あの青春をもう一度
話のネタに、青春時代なにしてた?と聞く人がいる。
私の青春といえば、そんなもの、一瞬で終わってしまった。
そもそも人生なんて短いものであるのだから、そのなかの一部分なんて本当にあっという間に終わってしまう。
世間一般が青春時代と定義付ける日々、それは学生時代といわれるものがほとんどであろう。
私の学生時代はほとんど勉強や漫画や本に費やしてしまった。それらの日々を後悔なんてしていない。そのなかで築いた友情もあるからだ。
しかし、時折思うのだ。あの短い日々、あの日あの時しかできなかった時代に、もう一歩踏み出すことができたら、今過ごしている日常とは違うものになったのだろうかと。
話をもとに戻そうか。
そんな地味な日々を送っていた私にも初恋というものは存在する。それは学生時代に存在し、それは私の最も輝いていた青春だったと言ってもよいだろう。しかし、それは一瞬で終わってしまった。これが恋だと気づいた気づいた時には相手に好きな人がいたという、よくあるパターンである。
常日頃何に対してもやる気も根気もない私は、相手を振り向かせてやるといった気力も自信も魅力もないため、あえなくその初恋は終了してしまった。
だからといってすぐに諦めきれるはずもなく、ただ相手を視界にいれないよう、他のことに没頭することにした。
その現実逃避の一つが読書であり、そのままそれが現在にも続く趣味となる。
まぁ、そうこうしている内にいつの間にか青春時代が終わってしまった、という青春時代を過ごした。そして現在に至る。
そして、今現在の私はというと居酒屋で合コン中である。
青春時代を過ぎたのち、暗黒時代に突入した私に彼氏なんてものができるはずもなく、社蓄時代に時代チェンジしたここ数年も仕事に追われていた。そんな私の老後を心配してくれた友人が今回飲み会という名の合同コンパに誘ってくれたのだ。
しかし本音を言わせてもらうと、最近は彼氏という存在を諦めており、本気で二次元は裏切らないと考えるレベルである私にとって、現実世界は苦痛でしかない。
かといって、数少ない友人の優しさを無下にはできず、現在目の前の相手から質問という名の尋問を受けている。
「松木ちゃん、お休みの日はなにしてるの?」
そう言って、この場で最も女性人気を集めているスーツ姿の男性は、その魅力の一つである爽やかな笑顔を振りまいて、私こと松木 郁に質問を行い続ける。
「えっと、本を読んでいることが多いです」
私が自分至上最高のはにかみ顔ー友人いわくひきつり顔ーで答えると
「いいね!文学女子!かわいいね!」
私の自分至上最高という言葉を嘲笑うかのように、キラキラな笑顔で答えてくれる人がいた。
「あ、ありがとうございます…」
いやいや、あなた社交辞令ってわかっていますから。可愛いって、この場でいってれば、なんとかなりますよね。わかりますわかります。わたしもかっこいいってあえば、なんとかなると思ってますから。
しかし、私の好みは可愛いを乱用せず時々忘れた頃にハニカミながら言ってくれる人なんです。だからもう私のことなんて放っておいてください。
しかしいくらそんなことを考えている私であろうとも、コミュニケーションは高くはないといえども、最低限の一般常識を兼ね備えているからには友人が幹事の飲み会で黙々と食べ続けるわけにはいかないことはわかっている。
そのため静かな内気女子がテーマをもとに、必要最低限の言葉を発し、笑顔で他人の話を聞いていた。質問返しという名の高度なテクニックを使えば、尋問は避けられ話を聞いていればすむのだ。
友人の視線が痛いけれども。この会が終了したあとの反省会を思うと怖い気持ちがあるけれども。
そんなこんなで、そろそろコース終盤のデザートがやって来るかと思う頃、それは突然やってきた。
「松木、さん…?」
ふと自分の名前を呼ばれて振り返ると、知っている顔より大人びた顔立ちをした男がいた。それはそうであろう。最後に会ったのが10年も以上も前であるのだから。
後ろには彼の友人であろう人たちが数人いた。
その後ろの顔に知り合いがいないことに少し安堵し、少しさみしさを感じたと同時に、この場にいたことを後悔した。
「え、佐竹くん…?」
彼は10代の学舎で同じ教室て授業を受けた元同級生であった。
「久しぶりだね。元気だった?会えて嬉しい」
中学校を卒業して以来会うことはなかったはずなのに、そんなことを気にもせず笑顔で話かけてくる。
「久しぶりだね…。元気そうだね。すごく偶然だね」
想像もつかなかった再会で、何を話してよいかもわからない私はひきつり顔で話返すしかない。
しかし、よくもまぁ10年以上会ってもない、ほとんど話したこともない同級生のことを覚えているものだ。
それは私にもいえるけれども。
「えと、お友達?邪魔してごめんね。でも、嬉しくて…」
そうやって、いつまで会話を続けるのか思うほど話を続ける元同級生。
昔から整っていた顔立ちが、歳を重ねて男らしい顔立ちになっているにも関わらず、相も変わらずその美貌は健在である。
「これは…今「合コン中なんで、ごめんねー!松木ちゃんと知り合い?」
返答に窮していた私の味方をしてくれるかのように、先ほどまで私に尋問していた男が言葉を被せてきた。
彼の方を振り返ると、それはそうだと納得した。
なぜなら、合コンに参加している女性の視線が、元同級生に向かっているのだから。
女性陣は元同級生の美貌に惹かれ、男性陣はその美貌を疎んでいた。
せっかくの出会いの場を一瞬にして、この元同級生に持っていってしまわれたのだから。
しかし、これは私にとっても好機である。なるべくならもうこれ以上関わりたくない、話したいとも思わない私は、黙ることとした。
なぜこんなにも私はこの元同級生を疎むかといえば、昔から彼のことが苦手だったからである。
そして彼のことが嫌いであり、一生好きにはならないと心のなかで誓っていた。
だから、空気を読んでさっさとお友達のところに戻ってくれ。お友達、気まずそうにしているぞ。
「え、松木さん、今彼氏いないの?」
そんな空気のなか、合コン参加者の言葉をスルーし、彼は私に輝いた笑顔を向けてそう言った。
「…なんでそんなに嬉しそうなの?」
「だって僕、松木さんのことが好きだったから。」
その言葉に、何でそんなことを彼が言うのだと強く思った。
そんな言葉、彼にだけは絶対に言われたくなかった。
彼は、私の初恋の君の友人であった。
その時、あの一瞬だけの青春時代の思い出が次々によみがえってきた。
普段ほとんど表情を変えない初恋の相手の笑顔。その笑顔をずっと見ていたいと思ったとき、彼を目で追っていると気付いてしまったのだ。
それは、今現在目の前にいる彼に対してはいつもいつでも笑顔だった。そして、その表情や動作から気付いてしまった。
そう、好きな人が好きだった人は目の前の男だったのだ。
終わった初恋のはずなのに、もう忘れていたはずなのに、急に当時の気持ちを、強い怒りを思いだした。その怒りをそのまま相手にぶつけてしまったが、止められない。
「そんなこと、あるわけないじゃん!佐竹くん、鳴海くんと付き合ってたでしょ!」
ちなみに鳴海とは、初恋の君のことである。
「は?そんなことあるわけないじゃん!」
元同級生は慌てふためくようにそう言った。
しかし、そんな言葉は信じることができない。
「そんなことないわけがない!あのときの鳴海君は、佐竹君の前でしか笑わなかった!あの光悦な表情は佐竹くんと話してる時だけしか見れなかったんだもん!佐竹君も話してるときはすごく楽しそうだった!二人とも、お互いが特別って顔をしてた!」
「あいつは、昔からあんなんで…。違うから!向こうも僕も恋愛対象じゃないよ!?信じてよ!僕が好きだったのは松木さんだよ!?」
あいつは今もあんな感じなのは変わらねーけどな、と彼の友人がぼそりと言うがそんなことが耳に入るはずもなく。
「いや、そんなことはない。嘘でしょ?もう、いいから。私何も思わないから。だから、もう、あっちいって。邪魔しないで。」
偶然再会して、突然何を言い出すのかというのかとおもったら、本当に意味がわからなかった。
ああ、普段大きな声を出さない私がこんなことしてるのに、友人が驚いている。なんて説明したらいいのやら。
「もう!どうしたら信じてくれるんだよ!」
「じゃあ、私にキスの1つや2つしてみてみなさいよ!そんなこと、できるわけ…」
売り言葉に買い言葉の勢いで返事をすると、突然柔らかいものが口に触れた。と同時に目の前に彼の顔が目の前にあった。
…は?
「信じてくれた?」
彼は笑顔で言ってのけた。同じ合コンに参加している女たちは笑顔でキャーっと高い悲鳴をあげ、男たちは唖然としている。彼の知り合いに至っては顔をひきつらせておりドン引きしていることがよく分かる。
何が何やらで訳もわからず、とりあえずこの場をこの状況を引き起こした彼に怒りを感じ、動いた拳を止めることなく相手の頬にぶちのめした後、すぐに店をでた。
いくら自分が口に出したこととはいえ、本当にそんなことをするとは思ってもいなかった。
元同級生とはいえ、現在他人である人間に対しこんなことをするなんて非常識極まりないと、自分の非は棚にあげ彼に対しての怒りで頭がいっぱいだった。
もう二度と会うことはない。そう思っていた。
今度こそ逃がさないよ。
そんなことを彼が呟いているなんて知りもせず、私はただ帰り道を急いだ。
自分が合コンに参加していたことも忘れて。
「あの、怒った顔…。いい!」
そして一人の変態を作り出したことも知らずに走っていた。
2016年5月1日 編集済。題名も変更しています。