20話:砂原の上の決戦(前編)
始めに攻撃したのは『長』であった。
口に含んだボラッドの球体を、いきなりユーに向かって吐きつけた。
『長』の口から放たれる爆炎。
あらかじめ行動を予測していたユーは、『長』に向かって走りながら数歩の距離だけ体を逸らした。
爆炎がユーの脇を通り過ぎる。
「当たるか、そんなもの」
そのままユーは『長』の懐へと駆けていく。
当然『長』もそのままユー接近を見逃さなかった。
ユーに向かって『長』が口を大きく開いた。開いた口腔から鋭い牙が見える。
『長』の体が跳ねた。そして一瞬の内にユーの前方に飛び出してきた。そのまま『長』の牙がユーの頭部に襲い掛かった。『長』の姿とユーの姿が重なる。
アリスの目では、その動きが速すぎて捉えられなかった。アリスには『長』が瞬間移動しているように見えた。ユーが食われたとアリスは思った。
「あぶねえ」
しかし、ユーもまた常人には見えない速さで『長』の攻撃から逃れていた。ユーは一歩だけ後退して『長』の牙を躱していた。
鋭い金属片がぶつかり合うような音が周囲に響く。
牙による攻撃を躱された『長』は、口を閉じたまま片方だけの目でじろりとユーを睨みつけた。そして『長』は静止した状態から再び跳ね上がり、ユーに噛みついた。
ユーも再び攻撃を回避する。
だが『長』の今回の攻撃一度だけではなかった。ユーが攻撃を回避するのを見ると『長』はすぐに攻撃を再開した。その攻撃もユーは回避したが、『長』は攻撃の手を止めなかった。執拗にユーに向かって噛みついていた。
『長』の牙による連撃が目まぐるしく繰り広げられる。一二メートルにも及ぶ巨体にも関わらず『長』の動きは小動物のように機敏であった。その上『長』の動きは一向に衰える様子はない。
それでもユーは『長』の攻撃を回避し続けていた。紙一重の動きで身を躱している。
鋭い金属音が何度もこだまする。
「しつけぇ」
牙による猛攻を避け続けていたユーが、ぼそりと呟いた。
『長』の攻撃が外れ牙から金属音が響いた瞬間、ユーは『長』の首に向かって跳びかかった。そしてユーは羽のような軽やかな動きで空中を一回転する。そのまま空中で『雷薬』を握った手を構えると、拳から黄色と赤色の光を纏った電流が溢れ出す。
「次は俺の番だ」
そしてユーは『爆雷』を纏った拳を『長』の背中に叩き込んだ。
膨大なエネルギーが『長』の体に襲いかかる。
――ごがぁっ!
と『長』は短い悲鳴を上げた。
『爆雷』の閃光が『長』の体を駆け巡る。
『長』はうめき声を上げながら襲いかかる未知のエネルギーに抗っていた。
そして。
――ぐぅ、うがぁっ!
短い叫び声を放ち『長』が『爆雷』を打ち破った。『長』の体は爆発する事なく健在であった。しかし『長』の体にしがみついていたボラッドは、エネルギーに抗えずに破裂した。『長』の体からボラッドの死骸がいくつも零れ落ちる。
「やっぱり1発じゃ足りないか」
地面に降り立ったユーが『長』の様子を見て呟いた。右手から真っ黒に錆びた『雷薬』が零れ落ちる。
一方の『長』は苦痛にあえぎながらユーを睨みつけていた。『長』の体には、黄色と赤色の混じった電流がわずかに帯電していた。
「なら、もう一発だ」
間髪入れずにユーが攻撃に出る。
そのままユーは『長』の首筋に向かって跳びかかった。
苦痛に苛まれていたせいか『長』はユーの動きを躱す事ができなかった。
ユーの両腕が『長』の首筋に滑り込む。そしてユーは両腕で『長』の頭部を抱え込んでいた。
「いくぞ」
そのままユーは『長』を投げ飛ばそうと体全体に力を込めた。『長』の頭部か引っ張られる。
しかしある程度頭部が動いたところで、『長』の体はぴくりとも動かなかった。
頭部を抱え込むユーに対して『長』は全力で抵抗していた。『長』の顔には血管が隆起している。歯を食いしばりながらユーの力に抗っていた。
「こいつ……!」
予想以上の力にユーが悪態をついた。
ユーもさらに両腕に力を込める。それでも『長』の力を抑え込めない。
両者の力は拮抗していた。次第に『長』の首の力が、ユーの膂力を押し返していく。
それから間もなく両者の均衡が崩れた。
『長』が力ずくでユーの両腕を振りほどいた。その反動で体勢を崩したユーに対して『長』が自らの頭部を打ち付けた。『長』の頭がユーの脇腹に激突する。
「かはっ!」
その衝撃でユーの体が吹き飛ばされる。そのまま10メートルほど離れた先で地面に激突した。
「うぐ……」
仰向けに倒れ込んだユーが呻き声を上げる。
しかし苦痛にあえぐ暇はなかった。
一瞬で距離を詰めた『長』が、自らの脚をユーに向かって振り下ろしていたからである。
「……っ!?」
そして『長』の無慈悲な一撃がユーの頭に向かって叩き込まれた。堅牢な『長』の蹄がユーの頭部を捉え、地面に深く突き刺さった。
砂埃が舞い上がる。
だが、そこにユーの潰れた頭部は存在しなかった。地面が深くえぐり取られただけであった。
姿を消したユーに『長』が狼狽する。
すると『長』の下、腹部のあたりから砂を踏む音が響き渡った。
「隙あり」
そこにはユーが潜り込んでいた。ユーはしゃがんだ状態で右手を構えていた。
その拳は『爆雷』によって輝いていた。
「くらえ」
『長』の腹に向かってユーが再び拳を叩き込んだ。
強大なエネルギーが放たれ『長』の体がわずかに浮いた。
――が、かっ!
再び『長』が悲鳴を上げた。
先ほどの攻撃よりも『長』の体を駆け巡る閃光の輝きが増した。より多くの『爆雷』の電流が『長』の体を駆け巡る。
それでも『長』の体が爆発する事はなかった。
『爆雷』が体を駆け巡る最中に、『長』が無理やり体の向きを変えた。
ユーに向かって『長』は後脚を構えた。
「なっ!?」
しゃがんだ状態で攻撃をしていたユーは、素早い『長』の動きに反応が遅れた。
とっさにユーが両腕を構えて身を守った。
強靭な『長』の後脚がユーに襲い掛かる。
そして肉を打つ轟音がユーの体から響き渡った。
「ぐう……!」
両腕を構えた状態でユーが吹き飛んだ。ユーの体が宙を舞い、そのまま20メートル以上も押し出される。
『長』の攻撃を防いでいたおかげで、ユーは体勢を崩す事なく着地した。
それでもユーは攻撃の勢いを無効化できずに、着地した後も10メートル以上も体が滑り込んだ。乾いた大地に二本の長い靴跡が刻まれる。
やがて前のめりになった状態で、ユーが静止した。
ユーが大きく息を吐いた。『長』の後脚を防いだ両腕が震えている。
「今のは効いたぞ……」
ユーが短く呟いた。そのまま『長』の方向に視線を向ける。同時にユーの手から使用済みの『雷薬』が零れ落ちる。
攻撃を放った『長』は、ユーを仕留められない事に苛立っている様子であった。『長』の喉から低い唸り声が断続的に響き渡っている。
すると『長』は自身の頭部を下に向けて振り払った。そして『長』の額に張り付いていた1匹のボラッドが地面に投げ出された。
「まだいたのか、ネズミ共」
地面に激突したボラッドが甲高い悲鳴を上げている。
『長』はその悲鳴を無視して口を開く。
そのままボラッドの下半身ごと尻尾をむしり取った。
「おいおい……」
呆れた声で呟くユー。
『長』は食いちぎったボラッドの下半身を咀嚼しながら、尻尾の先端を口に含んだ。
再び爆炎を放とうとしていた。
「またそれか。芸のない奴だな。不意打ちでなければ躱すのは簡単なのに。
……もういい。それは見飽きた。
『長』よ。そろそろ決着を付けようか」




