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ある晴れた日に

作者: Anook

私はこの時、修学旅行で沖縄を訪れた時のことを思い出した。


あれは確か、午前中のことであった。生徒たちは沖縄県の糸満市にある「ひめゆりの塔」を訪れた。事前の総合学習の折、歴史教員のAより「ひめゆり隊」に関する説明があった。ひめゆり隊とはかつて旧日本軍に同行した女学隊のことで、彼女たちはみな悲惨な最期を遂げた。


「かつて日本軍国主義は殺戮と暴虐の限りを尽くし、隣国である中国、韓国の人民に多大な苦痛を被らせた。その『日本軍国主義』の最後の犠牲となったのがこのひめゆり女学隊の人達なのです。」


そのひめゆり隊の慰霊のために建てられた追悼施設、それが「ひめゆりの塔」である。


今でも忘れない。


「ひめゆりの塔」の平和祈念資料館の中は悲しみが濃霧のように漂っていて、それは後にも先にも体験したことのない、言葉を封じられたような胸苦しい雰囲気であった。当時の手記には「息をするのも辛かった」とある。


生徒たちはひめゆり隊一人ひとりのパネルをながめながら点字をなぞるように手記の記述を追い駆けていた。すすり泣きの声があちこちから聞こえてきた。


そして、僕が次の展示コーナーに移ろうとした時だった。背後から数人の男子生徒の話声が聞こえてきた。

「五十点、いや六十点かな?」

「は? 何言ってんの? ただのおかっぱブスじゃねえかよ。こんなんでオナニーできるわけねえだろ。」

「オカズにもなんねえよ」

「マジ無理。俺ぜってえ勃たねえ自信あるし」

「にしてもひっでえブスばっかだな」

「ほんとだよ。金もらってもやりたくねえよ」

どうやら、彼らはひめゆり隊のパネルをながめながら、一枚一枚点数を付けあっているようだった。それだけではなかった。


その次の瞬間、罰当たりな「品評会」をやっていた彼らの背後を、新米の歴史教員が何ごともなかったかのように通り過ぎて行った。その歴史教員こそ、事前の総合学習の際に「ひめゆり隊の悲劇」を口角泡を飛ばしながら生徒に力説していたあの張本人、Aである。

教員Aは彼らに一瞥をくれるだけで、呼び止めることも注意することも激昂することもなく、ただその場を立ち去った。

あの時の僕は彼らと同じ空間にいることが罪であるかのように思われ、ただその場を離れることにした。だが、今にして思えば、あの時の私とその教員との間に、それほどの大きな差はなかったように感じる。


そのあと、お昼になった。生徒たちは近くの波止場に移動して昼食を取ることになった。生徒たちが日陰に座って唐揚げ弁当を食べていると、迷彩服を着た二人組のアメリカ人海兵隊員が意気揚々と連絡船のタラップを降りてきた。


それを見た生徒たちは、まるでお忍びの芸能人でも見つけたかのように一目散に彼らの許に駆け寄って行った。そしてある者は覚えたてのアメリカ語で海兵隊員に話しかけ、ある者は隊員の屈強な二の腕にぶら下がって記念写真を撮り、ある者はなぜか生徒手帳を出してサインをねだり始めた。すっかり気を良くした二人のアメリカ人海兵隊員は胸ポケットから飴玉を取り出し、従順な日本の子供たちに配り始めた。


やがて二人組の海兵隊員はライフル銃を丁寧に縁石に寝かせ、その隣にどかっと腰を下ろした。生徒たちがすぐさまその周りを車座になるように取り囲んだ。


そこにさっきの新米の歴史教員Aがあらわれた。何をするのかと思えば、彼はぺこぺこと不必要に何度も頭を下げながら、海兵隊の二人に余っていた弁当を差し出した。二人は陽気に右手をあげてそれを受け取った。海兵隊員は脂ぎった手を何度も何度も地面に擦りつけながらむしゃむしゃと弁当をむさぼり始めた。


僕は一人、その輪の中に加わることができずに、その様子を木陰の下から眺めていた。船は舷側(げんそく)で静かに波と戯れながら、ゆっくりと浮き沈みを繰り返していた。


前日、

「戦闘機がうっせえなあ」

「米軍機を叩き潰してくれる! ここは日本なんだ!」

「あいつらを追い出してやる」

と語り合った仲間たちにあっさりと裏切られ、僕はいつのまにか一人ぼっちになってしまった。沖縄とはいえ、一人で受ける十月の風は冷たくとても厳しかったことを今でも覚えている。


僕はあの時の光景のなかに最悪なものを見る。


まるで、身の潔白を証明するかのように必死に自己を卑下して見せる日本人A。そして何より、それをただ眺めているだけの自分。そんな群から離れた一匹の<サル>を見てゲラゲラと笑う海兵隊員が二人。


だが、彼らの笑顔を見ているとなぜだか善行を積んだような気持ちになるから不思議である。欧米人とお近付きになれたような気がして心が浮かれる。文明の階梯(かいてい)に手をかけているというのは何とも心地がいい。彼らと一緒になって日本人のことを馬鹿にしたくなる。そして彼らの悪事には目をつぶりたくなってしまう。


ちきしょう、これが僕らの抱えているあらゆる宿唖(しゅくあ)の根源なのだ。悪いのはアメリカでもアメリカ人でもない。悪いのは……なのだ。


僕は意識を現在に切り替えた。

あの日以来、戦闘機の轟音を聞く度に沖縄でのあの出来事を思い出す。

今私の住んでいる高幡不動は東京の日野市にある。日野市のすぐ近くには福生市があり、その福生市にはあの米軍横田基地があり、その米軍横田基地には戦後、日本の電波法が適用されない、在日米軍用のラジオ局、AFN東京の収録スタジオが置かれた。

そして福生市は現在、市の三割にも及ぶ広大な土地が米軍基地として使われていて、これは数字「だけ」で見れば沖縄を上回るという。



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