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デモの時間

「空腹は最大の敵なり」

 

 パピコはそう豪語し、家の中でデモ行進をしていた。

 とはいえワンルームなので、腹を空かせたライオンのように、筋トレに励むサリーの周りをぐるぐる回っているだけだ。

 筋肉生活を一か月も続けているサリーは、気を散らさない精神力を身につけたようだ。


 それでもパピコはくじけることなく、バッハのように抑揚をつけずに淡々とデモを続ける。


「筋トレはんたーい」


 不協和音生活のおかげでパピコの生理周期は乱れまくっていた。

 同棲する上では見過ごせない、深刻な問題だ。


 ジュリエットから魔法の言葉をかけられて以来、パピコは全身鏡の前を通るたび自分の体型を横目でチェックをしてしまう。


 そういえば少しお腹がへこんできたような気がする。お尻も一回り小さくなったんじゃなかろうか。


「筋トレはんたーい♪」


 パピコは自分の顔を見てハッとした。顔色が明るく、そのだらしなく垂れさがった目尻と半開きの口元には、体型の変化に喜びが隠しきれていない。まるでうすら馬鹿だ。

 その口から出てくる台詞の語尾が、跳ね上がってしまったことに羞恥心を抱く。

 このままじゃまずい。腹筋バカをチラ見する。

 デモ中に威厳がなくなったら終わりだ。筋肉バカに舐められるわけにはいかない。


 そう思っていながら、ほとばしる欲望を止められなかった。

 パピコは、サリーにプレゼントされたもののサイズが入らずにタンスに封印していた花柄のワンピースを着てみることにした。

 熱い湯船につかるように、慎重に足を入れていく。

 太ももよし! 腰回りよし! バストよし! 腕回り・・・ぎりぎりセーフ!


 背中のチャックは、上まで上がらなかった。何度も試みたが、その後もチャックが上まで上がることはなかった。


 もはやここまでか。

 パピコが諦めかけた瞬間、びりっと音がした。

 コンクールで歌詞が飛んだときを思い出す。あの時と同じように、頭の中が真っ白になった。

 こういうとき、取り返しがつかないことはパピコ自身よくわかっていた。最優秀賞を狙っていたパピコにとって、入賞すら届かなかったあのコンクールは、黒歴史であり、結果的にデブへの入り口になった。

 あのコンクールで名前が呼ばれなかった瞬間、デブへの扉にひきずりこまれ、炭水化物メロディーが流れる世界に入り込んだのだった。


 パピコが膝から崩れ落ちる。気づいたサリーが抱きしめ、そのままお姫様だっこの体勢に入る。


「まだだめか」


 サリーもパピコの隣でうなだれる。


「サリーだったら」


 ぼそぼそパピコが何が言っている。


「え?」


「サリーだったら着られるかも」


「はい?」


 パピコは呆然とするサリーにワンピースを着せてみた。


「ぶかぶかかも」


「そうみたいね」


 真っ直ぐな足、足の向こう側の景色、締まりのいいウエスト、その全てが美しく、パピコは涙が止まらなかった。

 少しホルモンバランスが乱れているのかもしれない。

 昨日から生理が始まっている。


「そんなにじろじろ見んなって」


 サリーはもじもじし始めた。気持ち悪いはずなのに、恥じらう姿がパピコには奥ゆかしく見えた。


「こんな体でデモ行進までしてごめんなさい」


 パピコの涙ながらの謝罪に、サリーはうろたえた。


「俺の方こそ、お前をおざなりにしてごめん」


 二人は仲直りの印に、外食をすることにした。


「着替えてね」


「ああ、分かってる」


 二人の間には、美しいワルツが流れていた。

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