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第3話

 

『選べないのなら、どちらも食うぞ』

 

 すこしの間は様子をうかがっていた悪魔は、何も反応しないユーリスにしびれを切らして兄妹に一歩近付きました。

 

 それに対してリヴィアンが悲鳴をあげそうになったとき。

 

 

「悪魔、妹には手をだすな。食べるなら僕を食え」

 

 

 ユーリスが、背中にしがみついているリヴィアンの手をふりほどいて前に出ました。

 

 

『ほぅ』

 

 

「兄さま!」

 

 

 悪魔はいかにも愉しそうに目をほそめ、リヴィアンはユーリスを止めようと叫びます。

 

 

「兄さま!何を言うの、おねがい、止めて!」

 

 

 リヴィアンは兄を引き戻そうとしましたが、なぜか足が動きませんでした。

 驚いて足元を見てみると、暗くて分かりにくいですが、そこには魔法陣が描かれていました。

 動けない原因はこれのようです。

 

 

『小娘はそこでおとなしくしていろ、生き延びたければなぁ?』

 

 

 魔法陣は悪魔の仕業のようです。

 

 悪魔がリヴィアンにわらいかけます。にたぁとした、いやなわらい方でした。

 

 それに対して、リヴィアンは今度は気丈にも睨み返しました。さっきまでは兄の背中で怯えていましたが、今はそんな場合ではありません。

 両親がなくなっているかもしれない今、ユーリスはリヴィアンの唯一の家族なのです。

 そしてなにより、リヴィアンはユーリスが好きなのです。

 このまま食べられるのを黙って見てはいられません。

 

 リヴィアンは、足が動かないままでも、懸命に呼びかけます。

 

 

「兄さま行かないで!わたし、兄さまがいなくちゃ生きていても仕方がないの」

 

「リヴィ」

 

「それに、兄さまがおっしゃったのよ?絵本では2人とも食べられてしまうって。だから行かないで!おにいさまぁ!!」

 

「リヴィアン」

 

「っ!!」

 

 

 ユーリスが、妹の名前を最後に呼んだのはいつのことだったでしょう。

 いつも“リヴィ”と可愛がる兄が、妹を“リヴィアン”と呼んだのは。

 

 リヴィアンは、ユーリスがもう、決心を覆さないことを悟ってしまいました。

 

 そして、そんな兄に、一体これ以上何を言えばよいのでしょう。

 

 

 リヴィアンには、何もいうことが出来ませんでした。

 

 

 

 

 

 

 リヴィアンの声を聞きながらも、一歩、また一歩と進んでいくユーリスが、悪魔と妹の真ん中に来たとき。

 ユーリスが“リヴィアン”と呼んだ意味をリヴィが悟った時。

 

 一度だけ足を止めて振り返りました。

 ずっと背中に隠していた、わが妹の顔をみるために。

 

 

 そして。

 

 

「愛してるよ。僕のリヴィ」

 

 

 その瞬間、悪魔の影が大きく膨れ上がって、ユーリスを包み込んでしまいました。

 

 

 

「いやあぁああぁぁぁぁああ!!」

 

 

 

 リヴィアンの悲痛な叫び声が教会中に響き渡りました。

 

 

 

 

 

 

 後ろから、黒い何かに包まれた瞬間に、あぁ、僕は悪魔に食べられたんだな、とユーリスは思いました。

 

 それからは、暗くて冷たい、この世のどこでもないような、ふしぎな空間に漂っている様でした。

 ゆっくりと下に堕ちながら、上の方から愛しい妹の悲鳴が聞こえたような気がします。

 

 

 リヴィは、僕のことを悲しんでくれているのだろうか。  

 

 

 目を開けていても、閉じているのと同じくらい真っ黒な世界で、兄が願うのは、ただただ妹の幸せだけなのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 兄の姿が目の前から消えた、その事実は、リヴィアンには許容しがたい事実でした。

 喉から出るのは意味を成さない悲鳴ばかり。

 

 ショックのあまり、リヴィアンから兄を奪った悪魔が、自身にも手を伸ばしているとこにも気づきませんでした。

 

 目を瞑って膝を抱えて泣き叫ぶリヴィアンに、悪魔の手が触れようとしたとき。

 

 悪魔は突然、悲鳴を上げながら床を転げまわりだしました。

 

 相変わらず頭に直接響いてくる声に、リヴィアンは驚いて伏せていた顔を上げてみると、さらに驚かされました。

 なんと、悪魔を挟んだリヴィアンの正面に、教会にくる途中の森の家にいた青年がいたのです。

 

 

「やぁ、可愛いお嬢さん。怪我は無いかい?」

 

「は、はい」

 

 

 

 

 あまりに場違いな青年の声音に、つい返事をしてしまいました。

 しかし、すぐに今の状況を思い返して、必死の思いで訴えかけます。

 

 

「わたしにケガはありませんが、お兄様が悪魔にたべられてしまったの!お願い、お兄様を取り戻して!」

 

 

 勝手なお願いなのはリヴィアンも承知ですが、いま頼れるのは青年ただ一人でした。

 そして青年も、そんなリヴィアンに気を悪くするどころか、むしろ笑顔で答えます。

 

 

「任せておいて。君の大切なお兄さんは、俺が取り戻してみせるから」

 

 

 

 

 

 

『おのれぇ……まぁたオレの邪魔をする気か』

 

「!!」

 

 

 青年の自信に、もしかしたら本当に悪魔をたおしてくれるかもしれないと思い始めたリヴィアンでしたが、いつのまにか立ち上がっていた悪魔をみたら、やはり無理なように思えます。

 

 

「なんだ。まだそこにいたの?相変わらずお前もしつこいな」

 

『しつこいのはお前だろうに……いつもいつもいい所で現れやがって』

 

「そりゃあ、可愛い女の子がお前なんかに食べられるのを黙って見ていられるほど、人間が腐ってないんだ」

 

「え?あの、……ひぃ」

 

 

 青年と悪魔がまるで昔からの知人のように会話をしていて、リヴィアンはびっくりしてしまい、ついつい口を挟んで2人の視線が一身に向けられました。

 リヴィアンは、悪魔の視線が恐ろしくて後ずさりをしてしまいます。

 

 

『ちょっと。お嬢さんが怖がるから見ないでよ。もうお前邪魔だから、彼女の大事な人をおいていなくなれ』

 

 

 青年は、最初はため息交じりに、後半からは冷たく低い声で悪魔に言うのと同時に、腕を振り上げました。

 

 リヴィアンにはよく見えませんでしたが、どうやら何かを投げたようでした。

 

 青年の投げたものは、液体の入ったガラスの小瓶だったようで、悪魔の身体に触れた途端にガラスはこなごなに砕け散りました。

 そうして中身が悪魔にかかると、先ほどよりもさらに大きな悲鳴を上げて悪魔はもがき苦しみました。

 

 そんな悪魔に青年は更に何かを投げつけます。

 小さな十字架クロスのようでしたが、縦棒の下の部分がとがっています。それが投げつけられた悪魔の頭の、眉間の真ん中に、ストン、と刺さった瞬間。

 

 

 悪魔はもうそれ以上、動きませんでした。

 

 

 

 

 

 

 本当に、青年は悪魔を倒してしまいました。

 しかし、兄は、ユーリスは悪魔に食われたままです。

 

 

 もしかしたら、悪魔を倒してもユーリスはかえってこないのかもしてない。

 

 

 嫌な考えにリヴィアンが顔色を無くしていると、青年は手のひらを彼女にむけて、待って、と伝え、動かないままの悪魔に歩み寄りました。

 

 一体何をするつもりなのか。

 

 そう尋ねようとしたとき。

 

 

「!!」

 

 

 なんと。

 

 悪魔を仰向けに倒した青年は、その腹へと右手を突っ込んだのです。

 

 ずぶずぶと深くまで、青年は肩口まで腹に突っ込むと、今度はゆっくりと、そして何か呪文のようなものを唱えながら腕を引き抜いていきます。

 

 それが悪魔の体液なのか、青年の腕はどろっとした黒い液体をまとっていました。

 肩口から始まり、二の腕、肘と、どんどん抜いてゆきます。

 

 手首が現れようとしたあたりで、悪魔の身体に足をかけた青年は、のこりを一気に引き抜きました。

 

 なんということでしょう。

 青年の手には、同じく黒い液体まみれになりながらも、しっかりと息をしているユーリスがいました。

 

 

「おにいさま!」

 

 

 リヴィアンは夢中でかけよります。

 

 急激に息を吸ったせいで、ゲホゲホと肩で息をしていますが、ユーリスは確かに生きていました。

 

 リヴィアンは嬉しさのあまりに、服が汚れるのなど気にせずに、最愛の兄に抱き着きました。

 

 

「げほ………リヴィ?」

 

 

 ユーリスまでもが予期していなかった再開に、リヴィアンは、人生で最高の満面の笑顔で、 

 

 

「はい!」

 

 

 と答えました。

訂正しました。ご指摘ありがとうございます。

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