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開拓者ユースミスのクエスト  作者: 住須勝石
19/22

19話:過ちの方角、そして・・・

 アリスが静かな声でユーのことばを遮った。


「アリス……」


 ユーがアリスの方へと振り返る。


「私、言ったわ。あなたを信じるって。あなたが勝つって」


「……」


「それなのにあなたは、自分を見捨てて逃げろと言う。プロだから『クエスト』を完遂しなければならないと」


「ああ、そうだ。だから……」


「だから、じゃない! 私が……私が言いたいのは。言いたかったのは……!


 ――あなたを信じる私を、どうして信じてくれないの!?」


「……っ!?」


 アリスはユーの目を見て言った。アリスの目には涙が浮かんでいた。


ユーがアリスのことばに目を見開いた。虚を突かれた表情でアリスを見ていた。


後ろに隠れていたマーガレットも首を縦に振って、アリスのことばに同意する。


「それにどうせ逃げ帰っても、あの『ランプ石』はもうない。今の生活を変える事もできない。

 ……私にはもうあなたを信じることしかできない」


「……」


 ユーは押し黙ったままアリスのことばに耳を傾けている。しかしユーは自らの視線をアリスの瞳から逸らす事はなかった。アリスの目を見たまま、次のことばを待ち構えていた。


「私たちの命はあなたに預けるわ。


 どんなことになっても、私はあなたを恨まない。例えあの化け物に食われたとしてもよ」


アリスの決意にユーは目を伏せた。そのまま考え込むような仕草を見せて、ユーは異形の化け物、『長』へと視線を向けた。


ユーは『長』の姿を確認する。先ほどから『長』は、たたずんだまま動かない。様子を見ているのか、『長』は暗い光を秘めた赤い瞳でユーたちを見つめていた。


しかし、よく見ると『長』の口元がせわしなく動いていた。『長』は何かを咀嚼し続けている。

唐突に『長』の口が開いた。


「くるぞ」


「え……」


 その瞬間『長』の口腔から光を放った。


するとユーは素早い動作でアリスとマーガレットを腕に抱きかかえ、一瞬の内に横に向かって跳ねた。


同時に、3人がいた場所から爆炎が巻き上がる。


「なにが……」


「いた……い」


 熱風に煽られながらアリスとマーガレットがうめき声を上げる。


3人は元の位置から10メートルほど離れた位置で倒れ込んでいた。


「これか」


ユーが2人から手を離して元いた場所を見る。


 3人の元いた場所は爆炎に晒され、地面がドロドロに溶解し赤熱している。そして黒い煙が巻き上がるのと共に、灼熱の空気が周囲に放たれる。


「さっき俺が食らったのは」


熱風を肌に感じながらユーが周囲を見渡す。そしてその視線は、先ほどまで乗っていた四輪駆動車に向けられた。


「車は無事か」


 そう呟きいてユーは視線を『長』へと移す。


『長』もまたユーに視線を向けていた。


「今のは一体……」


 アリスが尋ねる。アリスはすでに体勢を立て直し、マーガレットを抱きかかえていた。


「分からん。


 少なくとも、俺の知るホロ・オヴィスはこんな攻撃はしてこなかった」


そう言ってユーは、先ほどの攻撃の正体を探ろうと『長』の体を見渡した。


注意して見ると『長』の体毛にも異形のネズミであるボラッドが、複数体しがみついていた。体からあふれ出す蒸気によって見ずらいが、爆炎を放つ特徴な球体がまばらに視認できる。


ボラッドの1匹が、赤い蒸気に晒されながら『長』の額に張り付いていた。そして赤い球体の付いた長い尻尾を垂らし、その先端を『長』の口元に差し出している。


すると『長』はボラッドの尻尾を口に咥え、赤い球体ごと尻尾の先端をむしり取った。


「!?」


 そのまま『長』は口元を動かし咀嚼を続ける。


「なるほどな」


「うそ……」


 納得した様子でユーが呟く。反対にアリスは『長』の行動に驚いていた。


「ボラッドの爆球を咀嚼し、強靭な肺活量でもって撃ち出す。俺はあれを食らったのか。


 ……シンプルでわかりやすい。まるで火竜ワイバーンだな」


 ユーはそう呟くと『長』に向かってゆっくり歩き始めた。


「ちょっと、ユー!」


突然のユーの行動にアリスが驚く。


そのことばをユーは無視した。


ユーの動きに合わせて『長』も視線を動かしている。化け物の『長』とユースミス、両者を結ぶ直線、ユーはその線からアリスとマーガレットが外れるように歩みを進めている。


「わかってるよ。アリス……」


「ユー……」


「俺が間違っていた。『クエスト』を優先させるあまり、お前らの安全を考えるあまり、一番大切なことを見落としていた。


 ……お前たちの意思を無視していた。『クエスト』は、依頼者が自分でできないことを『プレイヤー』が代わりにする仕事。動機が何であれ依頼者は、自分の為に『クエスト』を貼る。


依頼者は、自分の願いを『クエスト』に託す。そうして彼らは自らの望む方向へと進む事ができるようになる」


「おにいちゃん……」


「これはあくまで理想としての話だがな。もちろん、依頼者はいちいちそんな事を考えてはいないだろう。


俺は間違っていた。『正しい方角』を」


ユーが動きを止めた。そしてアリスとマーガレットの方向へと振り向く。


「だから」


 アリスはユーの顔を見る。


「また俺を信じてくれよ。二人とも。


 もし失敗したら……俺も一緒に死んでやる!」


屈託のない笑みであった。溢れんばかりの笑顔を見せていた。初めてアリスたちが見る笑顔であった。


「ユー!」


 アリスがことばを投げかける。よくよく考えれば、ユーは途方もない事を言っていた。しかしその表情はどこか救われたものに見えた。


「おにいちゃん」


 唐突にマーガレットがことばを発した。


「どうした? マーガレット」


 ユーがマーガレットを見る。


「メグ……?」


 アリスもマーガレットに視線を向けた。


「あの……これ……」


 縮こまった様子でマーガレットがことばを続ける。そしてマーガレットは自分が着ている白のワンピース、その腹部のポケットから何かを取り出した。


それは合成繊維製の小さなポーチであった。ポーチには砂地用の迷彩柄が施されている。

マーガレットは、そのポーチをユーに向かって差し出していた。


「それは……『雷薬』のポーチか!?」


「……うん」


「どうしてメグが!?」


 あっけにとられた様子でユーがポーチを見る。予想だにしていなかったのかアリスも驚いていた。


二人の態度にマーガレットが申し訳なさそうにうつむく。


「これ……あのこわい人がお金になりそうって。だから、ついでに持っていろって。


 それで……言い出せなくって……」


「メグ……」


今にも泣きだしそうな表情でマーガレットが言った。


アリスもどうしていいのか分からない様子でマーガレットを見ていた。


「……マーガレット」


 ユーが静かに呟いた。


「あう……ごめんなさ……」


 消え入りそうな声でマーガレットが謝罪のことばを告げようとした。


「どうして謝る? むしろ礼を言いたいくらいだ。それがあれば、あの羊とも十分に戦える。


お前のおかげで希望が見えてきた。流れが変わるんだ。お前は何も悪い事なんてしていない。


……ありがとうな、メグ」


初めてユーがマーガレットを愛称で呼んだ。ユーは穏やかな笑みをマーガレットに向けていた。


「おにいちゃん……」



 ユーのことばにマーガレットが顔を上げる。


「さあ、そいつをよこしてくれ」


 ユーがマーガレットに向かって手を差し出した。


「わかった……!」


 マーガレットの表情がわずかに明るくなる。


「メグ……」


「いま、なげるよ……」


そう言ってマーガレットは両手でポーチをユーに向かって投げた。ポーチは綺麗な放物線を描きながらユーに向かって飛んで行く。


そしてユーがポーチを片手で受け止めた。


「助かる」


短くユーが礼を言った。


「さて……」


 ユーが再び『長』に向き直る。


遠くでは逃げ出した群れの化け物たちが、一団となって両者の様子を伺っていた。


彼らが戦いに介入する様子はない。


「状況が変わった。ようやくお前と満足に戦える」


『長』の目を見ながらユーが呟く。


「さあ……勝つぞ。それで町まで帰ろう」


『長』はすでに咀嚼を終えていた。


ユーもすでにポーチをチェストリグに装着し、『雷薬』のひとつを右手で握っていた。


羊の化け物、ホロ・オヴィス。その群れをまとめる『長』。


そして『長』に相対する少年、ユースミス。


――命を賭けた両者の戦いが始まった


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