序:2 こんにちは、異世界
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光が収まると、コビトたちが立っていたのは見たことのない部屋だった。
広さは教室1つ分ほどで、レンガ型のブロック岩で建てられているようだ。コビトらの足元ではその岩を削ったらしい先ほど見た模様が床で僅かな光を発している。
「ようこそいらっしゃいました勇者様……方」
突如聞こえた女性の声にコビトたちが振り返ると鎧姿の兵士を4人侍らせたドレス姿の少女が1人。
兵士たちは全員男なので、発言したのは少女のようだ。
勇者様の後に不自然な間があったことから考えると、4人も召喚されたのは少女にとっても予想外だったのだろう。
「勇者……ね」
コビトたちは顔を見合わせ、お互いの安否を確認すると同時に会話らしい会話もなく阿吽の呼吸で意思の疎通を図る。
「俺たちが勇者? 普通の高校生だぜ?」
「そうだそうだ」
「そうよそうよ」
代表してコビトが会話を試みるが、ミハとリキが同調してよくわからないシュプレヒコールを上げている。
コビトの背後にいた2人には見えないようだが、正面にいる少女はコビトの額に青筋が浮かぶのを目にして内心で緊張する。
彼が怒りを向けているのは自分たちなのか、それとも後ろで緊張感のないシュプレヒコールを上げている2人に対してなのか。前者であるならば対応は想定以上に慎重を期す必要が出てくる。
「ここはどこだ? お前らは何者だ?」
「そうだどこだ」
「そうよ誰なのよ」
「ここは――「それだけじゃない、俺たちが勇者だって言うなら何かやらせるつもりなんじゃないのか? いったい何が目的だって言うんだ」
「なにやらせるつもりだ」
「何が目的なのよ」
「はい、目的も――「たかだか4人にできることなんて限られてる。しかも俺たちはズブの素人だぞ。俺たちじゃなくて、あんたの後ろにいる4人か専門家でも呼んだ方がいいんじゃないのか?」
「そうだぞ、素人だ」
「プロに任せるべきよ」
ミハとリキの2人がシュプレヒコールを上げる度にコビトの頬がひくつく。
期待していた通りのことができない2人に対する怒りが積み重なるものの、もともと静観しているユウにしかほとんど期待していなかったことを思い出し、何とか怒鳴りつけるのを我慢している状態だ。
「まぁまぁ、コビト落ち着きなよ。この人たちが何かしたわけじゃないかもしれないじゃないか」
「そうだ、コビト落ち着け」
「落ち着きなさいよコビト」
あまりにも掌返しでユウに追随する2人にコビトは思わず呆れた顔を浮かべてしまった。が、なんとか取り繕ってユウの方へ視線を向けた。
「おいおいユウ。こいつらは、どう考えてもこの普通じゃない状況で俺たちを待ち受けてたんだぜ? どう考えたってこいつらが俺たちに何かした張本人に決まってるじゃねえか。あと、ミハとリキは黙れ」
「はい」
「お、おう」
「コビトも落ち着きなよ。さっきから説明しようとしているのに、君が矢継ぎ早に叫ぶから彼女も説明できないんだから」
「っち」
「すいませんね。ただ、彼も突然わけのわからないことが起きて混乱しているのでどうか許してください。僕の名前は馬原 勇士、僕らは学校の帰り道に普段よく通る道を歩いていたはずなんです。ここはどこで、どうして僕らはここにいるのでしょうか?」
コビトの言葉を封じたユウがドレス姿の少女に問いかける。美男が場を整えて落ち着いた様子で問いかける様は、まるで一枚の絵画――とは言わぬまでも、ドラマのワンシーンぐらいには見えるだろう。
「私はエリアリア・クオル・サルフェンド、サルフェンド王国の第一王女です。あなた方は、我がサルフェンド王国が古の秘術にて召喚した勇者様です。勇者と言えど人の子、こちらが突然この世界に呼びだしたのですから気を取り乱すのも無理からぬこと、気にしておりません」
本物のお姫様だとわかり、半ば予想できていたコビトたちは大して驚いていない。
――お姫様か、すごいね表情取り繕うのが上手いけど、微妙にこめかみが震えてるぞ?
王族の発言を途中で遮るなど、不敬として最たるものの1つだろう。心なしか、ユウに向けた後にコビトへ向けたお姫様の顔は、微笑んでるのに目が笑ってないように見える。
「召喚……ですか?」
「はい。先ほどそちらの勇者様が仰った通り、我が国――いえ、この世界はある問題を抱えております。そして、それは我々の力ではどうしても解決できないのです」
「だから関係のない俺たちを誘拐して、無理矢理解決させようってのか?」
「コビト!」
ユウが非難するように声を上げるが、コビトはそれを手で制した。
「コビトさんと仰いましたか?」
「自己紹介がまだだったな。井立 狐人だ。好きに呼ぶと言い」
「では、コヒト様。召喚が誘拐と取られるのも無理有りません。あなた方の了承もなく無理やりこの世界に連れてきたのは事実です」
まさか認めるとは思ってもみなかったコビトは目を丸くした。
コビトとしては、自分が悪者になることで、悪者を制することができ、なおかつ話のできるユウと良い関係を築くと言う形に持っていくつもりだったが、エリアリアの反応を見て予定を変えることを瞬時に決断した。
「ですが、我が国だけでも100万の民を……この世界にいる1000万を超える民を救うためには、人非人の誹りを受けようとも、解決できるこの手段に頼る他ないのです」
「なるほど、罪は自覚していると……」
「はい」
「……お姫様、仮にその問題を解決したとしたら、僕らは帰れるのですか?」
「…………」
「無理……ってか?」
「はい」
――帰れない……ね。
コビトは確信こそ持っていなかったものの、予想していただけに驚くことはなかった。
他の3人はどうだろうかと、自責の念に駆られている様子で俯くエリアリアの隙をついて3人の様子を盗み見る。
ユウも驚いた様子はない。コビトと同じように予想していたのだろう。
問題は他の2人だった。
話を聞いていないのか、明後日の方向を見ながら欠伸をしているミハと人前だと言うのにまったく気にした様子もなく鼻をほじっているリキの姿がそこにある。
コビトは呆れた様子で嘆息した。
「はぁ……まぁいい。帰れないってんなら仕方ない」
「よ、よろしいのですか!?」
「良い訳ねぇだろボケ!」
「ぼ!?」
唐突に口汚く罵り、怒鳴りつけられたエリアリアは絶句する。
一国の姫君だ。コビトからそうされたように、怒鳴られたりしたことなどないのだろう。
怒鳴られるようなことがあったとして、コビトが言ったようにボケなどと罵られたことはないに違いない。
「帰れないのにそのことを責めてなんか意味があんのか? お前を詰れば元の世界に帰れるってんならいくらでも詰ってやるよ」
「――っ」
何かを言いかけるが、反論できないんだろう。エリアリアは悔しそうな表情で開きかけた口を閉じた。
「意味がないことをして時間やお互いの好感度を無駄に消費するのは無駄なことこの上ない。だったら、こっちが最大限譲歩して話を先に進めるしかないよな?」
「……寛大な……お言葉に、感謝します」
悔しさを噛みしめるようにぽつぽつと答えたエリアリアを見て、コビトはほぅと小さく感心の声を漏らした。
エリアリアはお姫様だと言うのに素直で、人として普通の価値観を持っている。
自分たちの勝手でコビトたちを召喚したのは悪いことだと考えており、それでもどうすることもできないから召喚した。だからこそ、罪の意識に苛まれている。
そのことが分かりこれは当たりだろうと口元をゆがませる。
「さて、分かってもらえたなら話を進めようか? 補償はどうなるんだ? ついでに頼みごとをするんだ、報酬だって必要だろ?」
「そこについては、申し訳ありませんが再検討が必要となりましたので説明出来かねます」
「……人数か? 変わることが前提なのはわかったから、もともとどうするつもりだったのか聞かせてくれ」
「では……勇者様は1人だと想定しておりましたので、男性であれば私が、女性であれば兄が身を捧げ、我が国と同盟国から当王家で歳費に相当する経費を毎月支給する用意をしていました」
王族が身を捧げた上に、王族が使う金よりはるかに多くの金が使える。一般人だったのに、かなりの贅沢ができるとなればそれなり以上の償いと言えるだろう。
コビトたちからしてみれば、この世界にどんな娯楽があるか知らず、今いる部屋やエリアリアの服装などから察せられる文明のレベルは高くないように見えることもあって、どれだけの金を与えられたところで、よくても日本での生活レベルと同等か少しマシぐらいにしかならないと思えただろう。
しかし、コビトはそれが自分たちの都合であり、エリアリアたちがどれだけ本気なのかを計るバロメーターとして、そこは考慮すべきではないということは理解している。
「なるほどな……そっちの本気加減はわかった。それじゃあ、ここからが、一番重要な話だ」
「この世界が抱える問題……ですね?」
「そうだ」
「そうですね……このまま説明しても良いのですが、よろしければ場所を移しませんか?」
「……なぜだ?」
「ここではできない説明もあるからです」
本当か嘘か。
エリアリアの今までの態度を見る限り、罠と言う可能性は薄い。しかし、ゼロとは言い切れない。
コビトがチラリと視線を向ければ、ユウは肯いている。
ミハとリキの方を確認しようかと考えて、即座にそれを否定した。
「いいだろう。場所を移そう」