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食前79円、食後110円の時間

 尿検査の結果が出るまでの間、職務質問を受けた。

 パピコが学生だということが分かると、保護者を呼ぶように言われた。


「保護者は県外にいます」


「他に身寄りはないの?」


 パピコはスマホを開く。アタルからの着信が、ずらっと入っている。思わず目眩を警官に訴える。


 その時、アタルから何十回目かの電話が入った。マナーモードにしていたが、警官には気づかれた。


 パピコがしぶしぶ応答ボタンをスライドさせる。怒号が飛んでくることを予測し、耳を離して電話に出たが、パピコの予測に反して、アタルの声は沈んでいる。


「補導されちゃった」


「すぐ迎えに行く」


 たったそれだけの会話は、時間がたつと乾いていった。


 アタルは本当にすぐに迎えに来てくれた。

 警官からの口頭注意にも腰を何度も90度に折り曲げて謝罪し、お正月気分の警官から、


「君、好青年の彼氏を捕まえたね」


 と言われた。


 二人きりになると、パピコはアタルに、静かに、ギュッと抱き締められた。


「冷たい。ずっと探しててくれたの?」


 アタルの体が小刻みに震えているのが分かり、この人に心配かけちゃダメだ、とパピコは肝に命じる。


「ごめんね、アタル」


 バイバイ、サリー。


 アタルは、帰ってからも、子猫のようにパピコの体で暖をとり、パピコの太ももに頭をゆさゆさ揺らし、耳掻きをねだってきた。


 パピコが腕枕をすると、すとんと眠りについた。


 寝顔を見ていると、体温とはちがう、温もりを感じた。

 幸せ。

 パピコの頭には、パッヘルベルのカノンが流れてきて、目を閉じた。


 美しいフルートの音色で目覚める。今までは、叩き起こされていただけに、快適な目覚めで、思わずパピコは英語で挨拶をする。



「グッモーニン」


 アタルはフルートを口にくわえながらも、流し目でパピコを見つめる。テーブルを見ると、大量のサラダがどっさり皿に載っていた。


「ニューメニュー?」


「ヤー」


 英会話で朝を飾る。

 アタルがだんだん炭水化物メロディーの世界に近づいてきていることに、パピコは喜びを感じた。


 アタルは口からフルートを離す。


「考え方を変えたんだ。プラス思考にね」


「なんかアタル、話し方まで変わったみたい」


 パピコはクスッと笑う。


「は?」


「ごめんごめん、どうぞどうぞ」


「食事の量を減らすことばっか考えてたけど、むしろ増やして痩せようじゃないかと思ってさ」


「え? 食べればその分太るんじゃないの?」


「食べる前に、大量のサラダを食べて血糖値を下げておいて、食後はコーヒーで下げたら、痩せるっしょ」


 そんな上手いこといくかっつーの。

 内心毒づくパピコだったが、減らされるよりマシだと、黙ってサラダに手をつけた。


「今日はランニングを休んで、初詣に行く?」


「うん♡」


 アタルの粋な提案に、パピコの声が弾む。

 このラブラブな恋人らしいお誘い、待ってました♡


「何お願いしたの?」


 お参りをした後、アタルが聞いてきた。


「ナイショ♡ アタルは?」


「お前が痩せますように」


 アタルはニヤニヤしながらそう言った。

 パピコは猿のようにキーキー言いながらアタルの顔を引っ掻いた。


「目指せ、中肉中背女子!」


 アタルがパピコの髪をグシャグシャにしながら言う。


「バカッ目指せモデル体型に決まってるでしょ?」


 髪のほつれを直しながら、パピコも乗っかる。


「言ったな?」


 アタルが意地悪く微笑む。


「よし! じゃあもし有言実行できたら、結婚しよう」


 神様、ありがとうございます。


「何でお辞儀してんの?」


 歩いていた途中で振り返ってお辞儀をするパピコに、アタルが聞いた。


「何でもない」


 痩せてアタルと結婚できますように。

 パピコが神様にしたお願い事だ。

 神様が後押ししてくれてるなら、パピコは頑張れる気がした。


「で、返事は?」


「受けてたつわ。私には大物がバックについてるし」


「俺?」


「俺ではない。図々しい人ね」


「じゃあ、誰だよ」


 苛立ちを見せながらアタルが言うので、ヒントをあげた。


「老人ホームの音楽ボランティア用の歌詞に、出てくるよ」


 頭を捻るアタルが可愛くて、アホみたいでパピコは正体を明かすのをいつまでも焦らすのだった。

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