序:1 嘘つきな少年
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「で、そこにミユミユがいたんだよ」
「はいはい、どうせそれも嘘なんだろ?」
「ちげぇって、マジだから」
いつもと変わらない放課後の教室。
窓の外からは、グラウンドで部活動に精を出す学生らの声が聞こえてくるが、教室に残っている彼らにそんなことは関係ない。
机を椅子代わりに腰掛け、4人が輪になって雑談に耽っている。
「ユウもそう思うよな?」
「コビトは嘘つきだからね」
「うぅ~ん、信じられないのは確かだね。でも、ありえない話じゃない」
「なんだよ、みんなそろって俺が信じられないのか?」
口々にコビトと呼ばれた少年が嘘をついていると言うが、コビトはいかにも心外だと言う風に嘆息して見せた。
コビトは、間違いなく本屋で美優と言う女性をその目で見たのだ。たしかに嘘はついていない。
「じゃあ……賭けるか?」
「ほ~ぅ。いいだろう」
「私は辞めておくよ」
「僕は……やろうかな?」
――っち、ミハは不参加か。
コビトは、内心でそう毒づきながらも決してそれを面に出さないが、気付かれぬようにミハと呼んだ少女の言葉に舌打ちした。
「当然俺は、これが真実だって言う方に賭ける」
「嘘だな。間違いない」
「僕は……本当にしておこうかな」
「え!? ユウったら正気?」
「いい決断をしたなユウ。さぁ、ヴィットリアに行こうか」
「げ!? 今回勝ち賭けなのか!? 聞いてねぇよ」
「聞かれなかったからな」
ヴィットリアとは、駅前の商店街に来るアイスの屋台だ。季節毎に様々な味が楽しめるアイスを500円均一で販売している。
普段からコビトらは、コビトの発言が真実か嘘かで賭けることが多いのだが、コビトがヴィットリアを賭けると発言した時は、勝利を確信している時だけなのだ。
今回はミハが欠場したために変則的な形になったが、普段は賭けるのは3人である。コビトがヴィクトリアを賭けると言った時は少なくとも2人が騙されているのだ。
ヴィットリアを景品にするのは、コビトにとって勝利宣言に等しいため、仲間内では勝ち賭けなどと呼ばれている。
「くっそ、最近勝ち続けてたから油断した」
4人で行動する際、不平や不満を多く口にする性質のリキとて、ここで賭けの景品は後付だから無効にしろなどとゴネることはない。
コビトの言うとおり、確認しなかったのが悪い。彼らの中では、それがルールである。
「よかったぁ、賭けないで」
「リキ、ごちそうさま」
「くっそ、まだだ。今日こそコビトの勝利宣言を覆してやる」
「無駄だよ。さ、証明に行こうか」
勝利を確信したコビトは、薄く笑みを浮かべて鞄を肩にかける。
コビトを先頭に4人は帰宅の途へとつくのだった。
「くっそ~、俺の野口さんが……」
「ごちそうさん」
「はは。リキ、ごちそうさま」
紙幣1枚分薄くなった財布を片手に肩を落とす相手を笑いながら口にするアイスのなんたる甘美なことか。
項垂れるリキを眺めながら、コビトは至福の時を過ごしている。
リキが項垂れていることから分かる通り、コビトたちは賭けに勝った。
本屋に行き、レジにいたミユミユ――安達美優(58)に名乗ってもらうだけの簡単な勝利だ。
リキは、アイドルのミユミユじゃないなどと文句を垂れたが、誰もアイドルのミユミユ――美優(17)がいた等とは言っていない。そうである以上、コビトは真実を口にしていたのだから賭けはコビトたちの勝ちである。
「この詐欺師め」
「はっはっは、なんとでも呼ぶがいい」
「まさか、久しぶりにこの手の手段で来るとはね~」
コビトに騙されることが多い面々なのだから注意していれば――ミユミユがアイドルではないことを確認するだけでこの賭けには必ず勝つことができた。
あまりにも簡単な心理的トラップであるが、常日頃から様々な嘘と真実を口にするコビトを相手にそんなことをするのは、難しい。
今回のように忘れた頃に気づかれぬようさりげなく使ったことがある方法も使ってくるのだ。
「ほんと、私も賭ければよかったかしら?」
「ミハ、俺のことを気遣ってくれるなんて……まさか、彼氏じゃなくて実は俺が好きだったのか?」
「あはは、寝言は寝てる時に言いなさいよ。私もアイスが食べたいだけよ。ユウ、一口ちょうだい」
そう言ってミハは、彼氏におねだりして半分近い量を奪っていた。
なんて強欲な女なんだろうか。
コビトはせっかく金を失うリスクを負ってまで手にしたアイスを奪われたユウを哀れなモノを見るかのような目をしている。
「でも、やっぱり最近負けて続けてたのはわざとだったんだね」
「おう。昨日でヴィットリアも夏メニューにリニューアルって話だったからな。ちょっと餌撒いといたんだよ」
「ほんと、コビトは気が回るよね」
「なんだそれ? 褒めてるのか?」
聞き返すような言葉であるが、コビトはユウが自分を褒めているのだろうとわかっていた。
賭けなどと言っているが、実際にはただの遊びだ。
コビトが努めて誰か1人が大勝ちするような状況を作らないようにしており、それをまさしくゲームのように楽しんでもいる。
一時的に500円や1000円ほどの損をすることがあっても、それまでの会話から賭けるものや賭ける内容を調整して全員の収支ができるだけ0に近づくようにする。そう言うゲームだ。
今回の結果を見れば、2人にアイスを奢ったため1000円を失ったリキがマイナス500円になり、不参加だったミハが500円の勝ちで、ユウとコビトがそれぞれトントンと言う形になっている。
あくまで遊びの延長であり、友情が壊れることはない。たかだか1つ500円程度のアイスを全員に奢ったところで揺らぐほど彼らの友情は軟なものではないのだ。
そのため、そこまで気を揉んで調整するようなマネはしなくてもいいのだが、コビトは進んでそうしている。だからこそユウはコビトに気が回るなどと言ったのだろう。
コビトは3人の顔を見回して、改めて考える。
もともと家が隣り合っている上に母親同士が親友と言うこともあって、良好な幼馴染の関係を続けてきたミハ――雀部 美羽。
中学入学時に強面でガタイもいいので周囲から恐れられていたが、マンガの話題で意気投合したリキ――獅子倉 力也。
リキの幼馴染だったことから付き合いが始まった優男風のイケメンなユウ――馬原 勇士。
中学3年間を同じクラスで過ごし、高校でも半年の付き合いがあるユウは、高校入学を機にミハと交際を始めた。しかし、彼ら4人の付き合いには何の影響もない。
中学3年の時点でいい雰囲気になりつつあったため、クリスマスなどのイベントで2人きりにするぐらいの分別は持っていたが、放課後や土日などのほとんどを4人は一緒に過ごしている。
美形男子のユウはライバルも多く、陰でミハに意地悪しようとした女子もいたが、リキとコビトの2人がミハへの危害が及ぶ前に問題を解決するなどの活躍をしたこともある。
昔のことを思い出し、思わずコビトは苦笑いした。
「ん?」
「リキ、どうした? ん?」
「あれ?」
「へ?」
最初に気が付いたのは、賭けに負け薄くなった財布を片手に項垂れていたリキだった。
そんなリキの声にコビトたち3人もその異常事態に気が付く。
光っていた。
商店街を抜けた住宅街の一角、アスファルトで舗装された道が光り輝いている。
「アスファルトって発光成分含まれてたっけ?」
「ないだろ」
ミハの馬鹿な発言にコビトがツッコみを入れるが、それほどにおかしな状況だった。
「何か模様みたいだね」
「そうだな」
光っていると言っても道全体が光っているのではなく、ユウを中心にして大きさが違う円をいくつも並べ、円同士の間に幾何学的な模様を並べたように光っている。
「これはあれかな?」
「あれっぽいな」
「召喚ってやつですか……」
そんな馬鹿なことが、そう続けようとした瞬間コビトたちは光に飲み込まれた。