
これはキチンとケアしないと残る類の痛みだとわかった。
起き上がり、ベルトもリストもサポーターも取り、鏡に写った自分を見る。
真っ赤顔と充血した目。ひどい顔だ。
だが笑うものは誰もいない。
トレーニーであればあるほど、私が今手に入れた栄誉の意味を知っているからだ。
130キロ。
まだまだ中級者レベルである。
だが松本人志とカズレーザーには並んだと言える。
この上にはラグビー日本代表、五郎丸歩レベルの140キロが。
さらに上には、柔道日本代表の篠原信一レベルの150キロが待っている。
そこを超えるためにはもっともっと身体を大きく、分厚くしていく必要があるだろう。
だが今だけは勝利の味を噛みしめる。
昨日の自分に打ち勝ったという誇りを胸に、今夜はささやかな祝いの席を設けようと思う次第である。
*
体中に心地よい疲労感を感じながらやってきたのはデニーズである。
頼むのはもちろん肉だ。
サーロインステーキ240グラム、2590円塩分1.9グラムである。
注文が運ばれてくる間、プロテイン+BCAA入りを飲んでおくのを忘れない。
「お待たせしましたー、サーロインステーキとサラダです。鉄板お熱くなっていますのでお気をつけください」
ジュウウウっと脂の跳ねる音も心地良い。
鉄板からはみ出るほどの一枚肉を独り占めにする贅沢。
一週間以上も動物脂肪を控えていたので我慢も限界に達していた。
小脇にあるソースが入った深皿。
ココット料理にでも使いそうだが、それよりは小さい。
正式名称はキャスロールジュエと言うらしいがまあとにかく。
中のソースをダバーっと肉全体にかける。
鉄板が焼ける音が激しくなる。
立ち込める香りは醤油ガーリック。
たまらない。たまらない芳香だ。
「いただきます」
脂身なんて気にしない。
お口に入り切らないギリギリがいいの。
分厚く大きくカットしたステーキ肉にかぶりつく。
脂の旨味が最初に。
次いで鼻孔に抜けるジューシーな肉の香り。
赤身肉独特の歯ごたえと柔らかさが最後。
ろくに噛みもせずに飲み込んでしまう。
いかん。もったいないことを。
二口目はじっくり味わい、口の中でスープになるまで咀嚼する。
ああ、肉の脂がアミノ酸が、アミラーゼと手を繋ぎ踊っている。
そういえばサラダ。
最初に胃袋の底に沈めることで血糖値の上昇を抑制するのだが忘れてた。
いい。いい。
むしろ上げたい血糖値。
今日だけ天元突破しちゃえ。
俺を誰だと思ってやがる。
「あちぃ」
上着の下からTシャツ一枚隔てた筋肉が現れる。
バルクアップし、嬉しそうに痙攣している。
このステーキも糧にしてさらにさらに育っておくれ。
「ごちそうさまでした」
堪能した。
満足した。
食事以上の何かが満たされた。
リカバリー用のプロテインにHMB、ビタミン・ミネラル・カルシウムタブレットをごっくんしたら、さあ小説を書かねば。
今日のこの状態なら、後でデザートの甘味を頼むのも悪くない。
本来なら休息をとって筋肉を休ませることで超回復が促され、筋肉が発達するのだが、おちおち睡眠を取っていては小説など書けないのだ。
もともとは小説を書くための体力づくりとして始めたジム通いが、いつの間にか中級者レベルにまでなってしまった。
どこまで行けるかわからないが、死ぬまでに200キロを目指そう。
そして小説を書こう。
死ぬ直前まで書いていよう。
そう思う。
「おまたせしましたー、ご注文をどうぞー」
「フレッシュ桃のザ・サンデー(429キロカロリー・食塩0.2グラム)ください」
ごっつぁんです。
ご愛読ありがとうございます。