美しい時間
もしパイナップルがピアノを弾いたとしたら、何の曲を弾くだろうか。
黒田パピコ(20)は最寄駅から自宅までの帰り道、コンビニで買った唐揚げを頬張りながら美しい妄想をしていた。
回転寿司屋で大トロの後ろで控えるパイナップルならば、チャイコフスキー、いや、そう見せかけてブルグミュラーかもしれない。
家庭の食卓に並ぶ酢豚の一員としてのパイナップルの場合は、ブラームス、これは譲れない。
パピコにはすでに酢豚と一緒に連弾をするパイナップルの姿が目に浮かんでいる。南国で木にぶら下がってる段階のパイナップルだったらどうだろう。
パピコは一呼吸置いて考える。最後の唐揚げをぱくついた。よし、決めた。そいつはハイドンで手を打とう。
ガラス張りになったビルを通り過ぎるとき、にたぁ、と笑っていた自分に気が付いて辺りを確認する。パピコは最近問題視されている歩きスマホに感謝した。
自宅のアパートに着くと、婚約中のサリー(28)が夕飯を作って待っていた。パピコはすぐにご飯にありつける喜びを、タックルで表現した。
「あはははははは」
サリーは体重規定オーバーの女に突進されても、小型犬に舐められているかのような反応をする一風変わった人種だ。
「わん」
「よしよし。待ってろ?」
サリーはパピコの頭を撫で、カレーをテーブルに持ってきてくれた。
パピコはサリーとサリーの作ったご飯を食べる時間が一番幸せだった。パピコの場合、どうしても話題は食べ物中心になってしまうのだが、いつもサリーは面白がって話を聞いてくれる。
今日も、もしもケーキがコンサートをしたら、といった音大生丸出しのパピコの妄想に対し、サリーはもしも焼肉が野球をしたら、というスポーツ分野で対抗してくる。得意分野が違うので、ぶつかることはない。ただただ気持ちのいい時間である。
パピコの耳に流れてくるサリーの妄想は、オルゴールのように心地がいい。
あ、今第二章に入ったな。サリーの妄想が少し中休みに入ったところを察して、パピコも後を追うように第二章に入りこむ。こんなあ・うんの呼吸もサリーだからだ。もう、サリー以外と連弾なんかできない。
パピコにとってサリーは、世界一愛おしいヒモ男だ。