第二十理― <助言>実はクラスメイトだったようです
「じゃあ、みっくん。また後でです」
「うん」
学校に着くと、クラスが別の久遠を見送ってボクも自分の教室に入る。
「よっ、ミズハ」
自分の席(ちなみに窓際の後ろから二番目)に取り敢えず座ると、最初に声をかけてきたのはクラスメイトで友達の志賀谷昴だった。
「見てたぞ~、相変わらず仲がいいな。お前と火喰鳥さん」
「あはは。まぁ、幼なじみだからね」
仲がいいと言われると少し照れくさかったりもするのだけれど、この友人に悪気があるわけじゃないことはわかっているから素直に受け取っておく。
すると昴はボクの前の席の椅子を借りて座り、何処か物憂げな表情で窓から空を見上げたかと思うと、一転してボクの方に親指を立ててくる。
「朝から美少女二人の並んで歩いてる姿を見れて…………俺は満足だ」
「誰か見たの、昴?」
「笑顔と腕を捩じ上げる動作が噛み合ってないぞ、ミズハ!? イデッ、イデデデッ……」
「とりあえずボクのことを女と認識している辺りから矯正しないと……。ついでに腕」
「腕はついでなのか!? って腕はソレ、矯正じゃないよな!」
昴は朝から元気だった。正確に言えば、朝は。
ボクは真っ白に燃え尽きている昴を席に置いたまま、折檻している最中に目に入った人の元に向かう。教室の廊下側、前から三番目の席に――――彼女が座っていた。
「ミコ」
いつも見ていた緑色の髪は黒く染められていたけど、振り返ったサイドテールの彼女の顔は間違いなく特失課特務C班の不動律巫女その人だった。
「おはよう……大鳥」
――はずなのだけど、彼女の特徴らしい特徴である“ある文章を台詞も地の文も区別なしに喋っているような喋り方”ではなかった。一瞬、人違いかと思ったくらいだ。
「ど、どうかしたの……?」
「何か?」
「その、喋り方が……」
ミコの前髪がピクリと揺れ、その目尻が微かにつり上がった――――気がした。
思わずごくりと唾を飲んだ時、ミコは急に立ち上がって、すたすたと教室の前の方に向かって歩き始める。そして途中でチラッとこっちを振り返り、
「付いてきて、大鳥」
そう言うと、今度は一度も振り返ることなく教室から出て行ってしまった。
そしてそこで初めて、視線に気付いた――――さっきまで雑談に興じていたはずの周囲にいたクラスメイトたちの。
「はいはーい、質問。大鳥くんって巫女ちゃんと仲良かったっけ?」」
クラスのムードメーカー兼女子バスケットボール部のエースの虎河さんが手を挙げ、代表するようにそう聞いてくる。周りに集まってきたクラスメイトたちもしきりにうんうん頷いてる。
「あ、えっと……うん、ちょっとあって少し前に、ね」
「もしかして付き合ってたりするの?」
思いがけない質問が来た。
「えっと、そんなんじゃ――」
「ミズハ、お前俺という親友がありながら彼女だぶぐふっ」
沈む昴。
「そんなんじゃないよ」
「志賀谷を一発KOしてからのその笑顔はすごく怖いよ、大鳥くん」
「見なかったことにしてよ。それじゃ、ボク行かなきゃいけないから」
「あ、うん、引き止めちゃってゴメンね。ごゆっくり~」
何か引っかかる送られ方に疑問を抱きつつ教室の外に出ると、少し離れた階段の前でミコが待っていた。その階段は上――その先にあるのは屋上だ。
ミコはボクが追いつくのを待って、その階段を上り始める。
「同じクラスだったんだね」
「最初に特失課の不動律巫女として会った時、私はすぐに気づいた。……大鳥の方が気付く様子がなかったから少しショック」
「ご、ごめん……」
そう言われて見ると、どうしてあの時気付かなかったのだろう。確かに記憶力にあまり自信はないけど、それでも人のことはよく覚えるようにしてるのに。そもそもあれだけ変わった名前の女の子のことを覚えていなかったというのも不思議なくらいだ。
「とは言え、普段は存在自体を薄めているから、気付かなくても無理はない」
「存在を薄める……?」
「単純に影を薄くしているという認識で十分」
極端に目立たないということでいいのだろうか。
階段を上りきると、ミコは屋上には出ようとせずにその扉の手前で立ち止まった。
そしてボクの方にくるりと振り返る。
「あの喋り方は仕事中のみのもので、本来の私の喋り方は基本的にはこっち。私にも普段の生活がある」
「え? じゃあなんであんな風に喋ってるの? その……変な言い方で」
「主には素性を隠す目的が強い。この仕事は見返りが大きい、だからそれだけ危険も伴う。素性を隠しておけば少なくとも、周囲の一般人に与える被害は少なくて済む」
「なるほど……」
「意識的に特失課と普段の生活を切換する目的もある」
管轄が地域ごとに分かれていると言っていたし、最初に会った時も特失課であることを最初に宣言してからクレアに干渉しようとしていた。
それだけ絞ることができれば、喋り方と言うのも立派に手がかりになってしまうのだろう。
「大鳥も気をつけて」
「うん、わかってる」
「それじゃ……」
ミコがボクの横をすり抜けて、一歩ずつ階段を降りていく――
「あ、ちょっと待ってっ」
――ところを呼び止める。
ミコはサイドテールを揺らしながら振り返ると、不思議そうな表情で首を傾げた。
「もうひとつだけ、ミコに話があるんだけどいいかな? すぐ終わるから」
「何?」
冬の湖の水面のように凛とした視線が、下からボクを見つめてくる。
一瞬ホントに言っていいのかを迷ったボクは、久遠とクレアに宣言した自分自身の言葉を思い出して、
「特失課って、元“一般人”でも入ることはできるの? 入るって言うのはつまり、特失課として働くことができるかってことなんだけど……」
「『それはミズハが、ということか』
と私は認識に齟齬が発生しないよう、積極的に確認を取る」
急にミコの口調が元に戻った。さっき言っていたことを考えると、元に戻ったというよりは仕事モードに意識を切り換えた、ということになるのだろうけど。
「そう捉えてもらって大丈夫だけど……」
ボクがそう返すと、ミコはボクの方をじっと見て、思案するような表情になる。
まるで査定されているような気がして、緊張で思わず身体が強張る。
実質三十秒ほどだろうか。随分と時間が長く感じるその静寂を最初に破ったのは、ミコがこっちに向き直り、再び階段の上まで上がってくる足音だった。
そしてミコはまるでボクに身体を寄せるようにして、ぐっと顔を近づけてきた。
「『端的に言えば、可能』
と私は結論を先に伝える」
声を潜めて、そう――――言った。
「『ミズハには外部協力者の経験があるため有利。加えてテクス・宵と推薦を期待できる内部者もいる』
と私は判断材料を述べる。と同時に、
『私も、その一人』
と個人的な意思も告げておく」
ボクの目をまっすぐ見据えていたミコの視線が、一瞬虚空を泳いだ。その視線を追いかけそうになって、再び向けられた目に思わず心臓が跳ねる。
「『協力的かつ好意的な人外、クレア=理=ティストルツィオーネの存在も、ある程度判断材料として採用できる。彼女をミズハの付加価値として計上できるなら、人物審査で不合格になることはまずないと思考する』
と私は補足する。尚、この判断はあくまでも私の個人的な主観判断であり、内容の正否を保証するものではない」
「そういう判断基準もあるんだ……」
クレアは特失課には関わりたくないみたいだったけど協力してくれるかな――――なんてことを考えていると、少しの間黙っていたミコは「ただし」と前置きするように呟いた。
「『今のまま申請しても、まず戦力審査で落とされる』
と私は断言する」
「……やっぱり?」
「『まず間違いなく』
と私は反復する」
ミコはスッと身を引きつつそう言うと、階段を一段下がったステップで立ち止まる。
(戦力……って多分、そう言うからには“戦闘能力”のことなんだよね……)
銃を撃つ経験、というのも今の日本人からすればそこそこ珍しい。それこそ警察官や自衛官など戦闘職種に限られてくる。
特別遺失物取扱課職員という戦闘職種のことは最近知ったばかりだけど。
かといって、ボクは銃を撃った経験があっても実質的には訓練なんか何もしていないのと同じレベルだ。具体的には『戦闘』なんて言われても実感の湧かない、喧嘩も強くない(というよりはしたことのない)から戦闘能力は皆無に等しい。
そんな程度の話だ。
「『ちなみに本校2-A及び特失課行空支部所属特務A班所属、衣笠紙縒は外部協力者から職員になった人間』
と私はミズハに助言する」
「衣笠さんが……」
その時、朝のST5分前を告げる予鈴が鳴り響いた。
「話を聞いてみるといいと思う。それじゃ戻ろう、大鳥」
「う、うん。ありがとう、ミコ」
階段を降りていくミコの隣に追いつきながらそう言うと、
「どういたしまして」
ミコは少し目を逸らした。




