最終話:正しい方角へ
乾いた大地を1台の四輪駆動車が走っている。
日が傾き始め、遠くの空が赤色に染まっていた。
大地は相変わらず乾いており、砂埃を巻き上げていた。
四輪駆動車の運転席にはアリスが座り、後方には疲れ果てたユーと、その様子を見守るマーガレットがいた。
先ほどの戦闘で負傷したユーは、すでにガーゼや包帯を用いて傷の手当てを終えていた。
初めに着ていたポロシャツは、パーソンの『ドロップ弾』によって焼き払われている。その為、ユーは腹部に広がった火傷の跡と背中の古傷を晒していた。その2箇所の傷跡もすでに乾いて薄桃色の薄皮が浮かび上がっていた。
「あぁ、久しぶりに死ぬかと思った」
間延びした声でユーが言った。
「本当に、大変な時間だったわ」
アリスがユーのことばを肯定する。
「ねぇ、ユー。さっきの話なんだけど」
すでに何かしらの会話をしていたのか、アリスが話の続きを催促した。
「ん? そうだったな。
昨日俺とお前らが出会ったのは全くの偶然だったが、俺があそこで釣りをしていたのはただの暇つぶしじゃない。俺は『協会』から『クエスト』を依頼されていた」
「『協会』……」
「そうだ。『プレイヤー』や『クエスト』を管理している、あの『協会』だ。
俺が依頼されていたのは、最近『北部』からこの『西部』に逃げてきた『盗賊ギルド』を調査及び無力化する事だった。奴らあっちでやりたい放題してたらしい」
「『盗賊ギルド』って、まさか……」
「パーソン共の事だ。まさかお前たちを出会った先で遭遇するとはな」
ユーが短く笑い声を上げる。
「だから昨日、あんな事を……」
申し訳なさそうにアリスが言う。
「まあ結果的に無事だったから、それでいいだろ?」
後部座席の背に持たれながらユーが答える。
「でも良かったの?」
「何がだ?」
「パーソンたちの事よ。調査しろって『協会』に言われたんでしょう?」
「あぁ、それか。それなら問題ない。
無力化って言ったろ? あれなパーソン共を制圧しろって意味じゃない。というか俺一人じゃ、さすがにあいつら全員を無傷で捉えられねぇよ」
「でも……」
「アリス、覚えておきな。
『協会』は思っている以上にドライな組織だ。確かに『協会』は人々の為に働き、人類の発展や平和を肯定している。だがな『協会』も、全ての人々を余す事なく助けたりはしない。
無力化っていうのは方便だ。
……要は、あいつらを皆殺しにしろって依頼されたわけだ」
「そんな事って」
ユーのことばにアリスが息をのむ。マーガレットも不安そうにユーを見ている。
「別にお前ら気にする事でもねぇよ。
ちゃんと健全な生活を送っていれば『協会』は何もしない。別に悪の組織でもないからな。
……ところでアリス」
「どうしたの?」
「お前たちこれからどうするんだ?
『ランプ石』はもうない。たぶんパーソンたちの死体と一緒にあるんだろうが」
「探せば見つかるかしら?」
消え入りそうな声でアリスが呟く。
「残念だがもうないだろうな。
知らないと思うが『ランプ石』はボラッドの大好物なんだよ。どうやら尻尾の爆球を作る為に必要らしい。だから、もう食われているだろう」
「うそ……」
「確証はない。だが今探しに行くのは止めといたほうがいい。
この『西部』にいるはずのない『ミアズマ』が現れた。たぶんこれから『西部』は騒がしくなるだろう。『クエスト』自体はこれから爆発的に増えるかもしれない。
だがそれは上級の『プレイヤ―』だけにしか対応できないだろう。これから多くの『プレイヤー』が散っていくだろう」
「……」
「アリス……」
押し黙るアリスの背をユーが見る。
「なんとかするしかないわ。
大丈夫よ。あなたのおかげで生きて帰る事ができるもの。これ以上は贅沢よ」
「……」
今度はユーが押し黙った。
そしてユーはマーガレットに視線を向けた。その額には琥珀色の突起が輝いていた。
「おにいちゃん……」
不安げな表情でユーを見るマーガレット。
その表情を見たユーが再びアリスへと向き直る。
「なあ、アリス」
「……どうしたの?」
「理不尽を変える力が欲しいか?」
「えっ!?」
アリスが驚きの声を上げる。
「ここからそう遠くない場所に、今の俺の拠点がある。
そこには俺の仲間たちもいる。心配しなくても、そいつらはみんな『ミムス』だ。
きっと良くしてくれるだろう」
「ユー……」
「アリス。お前は出会ったばかりの俺を信じて、命まで賭けてくれた。しかも『ミムス』にとって嫌な人間を。
嬉しかったよ。久々にいい気分になった。
お前は信用できる。だから俺の仲間たちもうまくいくだろう」
「……」
「もちろんメグもな」
ユーがマーガレットの頭を撫でた。
「むぅ……」
気持ちよさそうにマーガレットが顔をほころばせる。
「俺たち『A級プレイヤー』の持つ『ミアズマ』と闘う力。
『アニマ能力』は意志の強さがないと使いこなせない。『アニマ能力』を修得するのはお前次第だが、きっと使いこなせると俺は思っている。
教えるよ。俺が『アニマ』の使い方を教える」
「いいの、ユー?」
「すべてはアリス次第だ。だが『アニマ能力』を修得すれば、理不尽な現実にも立ち向かえるようになるだろう」
アリスが運転席の鏡を通してユーの目を見た。その瞳はまっすぐに青く輝いている。力強い意志が瞳の奥にあるのをアリスは見た。
そしてアリスはマーガレットを見た。マーガレットは安堵した表情でユーを見ていた。
その様子を見たアリスは微笑んだ。
「ええ、お願いしてもいいかしら? 私もユーの仲間に会ってみたいわ。
それに私にはメグを守る力がいる。私も理不尽な現実に立ち向かう力が欲しい」
アリスの返答にユーもわずかに笑みを浮かべた。
「決まりだな。なら行き先を変えようか、きっとそこが『正しい方角』だ」
ユーが夕暮れの空を見た。
そこには水平線に沈む太陽が金色に輝いていた。
「ユー」
「どうした?」
「昨日から気になっていたのだけれど、あなたの言う『正しい方角』って?」
「ああ、それか」
「どういう意味なの?」
「『正しい方角』ってのは文字通りの意味だ。
ただしそれは自分にとっての方角、決して誰かの指し示す方角ではない。誰かと共に生きる者は皆、形のない誰かの示した方角を歩かされているらしい。
それを良しとしない者が自分の心の底から信じる価値観に沿って進む時、新しい本物の景色に到達できる。だがそれは決して楽な事ではなく、むしろ果てしない苦痛を味わう事になるのだと。そして理不尽な現実を打ち破る者が、心の底から信じる方向に進んだ時、新しい世界をすらも切り開く事ができる。
昔俺が出会った偉大なる『プレイヤー』はそう言っていた。
俺もそのことばを信じている」
「偉大なる『プレイヤー』……」
「不思議な奴だった。子供みたいに笑って、そう言っていた」
「私にも、あるかしら? その『正しい方角』は」
「それは俺には分からない。全てはそいつ次第だ」
「そう、ね」
「さあ、急ごうぜ。もう暗くなってきた。
道案内は俺がする」
「ええ……行きましょう。メグもそれでいい?」
「……うん!」
「明日から忙しくなる。だが今日は町に帰って、腹一杯飯を食おう。
ブタトカゲのフライを御馳走するぜ。俺の大好物だ。良く揚げてあるから、骨ごと食べてもうまい」
ユーとアリス、そして妹のマーガレットは、静かに語り合いながら乾いた大地を駆けて行った。遠くでは蛍のような輝きが、群集しているのが見える。そこには町があるのだろう。蛍の輝きに見えるそれは、町の街灯であった。
しかし3人が乗る四輪駆動車は、町へと進む道を無視して別の方角に進んで行った。
3人の姿が闇に染まる方角に消えて行く。
それでも彼らが不安になる事はなかった。
きっとそれが彼らにとっての『正しい方角』であるはずだから――
『開拓者ユースミスのクエスト』を読んでいただきありがとうございました!
初めての作品ですが、読んでくださる方々がいるというだけでうれしい気持ちになりました。もしかしたら誰も呼んでくれないのではと、恐れていたので安心しました。それどころかPVアクセスが1000を越えたので驚きです。
この作品は自分が通っている大学の卒業制作として書き上げたもので、見知った人々の感想以外にも不特定多数の人々の反応が知りたいと思って投稿したものです。この作品は、某週刊少年誌(友情・努力・勝利的な)の読み切り物を文章として書いてみようという構想の下で、書き上げました。ファンタジー設定は完全に僕の趣味です。
それでも、初めて書く長編であったので勝手がわからず、書き上げるのに1ヶ月半も掛かってしまいました。書いている途中は辛くもありましたが、ここぞという場面では楽しく書けたと思いました。ですが出来上がった作品を後から見てみると、やっぱり粗というかダメな部分が多いなと自分の未熟さを痛感しました。
だからと言って作品を否定するのもあんまりなのでという気持ちから、この作品をなろうに投稿することにしました。その為、作品を読んでブックマーク登録をしてくださった時には感動しました。改めてお礼を申し上げます。
次の作品は一応、ある程度の段階までプロットが出来上がっているのですが、全く書きあがっていないのが現状です。目標としては1ヶ月半後には投稿をしたいとは考えています。次回作もファンタジーもので、今回の作品の設定をより発展させたものを書き上げるつもりです。次の作品も読んでいただけると幸いです。
以上であとがきを終えたいと思います。本当にありがとうございました!




