第2話
「ごめんください。神父様、いらっしゃいますか?」
夕日であかくもえる教会にユーリスの声がひびきます。
日が暮れはじめて、あたりが真っ赤に染まりだしたころ。
なんとか教会にたどりついた2人は、おおきな木のとびらをあけました。
こどもの力では重たすぎるそれに、からだがはいるだけの隙間をつくって滑りこみました。
教会のなかはいつもとおなじで見慣れた風景のはずなのですが、なんだか今日はこころなしか薄暗くかんじられました。
「神父様ー?いらっしゃらないのですか?」
リヴィアンも、ユーリスを真似て呼びかけます。
なかなか出てこない神父様に、2人は様子を見に行くことにしました。
教会の奥に、簡易なベットがあって、何かあった時はそこで休めるようになっているので、もしかしたらそこにいるかもしれないと考えたからです。
広い教会に所狭しと並んだ長椅子の、真ん中の通路を通ってまっすぐに進みます。
夕暮れに入って日は赤く燃えて、ステンドグラスから注ぐ光が、まるで本当に燃えているように思うほどに真っ赤でした。
リヴィアンは少し心細くなったのか、ユーリスの腕にしがみついています。
2人が、礼拝堂の大きな十字架に向かうカーペットの半分まで来たところで、長椅子の最前列に、神父様が座っているのを見つけました。
「神父様!」
2人は神父様のもとに駆け寄ります。
神父様はどうやら眠っているようでした。
兄妹が近づいても起きそうにありません。
仕方がないので、ユーリスは神父様の肩に手を当てて身体を揺すります。
「……神父様?」
いくら揺すっても起きません。
リヴィアンも声をかけていますが、そちらにも反応がありません。
まるで死んでいるような、深い眠りについているようです。
「っ神父様!」
「リヴィ落ち着いて?大丈夫、よく見て。ほら、神父様はきちんと息をしているだろう」
「………はい」
不安の色を隠せないリヴィアンの手を握ってあげますが、ユーリスさえ、なんだか不安になってしまいます。
もし、神父様が眠っているだけでなかったら。
そうなった理由は僕らにあるのではないか。
僕らが頼ったから、神父様は―――――。
ユーリスは頭を振って、嫌な考えを振り払おうとしました。
その時です。
コンコン、と教会の扉が叩かれる音が聞こえました。
もう日も落ちてきて、暗くなりだしたこの時間に、です。
どうにも後ろ向きな考えばかりが浮かんでくるユーリスは、そこで気が付きました。
悪魔が来るのは“3日目”。
そう、“三日後”ではないことに。
今日が終われば、悪魔から手紙が届いてから三日目の朝。
つまり、悪魔は、これから12時を過ぎたらいつでもくる可能性があるということなのです。
もしかしたら、今も扉を叩き続けているのは、悪魔かもしれない。
そう思いたったら、居てもたってもいられません。
「リヴィ……」
「はい」
「リヴィ、急いで聖水とクロスを探そう。神父様は起きないし、自分たちで見つけないと」
「はい、兄さま」
ノックの音にすこし不安になり始めたリヴィアンは、何もないときに神父様が休むための、小部屋へと向かう兄の背中を追いました。
そして兄妹は気が付きませんでした。
その間中、ずっと扉を叩く音が続いていたことに―――――。
神父様の部屋に続く、細くて短い渡り廊下を抜けて、向かって右手にある窓の外はいつの間にか雨が降っていました。
一瞬、何か黒い物体が視線の端を通り過ぎた気がしましたが、ほんとうに一瞬だったので、その正体は分りませんでした。
風も強く吹いているようなので、何かが飛ばされていたのでしょう。
礼拝堂の奥へと足を踏み入れた2人の目のまえに、二つのドアがありました。
一つはリビング、もう一つはベットルームにつながっているはずです。
ユーリスがまだ小さいころ、おいしい果物をもらったから食べていかないかとさそわれて、部屋のなかに入れていただいたことがありました。
ですが、どちらがリビングでどちらがベットルームか覚えていないので、どちらに行けばいいのか分かりません。
人の部屋に入るのは気が引けますが、今回は仕方がないと思って、とにかく入ってみることにしました。
ユーリスは、左側のドアのドアノブを握ります。
「リヴィ、僕からはなれないで。……いくよ?」
「はい」
緊張した面持ちで、ゆっくりと扉を開こうと、手に力をいれた時。
――――――――ガッシャーン
と、渡り廊下の窓ガラスが割れる音がしました。
「!!」
突然の出来事に驚いた2人は、目の前に現れたモノに、さらに驚きました。
それは、大きくて薄い羽と、細長くて先のとがった尻尾をもった、身体の黒い悪魔だったからです。
その悪魔は、昔に見た絵本の中から出てきたような、とても恐ろし悪魔でした。
明かりの少ない渡り廊下で、唯一の明り取りだった窓を、ユーリスの倍近くもある悪魔の身体が外の光を遮っています。
そんななかで、雨のせいか身体が湿っているのもまた、幼心に恐怖を感じさせました。
驚きと恐怖で硬直している兄妹に、悪魔は話しかけました。
『約束通り迎えに来た』
ふしぎなことに、悪魔は口を動かしてはいませんでした。
悪魔の“声”は、2人の頭に直接流れ込んでいるようでした。
そして、2人が手紙を読んでから、最も聞きたくなかった言葉が続きます。
『このまま両親の元に一緒に行くか』
リヴィアンがユーリスの右腕にしがみつきます。
『それともどちらかが生け贄になってオレに食われ、残りはこのまま一人で生き続けるか』
ユーリスは、リヴィアンがしがみついている右腕ごと、自らの背中に隠しました。
『選べ』
こうして、ユーリスとリヴィアンの運命の輪が、まわり始めたのでした。
「ひぃ」
ユーリスの後ろから顔を出していたリヴィアンは、あまりの恐怖に溜まらず悲鳴を上げて兄の後ろに隠れました。
するとどうでしょう。悪魔は恍惚とした顔をしました。どうやら人の怖がる姿が、悪魔は好きなようでした。
リヴィアンの反応に満足げな悪魔は、しばらく待つ気なのか、今はそれ以上動こうとしません。
その間ユーリスは考えます。
聖水もクロスもない以上、リヴィアンを生き残らせるには自分が生け贄になる他ありません。
けれどももし、僕が食べられた後に、悪魔がリヴィまで食べようとしたら?
一体リヴィは誰が助けるのか。
絵本の中に登場する王子様は当てにできません。
短い時間でたくさんのことを考えたユーリスは、ある結論にたどり着きました。
それは
僕がリヴィの為に今、出来るとこは、ただひとつだけしかない。
ということでした。