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終極限界のクレアツィオーネ  作者: 立花詩歌
序章「始まりのクレアツィオーネ」
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第七理― <現実>魔法は実在したらしい

「『この世界の摂理は生きている』

と、私は端的にミズハが理解すべき内容の概要を表現した。

『これは比喩的な表現というわけではなく、直接生命活動という意味で用いている』

と誤解釈防止策を先んじて講じつつ、図解を用いて理解促進を試みる」


 不動律ふどうりつ巫女ミコはホワイトボードの中心に『世界』と書き込み、文字の周りに余白を取りつつ驚くほど綺麗な円で丸く囲んだ。そしてその外側を囲むようにさらに大きく円を描き、二つの円の線と線の間に『摂理』と書く。

 何処と無く数学の集合の相関ベン図によく似ている。

 次にミコは摂理の領域内に小さく丸を書き、そこから世界の領域内に矢印を伸ばして先端にデフォルメした人の輪郭を描く。

 それをひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ――――世界という文字の上下左右に綺麗に書き込まれた。


「『我々特失課は彼らを摂理内包ルーラーと呼び、日本国内において受呪者カースド等共々その個々の性質を管理・監視する目的で発足された』

とさらに私たちの立場について表明し、

『なお受呪者カースドのことについては後ほど説明することとする』

と追記事項を告知しておく」


 ミコは用意したパイプ椅子の上に立って、ホワイトボードの左上に何やらまたデフォルメされた人型の絵を描き始めた。

 歩いている絵、笑っている絵、泣いている絵、転んでいる絵――――かなり上手い。

 輪郭以外にも必要なところで涙や三角口を書き足してわかりやすくしているし、特徴をよく捉えている。同じようなクオリティで描かれているはずの最後の()()()()()()だけ何をしているのかさっぱりわからないけど。

 何かを受け止めるように両手を前に突き出し、その前には斜めに倒れた放物線のようなものが描いてある。隕石でも受け止めようとしているのか。


「『摂理内包ルーラーの行動原理は基本的に人類と大差なく、人格や感情・理性・知能を持ち、大半は肉体的にも特別優れているわけでもないため人類に紛れて生活するルーラーも少なくない』

とイラストを用いて説明する。

『ただし外見が人と異なるルーラーもある程度存在し、こういった例は各国に設置された我々のような組織が保護と管理・援助を行っているが、全世界的に組織直属となる傾向が見られる』

と資料を思い出しつつ、ややうろ覚え気味の記憶に不安を覚えた」

「外見が人と異なる?」

「『はい』

と疑問に対して肯定の相槌を打ち、私はPAIDペイドを取り出す」


 ミコは制服のポケットから小さな携帯端末を取り出した。


「『個人用パーソナル自律思考自動制御型オートノミック・インテリジェンス端末デバイスの略称で、特失課構成員に支給される個人端末、つまり私たち専用の携帯電話と理解していい』

とミズハの疑問に先んじて、形式化された説明を済ませておく」


 ミコはそう呟いて端末の電源スイッチを長押しし、何故か溜め息を吐いた。

 携帯電話なら何で電源を切ってあるんだろう、とまた別の疑問が浮かんだけど、その直後何となくその理由を理解した。


電源オレ落としたままにすんなってんだろうが、ミコ!」


 突然、つんざくような金切り声が部屋の中に響き渡った。いきなりの大音量にキーンと酷い耳鳴りが残る。

 アレ、喋るの……!?


「落とされちゃ仕事にならねぇんだよ、PAIDペイド殺しておくなんて頭おかしいのか!? 狂気か! 狂気の沙汰かァ!? 次電池切れ(エンプティ)以外で電源落と(シャットダウン)したらぶっ飛ばすぞ! …………ちょっ、おぉぅっ! 待て落ち着け話せばわかる話そう放せぇぇッ!」


 ミコのこめかみに青筋が浮き、冷ややかな目で見下ろす手元ではミシミシミシッと端末本体が激しく軋む。そしてピシッ……と画面に放射状の亀裂が走った時、ミコはようやく指から力が抜いて、ジッと画面を睨み付ける。


「『データ投影。No.0103713』

と命令すると共に言外に警告する。これで有用でなければ即時廃棄スクラップ

了解ラジャー……」


 パッと明滅したPAIDペイドから光が漏れ、薄い青紫色の可視光線レーザーがまっすぐ床に降りた。そして円を描くようにレーザーが動き、その後明滅しながら小刻みに揺れ、複雑な軌道を描いていく。


「何をしてるんだ?」

「『サークルを刻んでいる』

と質問に対して受け答える」


 せめて説明をしてほしい。

 そんなことを考えた時、部屋の隅っこにいたクレアが急に立ち上がったかと思うと、スタスタと歩み寄ってきてレーザーの照射されている床を怖い顔で凝視した。

 そして――


「魔法陣よ」

「魔方陣? ってあの縦横斜めの数字足すと同じってヤツ……?」

魔法陣マジックサークルの方よ。私が生まれた土地ではルーントと呼んでいたけれど、日本は土着信仰に加えてイギリスが西洋魔術を持ち込んだから、英国式の呼び名が多いのね」


 あ、何となくここまで来るとそんな気もしてたけど、やっぱりそっちなんだ。


「『日本ではどちらの呼称も用いられる。特失課でもサークルと呼ぶかルーントと呼ぶか。本人の好み次第』

と私は補足する」

()()()()魔法ってあるんだ……」

「どうかしたの、ミズハ?」

「あ、ううん。何でも……」

「そう? それにしても驚いたわ。欧州ではまだアナログ方式だっていうのに、日本は機械化されてるのね」


 クレアは感心するように呟き、小刻みに揺れ動くレーザーを楽しそうに眺めている。

 その様子を見ながら、唐突にボクは昔のことを思い出していた。ずっと昔――――ボクは魔法を見ているかもしれない。と言ってもまだ幼い頃の話だ。

 今では記憶すら曖昧で、数年前のいつだったかに、既に“アレは夢”と半ば自虐的かつ短絡的に端的に、無理矢理納得してしまっているためか、今さらそれがどうだったのかをどうこうしようと言うつもりは起きないけど。

 その時、レーザーがピタリと動きを止め、その直後にはスッと消える。魔法陣とやらを書くのが終わったのかな、とクレアのように床を覗き込むと、


「『そこにいては危険』

と私は事務的に警告を促した」


 とミコから文字通りの警告が入る。ボクが壁際に下がると、クレアは少し身体を重ねるように、つまりボクを守るように後ずさって寄ってきた。


「『起動展開。データ番号ナンバー、0103713、投影開始プロジェクション

と私は召喚術式を発動した」


 ミコが小さな声でそう呟くと、何もなかった床の上がパッと藍色の光を放った。

 光っているのは幾何学的な模様が描かれた円の内周に無数の細かい文字が刻まれている、まさにゲームで登場しそうな魔法陣だった。そして床が波打ち、リリスが何もない空間から武器を出現させた時のように何かの先端が生えてきた。

 帽子……?

 その折れ曲がった円錐のような形のそれはさらに一定の速度で上がってきて、途中で折れ曲がったつば広の白い帽子が現れる。

 どうして帽子? と思うのも束の間、その帽子が等速でさらに上がってくることに気付いて静かに見守っていると、女の子の顔が現れた。さらに肩、腕、胸、お腹、手、腰、脚……と徐々にせり上がってきて。つま先まで現れた途端にふわりとわずかに浮き上がり、すたっと床に降り立った。


「可愛い子ね♪」


 クレアが楽しげにまたもそんな台詞を呟いて、しげしげと眺める。

 確かに少し子供っぽい印象を受けるものの、可愛らしい子だった。

 金髪に碧眼。幼さは残るが端正な顔立ちに華奢な身体。頬をほんのりと赤く染め、胸はゆっくりと上下している。頭の帽子だけ身体に見合わない大きさで耳まで隠れてしまっているが、ローブを羽織った姿は落ち着いた雰囲気を漂わせている。


「『ちなみにそれはデータ上の彼女を実体化して投影しているに過ぎない人形であり、彼女本人ではありません』

と先んじて補足する」

「これが人形!? 呼吸してるよ!?」

「『リアリティ追求のための疑似反応』

と私はミズハのツッコミに対して、無難に規定された文言を用いて返答する」


 特別ツッコミを入れたつもりはないんだけどな……。


「それでこの子は誰なのかしら?」


 ボクの驚きをクールにスルーしたクレアは、女の子の顔を覗き込んでミコに訊く。ミコはまたも何か騒いでいるPAIDペイドの電源を落としてポケットにしまうと、女の子の顔に視線を遣り、


「『彼女の名前はシャルロット=D=グラーフアイゼン。数千年前に実在した摂理内包ルーラーで、“幻夜の狂客”“傾世の災厄”“黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女”。シャルルを表す言葉は、もとい忌み名はいくつかあるけれど、少なくとも私たち特失課のほとんどはこう表現する――――“史上、最も悲しい旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)”』

と、私は彼女の経歴を脳裏に甦らせつつクレア=理=ティストルツィオーネの質問に返答する。

『希望するなら彼女の資料の一部を提供することも可能だが、今回彼女を例に挙げた本題はそこではないと指摘する』

と、言外に知らない方がいいこともあることを示唆しておく」


 最も悲しい、と評される以上はそれなりの体験をしてきたのだろう。

 そう言えば本題って何だったっけ、と思い返してみると、人とは外見が異なるルーラーという話に立ち返った。しかし、目の前にいる少女は少なくとも人のように見えた。


「この子の何処が人と違うの?」

「『帽子を取ってみればわかる』

とミズハに行動を促した」


 ミコが『帽子』と言った瞬間、女の子――シャルルはビクッと震え、帽子のつば縁を掴んで取られまいと引き下げた。少し気まずい空気に押され、無言でシャルルを指差しながらミコの方に振り返ると、ミコはこくりと頷いて、


「『彼女の行動パターンを再現した疑似反応だから問題ない』

とさらに強く促す」


 そう言って返した手のひらをシャルルに向けて、どうぞとばかりに見つめてくる。シャルルって子は外見相応に可愛らしい仕草をする子だったらしい。


「ミズハ、早く取ってっ」


 どうやら可愛い子が大好きらしいクレアが両手を胸の前でぐーにして、目を輝かせながらボクを催促してくる。人に言う前に自分でやろうとは欠片も思わないらしい。どうも逃げられそうにない様子だったので、罪悪感に苛まれながらもシャルルの帽子におそるおそる手を伸ばした。

 シャルルが涙目で見上げてくる。

 これは疑似反応で彼女は精巧に作られた人形でこれはミコやクレアに半ば強要されているからで――――お願いだからそんな目で見ないで……。

 目を瞑って、頭の中で目まぐるしく言い訳を唱えながら掴んだ帽子を思いっきり引っ張ると、予想外にするっと抜けたことに驚いて、ボクはパッと目を開けた。


 パタッパタッ。

 顔の横についていた耳が、人間のものじゃなかった。普段どうやって隠していたのか、外気に晒された途端、二回上下した後にへなへなへな~と垂れてしまう。その後もクレアが若干興奮気味の様子でシャルルの顔を覗き込む度にピクッピクッと揺れ、シャルルは顔を背ける。


「『次は彼女のスカートを脱がせて』

とさらにミズハに無茶を要求する」

「無茶とわかってて要求するな!」

「『あくまでも冗談』

と釈明しつつ、

『シャルルには耳と同等の異形がもうひとつ、端的に言えば尻尾がある』

と言葉による説明を試みる」

「尻尾? ……っておい!?」


 ボクが尻尾と聞いて思わず視線を下げた瞬間、突然すっとーんとシャルルのはいていたスカートが下に落ちた。ちょっ、クレアさん尻尾見たいのはわからないでもないけど、正面に立つボクからは尻尾見えないから! 純白のナニかしか見えないから!

 その白と対比するように赤くなったシャルルの顔をとても見ていられず、顔を背けると、どう考えても暴走気味のクレアの嬌声が上がる。ちょっと落ち着いて。


「『これで人とは姿の異なるルーラーがいることも理解できていると思うので、これから引き続き疑似パラシャルルを用いて、ルーラーという存在の本質についての講釈を始める。ここまでの説明でわからなかったことがあれば今の内に』

と理解の進行具合を問う」


 ボクは今までの内容を反芻しつつクレアの後ろに回り――


 ストンッ!

 自分でもどうかと思う、こともあろうに今朝会ったばかりで、かつどんな経緯があったとはいえ仮にも自分を守ってくれた人物、さらに間接的な自己否定を重ねるなら丁重に扱うべき女性であるクレアの頭頂にチョップをお見舞いする。

 多少罪悪感もあったものの、むしろどちらかと言うなら尻尾を何度も何度もさすられて、涙目になって慌てた様子を――生々しい反応を見せるシャルルを人形とは思えなかったと言うのもあるのだが、とにかくシャルルが可哀想だったからという理由である。

 そして、責めるような目で見上げてくるクレアを無視して、


「今のところは大丈夫だよ。説明もとてもわかりやすいからね」


 何事もなかった風を装い、ミコに向かってそう答えを返した。

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