歯医者に行きたい!!の時間
顎のラインがスッキリし、体が一回り小さくなったと、パピコは大学で会う人皆に同じ台詞を言われた。
熱でダウンしていた一週間、パピコはろくなものが食べられなかった。
炭水化物なんてもってのほかで、パンや米を見るだけでも吐き気がした。不協和音が鳴り続け、自分が自分らしくいられなかったが、昨日から大学にも行けるようになり、ようやく炭水化物メロディーが流れるか、と思いきや。
「元の食生活に戻すつもりじゃないだろうな? お前」
大学の食堂で、うきうきしながら久しぶりにカツ丼を注文していると、アタルが横から咎めてきた。
「私の勝手でしょう?」
「これ以上お前の醜態をさらすわけにはいかん。せっかく少しは見れる体型になったっていうのに。この俺が全力で食い止める」
可愛いよ。いつもそう言って、パピコのタックルを受け止めてくれたサリー。パピコをお姫様だっこしようと、がむしゃらに筋トレをつんでくれたサリー。
いなくなったと思っていたのに、こういうとき、パピコの心の中にひょっこり顔を覗かせる。
「なによそれ、あんた何になりきってるわけ?」
サリーと付き合っていた頃は、上品な言葉遣いをしていたはず。
パピコはアタルと出会ってから、大事にしていたものまで失われた気がした。
パピコが隣で文句を言ってくるアタルを無視して、カツ丼を食べようとしたとき、奥歯がズキッと痛んだ気がした。
親知らずが虫歯になったんだ。
パピコはすぐに思い当たった。
親知らずが生えたことは、半年前の定期検診で、歯科医から言われていた。
「抜きますか?」
「虫歯ができたら抜きます」
そういう会話をして、親知らず抜歯の恐怖から逃れたのをパピコは思い出した。
その話をアタルにすると、
「お前、まさか抜く気じゃないだろうな?」
と言われた。
「抜くわよ。これじゃ食べられないもん」
パピコが、さっそく携帯電話で歯医者の予約をしようとすると、アタルが、取り上げた。
「なに考えてるんだ、この痩せるチャンスに」
まさかの歯医者禁止令が下り、パピコはせっかく体調が回復したというのに、歯の痛みと、食べたいのに食べられないもどかしさに襲われながら、生活するはめになった。
そんな生活が、長くもつはずがなかった。
あまりの空腹と歯の痛みに、授業中にうめき声をあげるほどだった。
しかし、大学では常にアタルが監視の目を向けている。
厄介なことに、アタルはパピコの家に住みつくようになった。
アタルの執念には脱帽する。
そういう仕事に就けばいいのに。
そういう仕事が何かは分からないけれど。
それでもパピコは歯医者に行くのを諦めなかった。
ある時、隙をみて近所の歯医者に、予約することに成功した。




