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開拓者ユースミスのクエスト  作者: 住須勝石
8/22

8話:激動する大地

燃え盛る太陽が頭上に君臨し、灼けつく日差しが大地を照らしていた。


水気の少ないイネ科の植物が大地を覆い、アカシアの高木が枝葉を傘のように広げている。ごくまれに現れる濁った水溜りが、茶色の地表を灰色に着色している。遠くでは息絶えた動物が腐肉を食らう野鳥の群れについばまれているのが見える。


大地は地平線の果てまでも乾いていた。


この大地に生きる者は強者と弱者に分かれ生存競争を繰り広げている。強者は捕食者となって獲物を追い求め、弱者は被捕食者として食われる。この大地における敗者は己の死を嘆ながら息絶え、死肉を食らう分解者によって存在していた痕跡を消し去られる。


弱肉強食という無秩序にも思えるこの大地は、強者と弱者そして分解者による原始的な秩序に支配されていた。その日々は激しくも淡々と過ぎてゆく。原始的な自然世界において日々の生活に、人の思い描くような騒がしさは存在しなかった。


しかし今現在、大地は激しく騒いでいた。


乾いた大地の上を十数台もの貨物自動車の群れが進行していた。ある程度の大きさの像なら十分に積み込めるコンテナには武装した男たちが乗り込んでいた。ひとつのコンテナにつき男たちは最低でも三人ほど乗り込み、その人数は貨物自動車の先頭に向かって増えていた。先頭を走る貨物自動車のコンテナには十人以上も乗り込んでいた。


獣の姿の混じった男たちは全員『ジョー』を被り、散弾銃や突撃銃、そして携帯用の榴弾砲で武装していた。男たちの中には燃え盛る松明を手に持つ者や、手榴弾を革製のベルトで体中に巻き付けている者もいた。


彼らは貨物自動車が走る後方に向かっていきり立ち、何かを待ち構えていた。


「てめえら! 準備はいいかぁ!」


 貨物自動車の群れの先頭化から獅子の咆哮のような絶叫が響き渡る。その声は、エンジンの駆動音や貨物自動車が大地を駆ける音をかき消すように響き渡り、その場にいた全員を鼓舞していた。


「このパーソンキャラバンはぁ! 何物にも負けない百獣の王の群れ! ただでかいだけの羊ごときに遅れをとる事は! 決して許されなぁああぁぃ!」


 その声の主はパーソンであった。獅子をたてがみ彷彿させるくすんだ金髪が風によってはためく。パーソンは先頭を走る貨物自動車の運転席に立ち上がり、自らの部下に向かって雄たけびを上げていた。


「羊どもをぶち殺せぇ!」


パーソンは右手に持ったリボルバー式の拳銃を頭上に掲げる。そして開戦の合図と共に弾薬を炸裂させた。パーソンの部下たちも雄たけびをあげて武器を構える。パーソンの率いる貨物自動車の群れは熱狂に包まれた。


彼らの瞳は自らの誇りを犯そうとする存在に対する憎しみによって燃え上がっていた。狂騒ともいえる熱気が彼らを扇情していた。彼らの瞳に恐れの感情は浮かんでいなかった。


貨物自動車の後方には、先ほどアリスたちを襲った羊の化け物たちが駆けていた。像をも超える巨体を揺らし、全身から真っ赤な蒸気を噴出しながら化け物は進行する。その数は20にも及んでいた。


化け物たちの視線は全てパーソンたちに向けられていた。機械による推進力を得た貨物自動車を追っているにも関わらず、その進行速度は一向に衰える気配がない。化け物たちに疲れた様子は全くない。化け物と貨物自動車の群れとの距離は着実に狭まっていた。


「構えろ!」


 自らに接近する化け物に対してパーソンは攻撃の準備を指示する。その声と共に携帯型の榴弾砲を装備していた男たちが懐から合成樹脂製の正方形の容器、『スモーク』のカートリッジを取り出し『ジョー』のフィルター部に被せるように装着した。男たちはそのまま深呼吸を数回行う。


「お、おおおぉ!」


すると男たちの肌は次第に僅かに赤みを帯び始め血管が隆起した。そして男たちの体が膨れ、最初の状態から一回り大きくなる。次第に男たちの呼吸が速くなる。肉体が変化した男たちは携帯型の榴弾砲を腹ばいの状態で構えた。


「うてぇ!」


 パーソンによる攻撃の合図と共に榴弾砲による十数もの砲撃が放たれる。それと同時に、50ミリを越える大口径の弾薬の反動が男たちに襲い掛かった。普通の人間ならそのまま吹き飛ばされるだろうと思われたが、『スモーク』によって強化された男たちは自らの肉体を用いてその反動を力づくで抑え込んだ。男たちが足を付けるコンテナの天井部が反動によって変形する。


「くたばれぇ!」


 十数もの砲撃がパーソンの掛け声と共に放たれた。1キログラムを超える金属の塊が音速を越えて、羊の化け物に向かって襲い掛かる。


砲撃による運動エネルギーは装甲車の外壁を紙同然に貫く。そして中にいた者に命中すればその胴体は容易に引き裂かれ、衝撃の余波で挽肉と化す。あのカイセルレオですら砲撃が命中すれば、その頭部は西瓜のように砕け脳漿をまき散らす事になる。放たれた砲撃の内のいくらかは命中が逸れるかもしれない。しかしいくら巨像のような体躯を持つ化け物でも、カイセルレオを捕食する化け物だろうと、人類の生み出した兵器には太刀打ちできない。


先刻までは確かに彼らは化け物に追い立てられていた。しかし、それはあくまで化け物が奇襲することに主導権を得てからであり、こうして大口径の兵器によって攻撃すれば手も足も出ない。


パーソンたちは自らの勝利を確信していた。


放たれた砲撃が羊の化け物の脳天を捉える。そして弾薬がその頭部を――。


 ――貫かず、はじき飛ばされる。


車を塀にぶつけたような情けない金属音が響き、化け物に命中した弾薬がひしゃげ明後日の方向へと消えてく。化け物に命中した砲撃は、全てはじかれ宙を舞った。化け物から逸れた砲撃は足元に命中し、地面をえぐり取る。


砲撃を受けた羊の化け物たちは、よろける素振りすら見せずに平然と大地を駆けていた。それはパーソンたちによる攻撃が全く効かなかった事を意味した。


「……は?」


 無傷の姿の化け物にパーソンは茫然としていた。目の前の現実が理解できない様子であった。榴弾砲の一撃を放った男たちも、パーソンと同様に呆けていた。


 僅かな間、時間にして数秒の間、パーソンたちは沈黙していた。何が起こったのか必死に理解しようとしている様子であった。そして化け物たちが急に走る速度を上げてパーソンたちとの距離を詰める姿を見せると誰かが叫んだ。


「う、うてぇ! も、もっとだ!」


誰かの絶叫に我に返ったパーソンたちは再び攻撃を開始する。今度はパーソンを含め全員が攻撃を開始していた。榴弾砲を抱えていた男たちも再び腹ばいの姿勢になる。突撃銃や散弾銃を装備した男たちも一斉に銃口を化け物に向ける。錯乱しているのか、到底命中しない距離だというのに拳銃を放つ者までいた。パーソンも化け物に向かって拳銃を炸裂させていた。


「しねぇ! しねぇ!」


 2度目の攻勢。しかし、焦りからか今度はまともに命中しない。榴弾砲、突撃銃、散弾銃、拳銃の弾薬が一心不乱に放たれる。そのほとんどが迫りくる化け物の脇を通り抜ける。たまに何発かの攻撃が命中するが、その全てが化け物の体にはじき飛ばされる。かすり傷すら与えられない。


「くたばれよ! なんで効かないんだぁ!?」


 距離を詰めていく羊の化け物にパーソンたちは恐慌状態に陥る。ある者は絶叫しながらいたずらに弾薬をばら撒き、ある者は懐をひたすらまさぐり何かを探し、ある者は仲間を押しのけコンテナの隅へと逃げる。パーソンも理解不能な状況に狼狽し、自らの頭を掻きむしっていた。


「どうなっているんだい!? なんで無傷なんだぁ!」


 パーソンが恐怖の悲鳴を上げる。そばにいた部下の男たちもパーソンに縋りつくように詰め寄る。彼らの姿はアリスたちと初めて出会った頃のたくましいものではなく、親に助けを求める児童の泣き顔そのものであった。彼らの振る舞いは生存競争における被捕食者、弱者のそれであった。


狂乱の渦に包まれているパーソンたちを尻目に、化け物の1頭が突然自らの頭部を側面に向かって持ち上げた。そしてすぐに反対側に向かって振り払う。その動作は、頭部で何かを投げつけているようにも見えた。他の化け物たちも一斉に同じ動作を続ける。


その動作をパーソンたちは見ていなかった。恐怖にあえいでいる為に、化け物を直視ているにも関わらず細かな部分に注意が向いていなかった。

異変はすぐに訪れた。


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