偽造ASA
なかなか上手くいかないな、と僕は一人で思っていた。
僕はゲームセンターで遊んでおり、流行りの音楽ゲームをプレイしていた。
しかし、何度プレイしても僕のスコアはランキングの下位にしか載らない。
下手なつもりはないのだが、上位層のランキングを独占している人物と比べると、
圧倒的に力不足らしい。
そして、その音楽ゲーム自体もそこまで好きというわけではないのだ。
なのに何故、その音楽ゲームをプレイしているのかといえば、
それは不純な動機かもしれない。
音楽ゲームを中断し、適当な席を見つけてぼんやりしていると、
一人の女性が僕のプレイしていた音楽ゲームに向かっていった。
年齢は二十台前半に見える。短く切った黒髪に、白い肌。ラフな格好。
とんでもない美人なのだ。そして、僕は彼女を見たことが何度もある。
彼女がゲームを操作しプレイし始めると、
まるで別次元の人間のような手さばきで高得点を叩き出していく。
周囲の人々も少し驚いた様子で彼女を見ている。
ゲームのプレイはあっという間に終わり、スコアはランキング上位入り。
しかし、彼女はまるで「こんなものか」といったような表情でその場を立ち去ろうとした。
その時、僕と彼女の目が合った。
僕は慌てて目を逸らして、携帯を操作するフリをする。
しかし、彼女は僕の方へとまっすぐ歩いてきた。
僕の目の前で立ち止まり、彼女は言う。
「失礼?」
僕は緊張していた。ずっと見ていたのがバレたのだろうか。
強張った声で僕は答える。
「なんでしょう?」
「私をずっと見ていましたか?」彼女は言った。
どうしよう。実際ずっと見ていたが、正直に話しづらい。
僕は適当に取り繕って答える。
「あまりに凄いプレイでしたので、つい」
「この前も、その前も、そういった理由で見学なさっていたのね?」
彼女は笑顔で言った。
僕は焦った。前から見ていたことも全部バレている。
少し考えながら話す。
「ランキングの下位には入れるものの、上位には入れないものですから」
彼女はそれを聞き、微笑んだまま話す。
「上位を独占してすみませんね、ASAさん」
ASAとは僕のランキングへの登録名のことだ。
彼女が知っていたことに驚きつつ、会話を続ける。
「いえ、MIAさんの実力には驚くばかりです」
MIAは彼女の登録名である。
それから、僕たちはゲームセンターで会うたび少し話をするようになった。
日常のこと。仕事のこと。趣味のこと。色々なことをMIAさんと話した。
ゲームでは相変わらずMIAさんに勝てなかったが、
MIAさんと話せるだけで僕は幸せだった。
不思議にもMIAさんとは趣味が合い、話が弾むこともよくあった。
彼女が少し抑え気味に笑うのを見るたび、僕も自然と笑みがこぼれた。
そして8月の中旬、進展があったのである。
僕はMIAさんに連絡先を聞きたいと思っていた。
ズバッと聞ける人物なら聞けるのかもしれないが、
僕はなかなかそういう話を切り出すことが出来なかった。
そんな僕も腹を括り、玉砕覚悟で彼女に訊ねてみた。
「よろしければ連絡先を教えていただけませんか?」
「え?あ……」
一瞬の間。
彼女は少し戸惑った様子でしばらく黙っていた。
戸惑った表情のまま彼女が言う。
「そうですね……」
やはり駄目だったのだろうか。
もう少し時間を置くべきだったか……。
と、僕が思っていると彼女が言った。
「月末までに私のゲームランキングのハイスコアより高いスコアを出せたらいいですよ」
あまりにも意外な回答だった。
そしてそれは、あまりにも高い壁だった。
僕は慌てつつも答える。
「本当ですね?」
「ええ」
その日から僕の猛特訓が始まった。
時間のある時にゲームセンターに行き、ひたすら練習をした。
しかしランキング上位に並ぶのはずっと「MIA」の文字。
「ASA」の文字は下位ランクのままだった。
月末までもう時間もあまりなかった。
ひたすら練習をし、挫折する僕。
スコアを伸ばせないまま日々が過ぎていく。
そして、8月の最後の日までMIAさんを抜かすことが出来ないまま、
9月となった。
9月の初めの日、僕がゲームセンターに行くとMIAさんが椅子に座っていた。
僕は彼女の方へ行き、挨拶をした。
「MIAさん、僕だめでした」
笑いながら話す僕。本当は笑いたくなんてないのだけれど。
そんな僕に彼女が言った。
「ASAさん、何がだめだったのですか?」
僕は答える。
「MIAさんのハイスコアを抜かすことが出来ませんでしたからね」
彼女は笑顔を作り、こう言った。
「ご冗談を、完敗した気分ですよ」
「え?」
彼女は立ち上がり音楽ゲームの方へ向かった。
ランキングの画面を示して見せ、そして言った。
「一位:ASA……もう、私のアイデンティティの一つが壊された気分ですよ」
僕は驚いていた。確かに「一位:ASA」と表示されている。
昨日までMIAさんが一位だったはずなのに。
そもそも僕は一位になった覚えはない。
「えっと……あの」
しどろもどろの僕を遮るように彼女は紙を手渡してきた。
「はい、私の連絡先です。今日はもう帰らないといけないので、これで」
そう言って、彼女は去っていく。
僕は状況が理解出来ないまま立ち尽くしていた。
渡された紙を見る。
彼女の連絡先と思われるものがそこには記載されていた。
一体どういうことなのだろうか。
連絡先を入手できたのは嬉しかったが、その前にこの奇妙な現象に混乱していた。
僕はわからなかった。
9月の初めの日のゲームセンターの開店時間、一人の女がゲームセンターに入っていった。
その女は音楽ゲームの前で立ち止まり、深呼吸をして、ゲームに取りかかった。
鋭い手さばきでゲームをプレイし、あっという間に伸びていくスコア。
ゲームが終了すると、ランキング一位を告げる音楽が鳴り響く。
そして名前を入力してくださいと表示された画面に、女は頬を赤らめ「ASA」と入力した。
いつもはMIAと入力している。
「私、馬鹿か」
女は呆れたように呟いた。