2.この世界~過去から今~
2.この世界~過去から今~
実際、ダイアンの考えはかなりいい案だった。
「特別貴族」にするといえば絶対的立ち場である貴族も気にして様子見に来るだろう。特に下民は、今の先のない生活よりも国が補償する生活が提供されるというのには必ず食いつくだろう。
まあ、それを利用しようと偽者も釣れるだろうが、軽くテストや面接で振り落とせばいい。
そもそもの目的は、「化け物」討伐と身分差別をなくすことにある。偽者でも利用できるだけの強さがあれば問題ない。また、たとえ「選魂者」であっても老い先、永くない者は遠慮したい。
そのあたりをうまく考慮しながら、ダイアンとガジムら議会のメンバーは法律や新たな部隊の成立案などを計画していった。
新たな部隊の名、望ましい年齢、訓練場所、その他の「選魂者」に対する反応、利用の仕方、など。
立て続けに起きた問題を年単位で先読みをし、確実に潰す段算をする。全てがうまくいくとは限らないが、それでも数時間前よりはまともな案が出たのだ。始めは、ダイアンの単なる思い付きの一種での提案だったが、これなら3つの問題を同時進行で解決できると皆が悟った。
後から国王と王妃も参加して、恐るべきスピードで。次々と確定されていく。
国民、しいては人類の未来のために今回の案だけでなく、問題の全体的な改善をするために。
もはや、それは人類が確実に生き残るための壮大な計画だった。
3日3晩にも亘る過去最長の「ゴングレス」で決まったことはまさか、この世界の新たなる秩序の大本となることなど、当時の人々は思いにもよらなかっただろう。
かくして、ダイアンの案は可決し、1週間後に実施されることとなった。
これにより生まれた「選魂者」による「化け物」討伐部隊は後に「特選部隊」と呼ばれるようになる。
***
案の通った年から3年間は「選魂者の岐路」と呼ばれる時代となった。貴族になることを覚悟するか、しないか。元から貴族ならば戦うか、戦わないか。(騎士の家系なら1択だが、そうでない者の方が多かったのだ。)
「特選部隊」になるには20歳以下で簡単な読み書きと計算のテストと面接を受けるだけで、点が悪くても面接で気に入られれば合格できた。これらのテストは1年の中で前期と後期の2回にわかれ、それぞれから2部隊までの人数の上位成績者は即戦力になる。(貴族はまず落ちないだろう。)
「特選部隊」に入れた者には地獄のような訓練と栄光が待っていた。そうでない者には報われない生活か(貴族には)失脚になるほどの罪が待っていた。
「特選部隊」に入った貴族はその心意気に賞賛し、入らないうえ逆らう者にはいらぬ権力をなくし、牢屋などで管理してもらったわけである。
まさに「岐路」。運命の別れ道になった。
やがて、この3年間の間を生き抜いた最初の「特選部隊」は今ではほとんどが若手の専属教官(鬼教官)として訓練生を束ねる者になっていた。
しかし、すべてうまくいったようなこの計画も問題点がすぐに見つかった。
貴族になれるというのに思いのほか「特選部隊」に入る「選魂者」が少なかったのと、「特別貴族」が増えすぎて税金が髙くなる可能性が出たきたのだ。
「特別貴族」とは「化け物」討伐部隊のために作った身分で、実際の貴族と同じ権限を持つ者になることができるという制度である。地方貴族の協力を確実なものにし、討伐の成績ではボーナスを出すことも考えていたのだ。「特選部隊」に限らず、普通部隊の部隊長など、「化け物」を討伐する者のサポートのために作ったのだ。(もちろん、悪用すればすぐに剥奪される)
だが、これ以上貴族を増やすと国が管理しきれない、また「選魂者」の多くは下民だったためか、彼らは権力に疎かったため、貴族になれるといっても想像がつかなかったらしい。
そこで、数少ない応募者を成るだけ落とさないよう、テストと面接がダメでも、武道大会に優勝すれば「特選部隊」になれるという制度を作った。
この制度は数年かけてさらに改善され、「特選部隊」に入るには一部を除いて絶対参加とした。
その上、最初の「特選部隊」を除いて「特別貴族」になるのは隊長のみにし、成績によって人格テストを行い、「特別貴族」になれるようにした。
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そんな波乱な3年間が過ぎ、計画は第2段階に進んだ。
4年目からは国王夫妻に案で武道大会を自由参加で開催したのだ。(この後、武道大会は開催回数が数えられるようになる。)
また、「特選部隊」に入る者には、この大会の成績とテスト、面接の点数を合計したもので最優秀合格者による「主席、次席制度」も作り、「化け物」討伐意識の向上もはかった。
大会の自由参加はある程度の戦闘能力がある者は(「選魂者」に関係なく)即戦力となってもらうためである。
これを使って王国軍も勢力を増やし国民を「化け物」から確実に守るために、確実な戦力増強をはかった。国軍も人員が増えるだけでなく、人口の増加に合わせて各地人の住める場所を探すため調査を行うことを開始した。危険な場所が限定され始めた今、以前は調査を断念した場所も「特選部隊」なら調査が可能なのだ。
問題が解決し、新たに生まれることを繰り返し10年。
あとに残された問題は大きく分けて2つ。
身分制度に囚われた少数の腐敗貴族と人口爆発の前に立つ塞がる猛毒を吐く荒野である。
貴族の方は今、大人しくなっているが、嵐の前の静けさのようで怪しいこの上ない。
増え続ける人口は今住んでいる土地の水でギリギリの状態。
王となったダイアンは物憂げに王都を見下ろす。
少しずつ改善した政治も人口爆発で風前の灯だ。
はたして、暴動が起こるのが先か、希望や奇跡が先か。
眼下で今年の武道大会のために賑わう人々はそんな王の悩みなど何処吹く風のようだった。
そんな中、第10回の「特選部隊」の最優秀合格者である者たちは終わった世界の新たなる希望として伝説になることをまだ誰も知らない。
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王都から2千kほど伸びた中央道上に一人の少女が少ない荷物で「セントラル」に向かっいた。
歳は14、5くらいだろうか?長く漆黒の髪ゆるく編み、深い蒼をたたえた目はまっすぐ伸びる道を眺め、盗賊の出る可能性もある道を二輪車(前時代でいうバイク)に乗って。
しかし、たとえ盗賊がいても襲おうとすらしなかっただろう。
理由は風になびいている少女の首かかった銀のネックレス。「Unique MIZUKI」と刻まれていた。それは彼女ーーミズキが強者である証拠であり、これから行われる死闘とも呼べる武道大会に参加する権利を持つ者であると意味していた。
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第16回「王政議会」より13年がたった。今では「選魂者」は特別珍しい存在ではなくなっていた。
当初、予想していた部隊数よりも少なかったとはいえ「特選部隊」は実に6人編成が40部隊以上もの大規模な軍になっている。単純計算で50人の「選魂者」が特別貴族になったということだ。訓練に耐えられなかった者や元貴族もいるが貴族という身分は重要視されることのないようになった。
もちろん、「化け物」の討伐も面白いように毎年ごと戦績が伸びていった。人数が増えただけでなく戦士達の質も上がってきているのだ。被害は10年前より1/4にまでその数を減らしていた。ここまではダイアンらの計画はほぼ成功といえた。
しかし、そこに人口爆発により水危機が起きたのである。
大戦後、人類は汚染の少ない核を使わなかった島に逃げた。
かつては、大陸に近い島であったそこは千年たった今では大陸につながった半島になっている。
だが、その島は大戦では核を使わなかったとはいえ、放射物質が含まれた雨により一部、地下が広がっていた首都(のちの王都)などを除いて人が住める土地ではなくなっていた。
人類が生き残ったのも、広大な地下街と自動的に稼働していた浄水機に救われたのだ。浄水機は各地に点在しており、今も浄水機がなければ人類は簡単に滅びるだろう。
しかし、浄水機を作るには限度があり(当時の技術を再現できる者が少ないのだ)、浄水機から得られる水も限りがある。
また、住める場所(未だに降る放射物質が含まれた雨から身を守る場所)も地上には少ない。
では、地下に住むのか。人は太陽がないと生きていけないのにか?
この人口爆発には国を治める者たちはさんざん頭を悩ませた。しかし、突破案は未だなくここ数年では大陸に調査隊を送ることも検討した。だが、有益な情報もなく…。
悪循環であった。
もはや、水がないことが国民に知られているのではないかというほど(一部の人々は既に感づいている)事態は悪化していた。
最悪の場合を考慮しているが、上層部はそのほとんどの人が絶望していた。
今回の武道大会は期待するどころか、暴動が起きる可能性が高いと上層部の政治家の多くは思っていた。
しかし、彼らの考えは大きく裏切られることとなった。
***
二輪車を走らせていたミズキは無表情で徐にスピードを上げた。そんな彼女にぴったりと間隔を保ちながらついてくる一台の車。
(いや、車ではないな。)
ちらりとバックミラーを覗きながら観察する。
前時代でいう助手席付きバイクだろうか。助手席の一部しか見えなかったため、判断を間違えた。
今時珍しい。乗り物はそれだけで高価なものだ。自分のバイクは何度も直して使っているぶん不格好なところが多いが、後ろのバイクは真新しいものだった。
しかし、彼女の目に留まったのは乗り物ではなかった。助手席に乗っている少女。
歳も自分と近いだろうその少女は首にかかったネックレスをきつく握りしめていた。
そして、恐ろしい形相でこちらを睨んでいる。
そういえば、という感じで思い出す。大会前は参加者狩りなどと言うものがあったことを。
基本的これらのテストは不正することはできない。仮にも国の中枢である国軍に所属することになるのだ。試験後も入念な取り調べがあり、本当に王族の信頼を勝ち取るのはかなり難しい。
試験中は常に見張られ、少しでもそういった行為を取ろうとすれば、問答無用で攻撃される可能性が高い。例え試験官の勘違いであっても。故に試験での不正は自殺行為とされている。
しかし、それはテストしている間はという意味だ。
試験時間の規則に「特選部隊」の受験者は不正してはならないなどというルールはない。(つける必要もない。)ましてや、こういった会場に向かう途中で事故にあっても、受験者の都合などし知ったことではないのだ。
このあたりのルールがないのはおそらくわざとだろう。こういったことも含めてテストの内なのかなんなのか。
いずれにしても、試験中ではないこの時間に攻撃されても助けはない。
面倒くさそうに眉をひそめながら、またスピードを上げた。後ろにはついてきているが、気にせず王都に向かう。
今日中に入れるな。
そんなこと考えながら。
何よりも、
(仕事も終わるかな?)
それこそが、ミズキに取って今最も優先するべきことだったから。 続…
テスト期間中に何をしてんだとツッコミは無しの方向でお願いします<(_ _)>
2話です。ようやく説明が一段落して今(プロローグの数年後)につながっています。
機会があれば時間軸をまとめたいです。
お粗末様です。