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開拓者ユースミスのクエスト  作者: 住須勝石
2/22

2話:力を持った少年

「釣れねえなぁ……」


 乾燥した大地に流れる川。その川の畔で、一人の小柄な少年が釣りをしていた。


その少年はあくびをしながら悪態をつく。


少年の容姿は人間そのもであった。頭の両側面を短めに刈り上げ、黒髪の前面と頭頂部を短く切り残し逆立てていた。眉毛は剃刀のように鋭く太い。日に焼けた肌は小麦色に染まっていた。160センチ前後の体躯は筋肉質で、均整の取れた古代彫刻を彷彿させた。その為少年の体は、見かけよりも一回り大きく見えた。


小生意気な雰囲気を漂わせている少年だが、その瞳は反対に大人びていた。晴天の空のように青く輝く碧眼は、見る者を圧倒させる力強さを秘めている。


特徴的な瞳であった。


「やっぱり餌が悪いのか?」


少年は茂みの陰で地べたに座り、鈍色の川に向かって釣り糸を垂らしていた。釣り糸は竿には通さず、糸の束を直接握るだけの粗末なものであった。


少年が座る茂みには、荒地を走る為に改造された四輪駆動車が停車していた。4人ほどの人間が乗車できる四輪駆動車の後部座席には、少年の荷物と思われるリュックサックが2つ載せられている。少年は四輪駆動車の無骨で頑強なタイヤを背もたれにして、悪態をついていた。


少年はため息を一つ漏らす。


「小魚くらいならいると思っていたんだが」


 そう一言、呟くと少年は釣り糸を巻き上げる。巻き上げられた糸の先端の針には、何もなかった。餌すらない。


「……餌とられてるじゃねえか」


 少年は再びため息を漏らし、立ち上がった。


少年はねずみ色のポロシャツと、砂地用の迷彩が施されたカーゴパンツを着ていた。軍用の皮製のブーツも履いている。右手の手首には銀色に輝く質素な装飾の腕輪がある。


少年は腹部に3つの小さなポーチを留めたチェストリグを身につけ、首から下にはさびた銅色のマスクをぶら下げている。左の腿には軍用のナイフをベルトで留めており、反対の右腿にはポーチを一つベルトで留めていた。


「帰ろう……暇つぶしにはなったんだ……」


 そう言って少年は帰り支度をするために車へと向く。項垂れながら歩を進める。


だが少年は車に対面する瞬間、突然動きを止めた。同時に茂みの向こう側へと視線を向ける。


「……エンジンの駆動音。さっきから、うるせえと思ってたが。やっぱり、こっちに来る。

 何かに追われてるみてえだ」


少年は音のする方向へと視線を向け騒ぎの主を待ち構えた。


その内に、金切り声のような金属の発する音が大きくなる。


そして少年の目の前を一台の自動二輪車が通り過ぎた。


自動二輪車は黒い煙を上げながら平衡感覚を失い横転する。乗っていた2つの人影が投げ出された。横転することを予期していたのか運転手と思われる人影は、自身にしがみついていた小さな人影を抱きかかえ衝撃から、その身を守っていた。


倒れこむように横転した自動二輪車は川の向こう岸まで滑り込み、黒い煙を上げながら動かなくなった。

乗っていた2人も倒れたまま動かない。


「やっぱり来た」


 その様子を見ていた少年は、倒れ込む2人にゆっくりと近づいた。そして2人がうめき声を上げているのを確認する。


「おお、生きてるな」


 少年は他人事のように2人の生存を呟いた。


「さて……」


 少年が振り向く。その先には5頭の鳥の怪物が睨みつけていた。


「グァームか」


 怪物は少年から一定の距離を保ち、首をひねる動作を見せながら、うなり声を上げる。今にも跳び掛る体勢に構えていた。


「こいつらに追われていたのか。それなりの装備を持っているが、群を相手にするのはきつかったらしいな」


 少年が2人を一瞥する。


「足も使えなくなったみたいだし」


 少年がのんびりと頬を爪で掻いた。怪物のことなど微塵も気にしていないようであった。


完全に油断しているように見える少年。怪物が襲い掛かるのは当然のことであった。


「おっと」


 怪物の一頭がくちばしを開いて、少年の首筋に向かって飛び掛かる。しかし少年は体を僅かにずらだけで攻撃を回避した。攻撃をはずした怪物勢いを殺せずによろける。怪物すぐに体勢を整え、少年に相対する。


「危ない、危ない」


 少年は冷静なままであった。まるで子どもをあやす親のように振る舞う。


平静を保つ少年に今度は、残り全ての怪物が一斉に飛び掛かった。怪物のくちばしが四方から襲い掛かっている為、回避は困難であった。


対する少年は膝を軽く曲げるだけの動作をする。


そして怪物のくちばしが少年を貫き、その身を引き裂こうとする。少年に逃げ場はなかった。


怪物たちのくちばしが交差する瞬間、少年の姿が消えた。怪物たちは攻撃の勢いを殺せずに互いに衝突した。予期せぬ状況に怪物がひるむ。我に返った怪物たちが周辺を見渡していると。


「こっちだ」


 と頭上から少年の声がこだまする。同時に少年は一頭の怪物の背にまたがっていた。少年は怪物の視界から消え去るほどに高く跳躍し、攻撃を回避していた。


少年に乗り込まれた怪物は体を揺らして振り払おうとする。


「それは悪手だ」


 怪物が体を揺らす瞬間、すでに少年は怪物の頭部を両手でつかんでいた。少年の右手は頭部の左側に、そして左手は頭部の右側にあてがわれる。


少年の宣告と同時に、木の枝が折れるような音が響く。怪物の頚椎が360度、回転していた。

首をへし折られた怪物はうめき声も上げずに、糸を失った操り人形のように崩れ落ちた。


「まずは1匹」


 崩れ落ちた怪物にまたがったまま少年が呟く。目の前の惨状に怪物たちが怯えて尻込みする。


少年は骸と化した怪物からゆっくりとした動作で降りると、次の獲物に目標を定める。


「次はおまえだ」


そう言って少年は近くにいた怪物に目を向ける。標的にされた怪物が少年と視線が重なる。少年は怪物の瞳を感情のない目で、ただ見ていた。


標的にされた怪物は一瞬動揺するが、すぐに反撃に移ろうと体勢を整える。だが少年はすでに懐のポーチから何かを取り出し投げつけていた。


「2匹目」


 怪物の首には手の平ほどの大きさの薄い刃が、突き刺さっていた。怪物は水気の混じった呼吸音を響かせながら前のめりに倒れこむ。激しく痙攣しながら怪物は、真っ赤な鮮血をこぼす。


死に向かう仲間の惨状に残された怪物たちが恐怖の混じった声を上げる。


怯えるのもつかの間、少年は残された3頭の内、並んで立っていた2頭の間に潜りこんでいた。一瞬のできごとに怪物は対応が遅れる。


怪物たちが少年に意識を向けようとした時には、少年はすでに腿から取り出した軍用ナイフを怪物たちの首筋に滑り込ませていた。ほぼ同じ瞬間に2回切り付ける。


2頭の怪物が首筋から血を噴き上げながら同時に倒れこむ。


「あわせて4匹」


 あっという間に残り1頭にまで数を減らした怪物は、脇目も振らずに逃走する。


 しかし少年も同時に怪物に向かって跳び上がっていた。そのまま頭上を飛び越えた少年は、怪物の行く手を遮るように目の前に降り立つ。


突然現れた少年の背中に驚いた怪物はその身を避けようと体をひねる。そして体勢を崩して転倒する。倒れ込む怪物に向かって少年が口を開く。


「悪いな。俺に襲い掛かってきた以上、逃がすつもりはない。

 ……運がなかったと諦めな」


転倒して恐慌状態に陥った怪物は必死にもがく。そんな怪物が最後に見たのは、少年の履いていた革製の軍用ブーツであった。少年の蹴りが怪物の頭をとらえる。


怪物の頭部が粉砕され、鮮血と桃色の肉片を撒き散らしながら絶命した。怪物の眼球があさっての方向に転がっていく。


「5匹目」


 戦闘が終了し、怪物たちは1頭も残らずに全滅した。


静寂が周囲を包み込む。聞こえてくるのは砂埃が舞う音のみ。


「これで全部か」


 怪物の群を全滅させた少年は、何事もなかったかのように呟くと腹部にあるポーチから紙の布巾を取り出し、片膝を立ててしゃがんだ。そして怪物の血と肉片にまみれた方のブーツをぬぐった。


ブーツをふき取ると少年は自らと相対した怪物が確実に死んでいるのを確認する。そして最後に仕留めた怪物を見る。


「グァームか……。確かに、この辺ではよく見かける猛獣だが、あいつらは滅多に人は襲わないはず……」


 少年は、右手の人差し指で頬を軽く掻き、首をかしげる。


「それも武器を持った相手に。まあ、自然のことだから何があるか分からんし、考えても仕方がないよな」


 少年は視線の先を変えた。


その視線の先には、先ほど自動二輪車に乗っていた2人がいた。

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