この惑星の人々は
他にも色々SF(少しふしぎ)なネタを散りばめてますが、直接的な単語はいってないし、キャラも出てないからセーフだよね…?でもアウトなら教えて下さい。
どうしよう、と私は呟いた。
どうしよう、どうしたらいいんでしょう。
いつもの私なら、困った時にどうすればいいかなんて考えたりはしなかった。上官に報告さえすれば、すぐに答えはでてくるからだ。あれをしろ、これをしろ。不具合があったり、調査結果が台無しになっても、次はこうしろ、ああすればいい。そんな風にすぐに指示が下って、『どうすればいい?』なんて考えもしなかった。指示をされ、任務をこなすことこそが私というモノの在り様だったからだ。
でもダメだ。もうその手は永遠に使えなくなってしまった。
だって私というモノは、『わたし』という人間(前世)をとりもどしてしまったので。
【この惑星の人々は】
まず、どこから整理すればいいだろうか。
前世の記憶と、私というモノの存在が混乱して思考が上手くまとまらない。……否、実は言うと1から自分の考えを組み立てるということ自体初めてなので、なにがなにやら全くわからない。
――そうだ。ここはこの惑星の人々を見習って、とりあえず、私というモノの自己紹介からはじめよう。
私、現地名:高野エリ(仮名)は、宇宙星間連合軍第204部隊調査団の第32班に所属する下っ端軍人だ。私の生まれはサバ系ベリースだが、成人してから故郷の星に帰ったことはない。宇宙暦41977から今に至るまで、宇宙のありとあらゆる星を上官のいうまま飛び回り、調査して報告するのが私の仕事だった。
そして今回、上から下ったのがこの仕事。アルファ星域、テラ系惑星、ヴィーラ……もとい、現地語で銀河太陽系第三惑星地球の、日本。ここで現地人の生態を調査する――特に、恋愛感情というものについて。と、いうのが今回の私の仕事だった。
……ここまでは間違っていない。間違っていないはずだ。
私は今日、無事勤務地へと着陸し、目的の青恋学園へ生徒の一人として潜り込んだ。
入学式と呼ばれるこの惑星独特の儀式を経て、ホームルームというモノで、生徒一人一人の自己紹介を受けた。そこまではデータベースと全く変わりなく、全てはつつがなく過ぎた。問題だったのはここからだ。
「赤森中学校から来ました、音瀬夢花です。趣味は音楽と読書。この高校の合唱部に憧れて入学してきました。どうぞ皆さん仲良くしてください。よろしくお願いします」
小さな頭を精一杯下げて、微笑む女に私は目を奪われた。
心が動かされたからではない。そもそもサバ系は感情というものが希薄で、あるのかどうかさえ謎と言われている。
私は、その女のその声、その姿をみたとき、強烈な衝撃を受けた。例えるならミゼルに正面衝突したような……ああ、違う。現地語に変換するとクルマというのだったか。そう、車にぶつかったような衝撃だ。
私は女を知っている!私はこの場面をみたことがある!今ではなく、昔でもなく、私と違う『わたし』の、ずっと違う時の中で!
そして私はフラッシュバック、というものを体験した。
私の脳裏に次々と現れる、ある一人の女の一生。……それは私の前世の記憶というものだった。前世の私(以下『わたし』と記述する)の記憶から判断したものなので、まこと前世かどうかさだかではないが、考えられる可能性の中で、一番相当だと思われるものがそれしかのこらなかった。
なんと私の前世は、この辺境の惑星で生まれ、生きて死んだ平行世界の女だったのだ!
サバ系ベリース人の特徴である、星一倍優れた情報処理能力がその結果を打ち出し、私は驚いた。もっと正確に言おう。驚いていることに驚いた。
心臓がばくばくと通常の2倍近くの速さで鼓動し、手にはうっすらと汗をかいていた。感じたことのないしびれのような感覚が私を支配し、その場から指一本動かせない。
これが――感情。これが、人というもの。
この惑星の人々は、いつもこのような衝撃の濁流の中で、日々を過ごしているのだろうか?『わたし』もそうだったが、なんて頑丈な人々なのだろう。私ときたら、倒れそうになるのをこらえるのが精一杯だ。
おかげで、その後ホームルームがどうなったのか覚えていない。ベリース人の優れた記憶能力も、感情の前では霞むらしい。初めての失態に私は重い石を呑みこんだような不快な“感情”に襲われてしばらく立ち往生した。
――閑話休題。私に関する話題はこれまでとしよう。
ここまではただの前置きだ。本題はここからである。
正直私の“感情”のままにいうと、これからの任務をすっとばして、この身に生まれた感情のままに泣いたり、笑ったり、怒ったりと新たな世界へ踏み出したいのだが、私はこれでも誉れあるベリース人のはしくれ、任務は放棄できない。
ああ、これが「もどかしい」という気持ちだろうか?前任者が突然「缶コーヒーを買い忘れていた!」と言って失踪した時は、他星人は理解できない、論理構成能力から任務への責任感まで全て欠けている、感情などろくなものではない、と思ったが、今ならその気持ちもわかる。私も缶コーヒーでも飲んで、このもやもやした気持ちを一新させたいものだ。
…まぁ、いい。感情を体験することなら、やろうと思えばどこでもできる。『わたし』の記憶が私にそう告げている。それに今回の仕事場はそれにぴったりなロケーションなのである。
なぜなら『青恋学園』は、『わたし』の世界で乙女ゲームという遊戯の舞台として作られた、元は虚構の世界の産物なのだから。
ついでに、私が『わたし』を平行世界の女と断定したのも、これが理由の一つである。なんと私が今生きているこの世界は、『わたし』から観測することのできる、虚構の世界だったらしい。
これについては、私はそれほど衝撃をうけなかった。このような事象は他の惑星の調査でも確認されたことがある。ある惑星の調査では、観測者1が観測者2を観測し、観測者2が観測者3を観測し……というような、「世界は入れ子式になっているのではないか?」という疑念を持たせる箱庭式宇宙定理まで発見された。
まぁ、どうでもいいことだ。宇宙の真実なんぞ、いちベリース人たる私の任務にさして関係ないので。
重要なのは、私がこの世界の未来の記憶ともいえる遊戯の記憶、乙女ゲーム「いとしあなたに捧げる愛歌~星空に降るキセキの響き~」略して「いとうた」のあらすじを覚えているということである。
冒頭で紹介した、『わたし』を思い出させてくれた少女・音瀬夢花はその遊戯のヒロインだった。ヒロイン――つまり、物語の主人公であり、これから起こるであろう騒動の中心人物である。
さて、ここでもう一度私の任務について思い出しておくとしよう。私の任務は地球の調査。特に、地球人の感情、恋愛感情への調査である。
乙女ゲームというものの、概略を示すとこうなると『わたし』は言っている。曰く――平凡といいつつも実はそれなりに美少女の女の子が、イケメン共を囲ってウハウハするゲーム、と。
…………?イケメン?ウハウハ?
うぅん、まだ現地語の脳内翻訳が終わってないらしい。変換ミスが混じっている。
と、とにかく、この惑星の人々がする乙女ゲームという遊戯は、少女達が疑似恋愛を楽しむために行うモノらしい。ただし、相手は二次のイケメンに限る……?
イケメンとはなんだろう?三次のリア充は爆発する、と『わたし』による注釈が残っているが……よくわからない。
ベリース人の記憶能力は完璧だが、感情と前世という特殊なものの前ではそうもいかないようだ。これもこれからの調査でおいおいわかっていくだろう。私が言いたいのは、『わたし』の記憶と、今回の調査地を考慮すると、このたびの任務はいつになく完成度の高いものになると期待される、ということだ。
故に、私がこれからとるべき行動は一つだ――音瀬夢花と行動を共にし、地球人の恋愛感情誘発のための積極的な調査、そしてできるならば……私もそれを体験する!
これこそ完璧な布陣。この地では一石二鳥というのだったか?ああ、こうやって整理してみると、何も焦ることなどなかった。全ては順調に進んでいる――ただ一つ、私だけが感情という新たな成果を先に得てしまっただけだ。
長い調査生活の中でも報酬を先に手にするのは初めてだ。胸がすぅっと軽くなった気がする。これは“嬉しい”という感情だろうか?まるで重力を感じなくなったみたいだ。
感情とはこうも忙しないものなのか。だが、嗚呼。なんて素晴らしい感覚なのだろう。
これからも度々こうして、感情記録をつけていくとしよう。これが私の初めの記録だ。
宇宙暦5093.4
現地時間2014/04/02/01:00
高野エリ