第4話
ユーリスが次に目を覚ましてみたものは、見慣れた自室の天井でした。
「…………」
まるで夢だったような気もしますが、それが夢でないことを、傍らに椅子を寄せて転寝する愛しの妹をみて実感しました。
なぜなら、ユーリスの右の眼窩には、眼が無いからです。
片目になったせいでうまく距離を掴めないユーリスは、そっと撫でようとしたリヴィアンの髪に、少し勢いよく触ってしましました。
その感触に目を覚ましたリヴィアンは、兄の姿を確認した途端に、花の綻ぶ様な、満面の笑顔になりました。
そんなリヴィアンを見て、ユーリスは生きていてよかったと思うのでした。
あの、暗くて冷たい空間で下へ下へと落ちていく中、右目が燃えるように熱く感じ始めて少し経った頃。
頭上にほのかな光がみえて、淡く輝く光が体を包みました。
そして、どこからともなく声が聞こえました。
“貴方は生きることを望みますか?”
――――――僕が生きることでリヴィが傷つくのなら、僕は生きることを望まない。
“リヴィアンは貴方は死ぬことで傷ついて泣いています”
“それでも貴方は死ぬことを望みますか?”
――――――僕が生きることでリヴィが死なないのなら。
――――――僕が死ぬことでリヴィが泣くのなら、僕は生きることを望む。
“貴方が生き返るとき、その右目は失われているでしょう”
“それでも貴方は生きることを望みますか?”
――――――僕の右目が失われたのを見てリヴィが傷つくのなら、僕は死ぬことを望む。
“……貴方は、貴方が死ぬよりも深く、貴方の右目が失われたことにリヴィアンが傷つくと思うのですか”
ユーリスは、今思い出してみるとあの声の主は、あの祓魔師だったのか、と思いました。
あの、ユーリスとリヴィアンを助けてくれた祓魔師がいうには、ユーリスの右目はもう悪魔に食べられていたそうでした。
後から聞いた話ですが、あのあとすぐに気を失ったユーリスを見てリヴィアンが泣き出してしまったそうで。
困った祓魔師、ラースは、目の前の悪魔の身体を完膚無さまでに消滅させ、ユーリスを兄妹の家まで運び込んだそうです。
そんなラースが言うには、ユーリスとリヴィアンは家系的にあの悪魔に呪われていたそうです。
そして、そんな二人の前にエクソシストであるラースが現れたことも、偶然ではないと。
そもそもの元凶は、数千年前に兄妹の先祖、ケイスがあの悪魔に呪いをかけられたことが全ての始まりでした。
そして、そんなケイスが悪魔に襲われているところを守ったのが、ラースの先祖、メアリアだったのです。
祓魔師のメアリアは、ケイスを狙う悪魔を退くことはできましたが、悪魔の呪いを消し去ることはできませんでした。
そこで、ケイスとメアリアは話し合って、一つの約束を交わしました。
それが、ケイスが悪魔に呪われた事実を記憶として受け継ぐ子孫が、悪魔に呪われた事実を記憶から消したケイスの子孫を守る、と言うものでした。
この話を聞いたとき、ユーリスはラースに、どうしてケイスは記憶を消したのか、と聞きました。
もしもまた悪魔に襲われた時、何も知識が無ければ危ないと考えたからです。
それにたいしてラースは、そんなのご先祖様に聞いてくれ、と言いました。
しかし、しばらくして彼は、あの絵本の意味を教えてくれたのでした。
今回兄妹がお手本とした絵本は、やはりただの絵空事ではありませんでした。
悪魔に呪われたという事実は、ケイスの心を、ゆっくりと、でも確実に壊していきました。
今はまだ大丈夫でも、もしかしたら明日には死ぬかもしれない、という不安を、ケイスは捨てることができなかったのです。
そこで、これ以上は見ていられないと、ケイスと話し合い、メアリアはケイスの記憶から悪魔の呪いを消し去りました。
そうしてすべてを忘れてしまったケイスとその子孫が、それでも危険に陥った時、メアリアは、自分たちが守られている、ということを伝えるために、絵本と言う形で事実を描いたのでした。
記憶を受け継ぐラースは、もちろんすべてを知っていましたが、兄妹には絵本についてしか伝えていません。
なぜなら、メアリアがケイスを守ったのは、仕事だったからではないく、メアリアにとってケイスが大事な親友だったからです。
大事な親友の為に尽力したメアリアは、結局自分の手で悪魔を消し去ることはできませんでしたが、時を追うごとに蓄積していく記憶と知識で、確実に悪魔を弱らせ、ついには完全に退治することが出来ました。
ラースは、メアリアやケイスを想い、目の前のユーリスとリヴィアンを想いました。
大事な人を守りたい。
そういう感情は、他人がどうこうするものでもありません。
ましてやユーリスとリヴィアンはもう、知っているのですから。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
次はあとがきです。
訂正しました。ご指摘ありがとうございます。




