第四理― <戦闘>これは現実なのか夢なのか
「ミコ!」
リリスはミコと呼んだ鎌少女に飛びつくような勢いで駆け寄ると、ぐったりとした鎌少女を抱き上げてクレアを睨み付ける。
「その目は何かしら? 確かに私の失態もあったけれど、穏便に済ませるつもりだったところに先に仕掛けてきたのは貴女たちよ、ルーキー」
クレアが怒りを露にした強い語調でそう言うと、一瞬怯んだ様子を見せたリリスは悔しげな表情で腰にかけていた革の通学鞄に手を伸ばした。
「特失課と言っていたわね。特別遺失物取扱課は日本国内でそんなモノの携帯まで許されるのかしら?」
まるで何が出るかわかっているかのようなクレアの台詞に、ピクッとリリスの動きが一瞬止まる。
「……お前みたいな人外相手に戦える人材はウチの区には二人しかいないから……ねッ!」
鞄を投げ捨てて、リリスが取り出したのは、黒々とした光沢を放つ――銃。
「OA-93の初期モデルッ……!?」
クレアが驚いたような声を上げ、慌てたようにボクの方に振り返った。
「伏せてッ!」
次の瞬間――――バラバラバラバラバラバラバラバラバラッ!
ガンッと何かが落ちるような重い音に続いて、映画やゲームの中でしか聞いたことのない連射音が轟いた。コンマ一秒遅れて、ガラスの割れる音やバスッと銃弾が金属板に食い込む衝撃音が聞こえてくる。
視界は真っ暗だった。
初めて自分に向けられた圧倒的な敵意の象徴に身体はすくんでいるのに、不思議と恐怖心は起きなかった。
そこで気が付いた。
ボクはいつのまにかクレアに抱き止められていた。彼女の胸元に顔を押し付けられるような形になっているせいか、ほのかに甘い香りが鼻腔をくすぐり、その温もりが、鼓動が――――そして彼女の震えがはっきりと伝わってくる。
カンカンッ……。
一瞬音が止み、何かが投げ捨てられる音。続けて、カシュッとガスの抜けるような音が耳に届き――――バラバラバラバラバラバラバラバラバラッ!
再びの掃射音。
「フルオート改造に、装弾数もいじってあるみたいね」
クレアがそんなことを呟いているのが聞こえる。
ようやく銃撃が止むと、ボクの後頭部を押さえていたクレアの手がどけられ、ボクが離れる間もなくクレアは立ち上がった。
「ッ……!?」
目の前の光景に思わず息を呑んだ。
リリスとボクたちの間に黒い車が出現していた。横幅が大きく、リアカーゴのついたジープのような大きな車だ。米国産軽トラックのようにも見えるが映画でよく見るようなものじゃなく、かなら無骨な印象が残る。見ると窓ガラスは全て割れ、こちら側にも銃弾が貫通したらしい穴が開いていた。反対側はまさに蜂の巣状態だと容易に想像できた。
「これは……?」
「H2SUT。多目的車両の一種よ」
「いや、そうじゃなくてなんでいきなりこんなものが何処から……!」
「それは私の――」
ズバァッ!
「「ッ!?」」
クレアの言葉を遮って、突然真っ二つに斬り裂かれたハマーがガツンッと崩れ落ち、その向こうからリリスが姿を現した。その手には刃の長さ一メートル柄の長さ二メートルほどの薙刀のようなものを携えている。
まさか薙刀で金属の塊を斬り裂いたって言うのか……!? しかもたったの一撃で……!
そもそもあの革鞄以外には何も持っていない手ぶらのリリスが、何処からあんな巨大なものを持ってきたって――。
「最後にもう一度警告する。今すぐに特別遺失物取扱課の管理下に降って。そうでなければここで斬り潰す」
「貴女に指図される筋合いはないでしょう? 理の内にいる人外風情が。私を降したければ、死屍涙々でも連れてくることね」
「……ッ!?」
「あら? この辺りにいるのでしょう? 合衆国に渡った時、向こうでわざわざ探した専門の情報屋に高いお金払って得た情報だもの。食えない男だったからいまいち半信半疑だったけれど、その様子だとあながち間違いというわけでもなさそうね」
「……ッ! 特別遺失物取扱審査法を適用。リリス=イージスエイル=初音の名に於いて詳細不明を危険因子と見なし、対象を破壊する!」
ターン……ッ――。
リリスは決められているかのような文言を叫び、さっきと同じ小銃で空に向かって発砲した。その音は恐ろしいほどに静かだった街にわずかな反響を残しながら、朝の街にすーっと消えていく。
「……?」
再び異様な静けさが周囲を包み込む。
クレアは、右手を挙げたまま静かに俯くリリスを怪訝そうに見る。
しかしその時、ボクは見た――――俯いたリリスの口元がうっすらと笑っているのを。
そして何故か、身体が咄嗟に動いていた。
「危ない、クレア!」
「え?」
クレアが無防備に振り返った次の瞬間、それまでクレアがちょうど立っていた場所を莫大な破壊力を伴った空気の槍が通り抜けた。
ドガァァッ!!!
公園の外縁を区切る高さ五十センチほどのコンクリートブロックの一画が一瞬で粉々に砕け散った。
「ちッ、ミルアのヤツ……。バレットM82なら外さないとか言ってやがったくせに思いっきり外してんじゃねえかッ!」
背後から聞こえた男の声に僕が振り返ると、同時に視界を人影が横切った。
刹那の交錯で見えたその人物は、全身を迷彩服に包んだ同い年ぐらいの少年で――――その手にはファンタジー系のRPGゲームで見るような長大な剣斧……ッ!?
「おらぁッ!」
少年は跳躍し、振り被った剣斧をクレアに向けて空中で振り下ろす。
しかし、クレアは素人目に見てもかなりの速さで振られたその剣斧を軽々と躱し、
「ミズハ、逃げてッ!」
ボクに向かってそう叫んできた。
「安心しろよ、何も知らない一般人に怪我なんざさせたら、始末書どころじゃ済まねえんだよッ。下手すりゃ懲罰モンだ……ぜッ!」
空中で姿勢を切り返し、地面に手を突いてその場で一回転した少年が、アクロバットな動作でクレアに鋭い蹴りを放つ。さらにそれも躱したクレアはリリスと少年の思惑通りか二人に挟まれる位置に追い込まれる。
「それがさぁ、テクス。この女がもうこっち側に引き込んじゃったかもしんないんだよね」
「マジかよっ!? やるなお前」
「あら、褒めてくれるなんて嬉しいじゃない。でも残念ね。私、自分に刃を向けてきた相手には容赦しない主義なの」
「余裕かましてくれるじゃねえか」
テクスと呼ばれた少年は威嚇するように剣斧をぐるぐると回し、リリスは弾倉再装填済みらしい小銃二丁をヒュッと上に向かって放り投げた。
空中で回転したそれらを一薙ぎにするようにリリスが薙刀を一閃させた。
カチンカチンッと音がして再びこちらに向けられた薙刀には、柄の先端を挟むように二丁の小銃が据えられていた。長い刃の根元に二丁分の銃身が誂えたようにぴったり填まっていた。
おそらく、薙刀の手元に小銃の引き金と連動する機構があるのだろう。
「大人しく逃がしてくれないかしら? 私としてはこのまま放っておいてくれるならまだ妥協の案も残しているつもりなのだけれど」
「だってさ。どうする、テクス?」
「特失課の管理でパンピーに危害加えなきゃいいんじゃねえの……って言いたいとこだが、アンタは俺の仲間を傷つけたらしいんでね。正直特失課なんてどうでもいいが、俺はそれだけが許せねぇ」
「まったくテクスは短気だね。でも一応立場があるんだし、特失課はどうでもいいってのはまずいかな。まぁ、上には報告しないであげるよ――――同感だし」
ヒュンッ。
少年がすさまじい速さで振るった剣斧が咄嗟にしゃがみこんだクレアの頭上を抜け、直後、縦に振り下ろされた大薙刀がクレアの顔を掠める。斬られたクレアの髪が一筋宙を舞った。
見ると、クレアの綺麗な頬に紅い線が走っている。
「ふーん、なかなか楽しめそうじゃない」
ペロッと頬を拭った手に舌を這わせたクレアは切れ長の目をすっと流して、
「ごめんなさい、ミズハ。一分だけ待ってくれるかしら。すぐに終わらせるわ。それからゆっくりお話しましょう。あら? 償いもしなければならないわね」
そう言って、緊張感のないウィンクを飛ばしてきた。