3話:大地を駆る『シープ』
「あんたらも、そう思うだろ?」
「……っ!?」
突然の問いかけに、2人は驚いた。先ほど自動二輪車を運転していた人物は思わず声を上げる。隣にいた小さな人影も、運転していた人物の陰に隠れた。
「なんだ女の人か」
目の前の人物が女性であることに、少年は小さな驚きを見せた。そのまま少年は女に向かって歩み寄る。
「……女で悪かったわね……」
「いや、別にけなしているわけじゃないが」
「わかっているわ。君が助けてくれたのは知ってる。感謝もしているわ」
感謝を述べながらも女は少年から半歩ほど下がる。自身の影に隠れる存在を守るように、女は少年と向き合う。
女の瞳には恐怖の色が浮かんでいた。
「助けてくれたお礼はするわ。でも、たいしたお礼もできない。
だから……」
「だから何もしないって。そう身構えるな。
それに俺は、君という名前じゃないし、子ども扱いされる歳でもねえ。
確かに俺はチビだが、ことしで一九だ。酒も飲めるし、煙草だって吸える」
女の態度に少年は懸命に自身の無害を訴える。それでも女の警戒心は消えなかった。
「はあ。すっかり嫌われたな。そりゃあ、普通の人間が素手で、あんな怪物を殺せないからな。
だからって俺は、無差別に人を襲うようには身に躾けられていねえよ。俺は、あんたらに危害を加えるつもりはない。
……だからあんたもその右手の獲物をしまってくれないか?」
「えっ!?」
少年のことばに女は驚愕する。女は焦りの感情をごまかすように乾いた唇をなめた。
女は少年と会話しているときから、自身の右手を少年には見えないように隠していた。
その右手には拳銃が握られていた。
「さっき、グァームどもと戦っているときにな。あんたその拳銃をリロードしてただろ。マガジンを入れ替えて。戦闘の音に紛れて気がつかないと思ったかもしれないが……俺には聞こえてた。
あんたらが野盗かもしれないとおもっていたからな。警戒するのは当然だ」
「そんな……」
「怒ってねえよ。あんたらだって警戒するのは当たり前だろう。
もう一度、言うがそれをしまってくれ。あんたらの安全は保障する。……それに」
少年は両手を上げて、害意のないことを見せる。そして少年は自らの視線を女の瞳にあわせた。
「脅かすようで悪いが。そいつじゃ……俺は殺せない」
少年は女の目を見て言った。有無を言わさない視線であった。少年の言葉には妙な説得力があった。
二人の間に静寂が生まれる。少年と女、二人の視線は交差したまま途切れることはなかった。
「……わかったわ」
少年のことばに気圧されて、女はゆっくりと手にもった拳銃を元あった位置に戻した。
「信用してくれたようだな」
「ごめんなさい。私も何がなんだか分からなくて」
「気にするな。俺も気にしてないから」
少年は微笑みながら言った。
「あんたら足がないんだろ。俺の車に乗ってけよ。『シープ』の最新型だ。多少は燃費が落ちるが、装甲を取り付けて頑丈にしてある。すぐに町まで着くさ」
そう述べると少年は自身の車へと向かう。あっけらかんとした少年の態度に女はたじろぐ。少年の中で、女と少女が車に乗り込むことはすでに確定しいてた。
「でも……」
「気にするなって言っただろ。ただで乗るのが怖いなら、さっきのお礼でもしてくれ。
ほら、そこのちっこいのもさっさと乗りな」
すでに車に乗り込んでいた少年は、後部座席の荷物を助手席に移動させていた。そして車のエンジンを起動させる。
「ああ、そうだ」
少年は唐突に声を上げる。何事かと、視線を向ける二人に少年は。
「名前を言っていなかったな。
――俺の名はユーユミス。大地を開拓する『プレイヤー』の一人だ」
日が傾き、黄金色に輝く太陽が、乾いた大地を朱色に染め始めた。大地を覆う植物たちにも陰りが生まれる。空気も徐々に冷たくなる。相変わらず大地は乾燥し、砂埃を巻き上げている。
乾いた大地を一台の四輪駆動車、『シープ』と呼ばれた車が走っていた。
その車を一人の少年、ユースミスが運転していた。後部座席にはユーに結果的に助けられた、女と少女が座っている。右側の席に女、左側の席には少女が。少女は先ほどの恐怖が抜けていないのか、女の肩へと身を寄せている。
二人は身に着けていたマスクを取り外し、首にぶら下げていた。少女は自らのリュックサックを力強く抱きかかえている。女も自分の荷物を足元に置いていた。
獣が混じった二人の顔には僅かに安堵の表情が現れ始めていた。
「なるほど、あんたも『プレイヤー』だったのか。グァームの群にに追われたのは、災難だったな」
ユーが車の鏡越しに二人を見て言う。
「本当に感謝しているわ。ありがとう。そういえば自己紹介がまだだったわね。
私はの名前はアリス。アリス・ロップル。
それでこの子が……」
「……マーガレット。マーガレット・ロップル」
アリスと名乗った女のことばに続いて、少女が自身の名前をユーに恐る恐る告げた。少女、マーガレットは不安げにユーを見つめている。
「それにしてもユー。人間のあなたがどうして、こんなところにいたの?」
「いっただろ? 俺も『プレイヤー』の一人だって」
アリスのことばにユーが応える。
「それは分かっているけど。私が言いたいのは、私たちのような『ミムス』じゃない人間のあなたが、どうして『プレイヤー』なのかってこと」
「『ミムス』か……」
ユーが静かに呟く。アリスたちからは見えないが、ユーは少しだけ困ったような表情を見せた。そして沈黙と共に、ユーはアリスのことばを咀嚼する。
「……『ティリオミムス』。かつて人間の学者があんたらに名付けた名札か。
その呼び方は嫌いだな。『獣もどき』なんて」
ユーは目を細めて言う。アリスたちからは見えない。
「俺はあんたらのことは『セリアン』って呼ぶんだ。
――『セリアンスロウプ』。『獣の人』ってな。俺に言わせれば、どんな姿であろうと、そいつに人という自覚があれば、そいつは『ヒト』なんだよ」
アリスは驚愕した。ユーのことばにではない。アリスが驚かされたのは、車の鏡越しにユーと視線が合ったことである。
「……あなたは変わっているのね」
ユースミスは、アリスが人間と異なることに対して悲しみ感じているわけでも、哀れみを覚えているのでもない。人間と、そうではない者との間にある隔たりは、ユーの瞳の中には感じられない。
その瞳は、アリスを見つめているだけであった。アリスはユーの瞳の中にある彼の感情を読み取ることができなかった。アリスはそれに驚いたのである。
「変わっていない、と言われなかったことが大半だ」
アリスとユー、両者の間に沈黙が訪れる。マーガレットは、ユーの後頭部を見つめていた。
「俺のことは、いいじゃないか。まあ、訳有りってやつだ。
そんなことより、俺が気になるのは、あんたらのことだ。一体、どうしてあいつらに追われていたんだ?」
「仕事よ。そう『クエスト』よ。私たちは資源を集める為の『クエスト』を受けていたの。私たちは、その帰りにあいつらに襲われたの」
アリスは足元に置いたリュックサックの中から皮製のバッグを取り出した。それは女一人が片腕でようやく抱えるほどの大きさであった。
アリスはそのバッグの紐を解き、中にある物体を車の鏡越しに見えるように抱えた。そこには、群青色の石灰質の岩石が見えた。表面は白く粉が吹いている。
「これは……まさか、ランプ石か!? だが、このサイズは見たことがない!」
ユーが目を見開く。
「私も驚いているわ。本当に偶然、見つけたの」
「普通は小石、程度の大きさだからな。少なくとも7キロはありそうだ。
ランプ石は超低コストの照明に使える。この大きさなら、十万世帯くらいの労働者が一ヶ月は明かりに困らなくなるな。一体、どれくらいの値が付くんだ」
ユーは乾いた笑いを漏らす。
「正確な値段は分からない。たとえ買い叩かれたとしても10万ドルにはなるんじゃないかしら?」
「ちゃんとした企業なら、20万で買い取ってくれるぞ。そういえば最近、資源がなぜか不足しているから、それ以上になるかもしれん」
「そうだったらいいわね。30万ドルなら、私たちC級の『プレイヤー』の十年分の稼ぎにはなるわ。私の一月の稼ぎは大体、2400ドルだから」
アリスが微笑む。愛おしそうに石をなでている。マーガレットもどこか嬉しそうに石を見る。
「これでようやく生活が楽になるわ。メグを学校に通わせることだってできる」
石をなでていたアリスが、今度はマーガレットの頭をなでる。マーガレットも頬を緩める。
「確かに『プレイヤー』は運が良ければ、一気に儲けることができる職業だ。だが、大半の奴は『クエスト』の最中に事故に巻き込まれたり、グァームのような、さっきの怪物に襲われて死ぬ。あんたらは本当に運がいい」
「それは理解してるつもり。でも私たちには、そうするしかなかったの。両親が死んで、メグを育てるにはこれしかなかった。最悪、体を売ってでも生計を立てなきゃ。
でもそれじゃ、病気になってすぐに死ぬわ」
「……そうだな」
ユースミスは一人うなづく。
アリスもそれ以上、話すことはなかった。ユーが必要以上に詮索をしてこなかった為、話すことがなくなってしまったようである。
「……ええと」
気まずいと感じのかアリスが、とにかく話そうと口を開いた、その時。
「あ……お姉ちゃん。前に……何かある」
マーガレットが突然、前方を指差して言った。
「あれは、キャラバンか?」
ユーが指差された方向を見て言う。
マーガレットが指を向けるその先には、小さな集落があった。
集落はマメ科の植物の茂みに隠れるように形成されていた。
像すら積載できそうな大型の貨物自動が、茂みの間を遮るように群を成して停車している。その数は、10を越えていた。貨物自動車は砂地を走るためにタイヤが取り替えてある。貨物自動車の周囲には四輪駆動車や自動二輪車も確認できた。
貨物自動車の周囲には布製のテントがいくつか並んでいる。おそらく貨物自動車が取り囲む中心には、さらに多くのテントがあると思われた。
「よかった、集落よ! 日が暮れそうだし、なんとか泊めてくれないかしら?」
「確かに、日暮れまでに町に着くか微妙だ。行くしかないな」
「なら行きましょう。メグ。 もうすぐで休めるからね」
「うん!」
ようやく訪れようとする安息の時間にマーガレットの口元がほころぶ。アリスもその様子を確認して安堵の表情になる。
「……行くか」
ユーが運転する四輪駆動車は集落に向けて速度を上げた。
心の底から安心するアリスとマーガレットの2人を尻目に、ユースミスは何故か怪訝な表情を崩さなかった。やがて2人がユーに話しかける頃には、その表情は夕日の影に隠れて見えなくなっていた。




