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終極限界のクレアツィオーネ  作者: 立花詩歌
序章「始まりのクレアツィオーネ」
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第一理― <瓦解>それが始まりだった

 人間は、運命に乗ることはできても逆らうことはできない――――イタリアの政治家マキャベリはそんなことを言ったそうだ。


 運命というものが人の生まれた時から決められていてそれが揺るぎない物であるなら、最初に人間の運命を決めるものは何だろうか。それが自分でないとしたら、やはり一般的には神様と言われる超自然的な存在なのか。ここで神様がいるのかいないのか、あるいは信じるか信じないのかについて論じ始めるときりがなく、それこそ悪魔の証明なのだと思う。

 だからボクは運命というのは結果論だと思っている。

 結論としては、運命なんてものは存在しないという主張に近いかもしれない。過去から未来までを――自分が生まれてから死ぬまでを(あらかじ)め定めた運命(ルート)はなく、現在を基準に過去を(かえり)みた時にこそ、運命と呼べるものがそこに存在しているのだと。

 実際、人が運命を意識するのはどんな時だろうか。

 最もわかりやすい例は、人が恋に落ちた時だと思う。運命の赤い糸、巡り合わせの奇跡。運命的な出会いと言うのはロマンチックだし、ボクもそういう話は嫌いじゃない。むしろ好きな方だ。

 でも現実はどうだろう。人が運命を意識する最も多い理由は失敗や挫折を経験して、前向きに考えるための区切りをつけるためじゃないだろうか。こう言えば素晴らしく聞こえるかもしれないけど、実態は「きっとこうなるのが運命だったんだ」と諦めた場合がほとんどだと思う。勿論それは前に進むために重要なことだし、時には必要なことかもしれない。

 だけどそれは最善ではないはずだ。だからこそ人は挫折や失敗をいつかは振り返り、それを受け入れて進んでいくのだから。

 だからボクは何があっても運命だからと諦めない。どんな道にも予定調和の可能性は存在するし、意図的にその道を選ぶことだって必ず出来る。


 運命は、自分次第でいくらでも形を変えられるのだ……。



 ――ガチャ、キィイイイ……。

 夢うつつの中で、玄関ドアを開く音が聞こえてくる。

 誰か来たのかな……?

 ボクの部屋は玻璃荘(はりそう)という古アパートの一室。部屋はそこそこ広いものの、今の時代セキュリティに少々難アリの

 でも『ドアノブをガタガタ揺すればドアが開く』というチート技を使わないで開いたってことはここの鍵を持っているんだろう。

 少なくともそれで候補が二人に絞られた。

 しかも今日は日曜日、つまり休日だ。

 こんな日に来るのは大抵母さんの場合が多かった。

 事前連絡がなかったのは気になるものの、母さんなら寝てても別にいいかな、と思考を適当に切り上げると、ボクは寝返りを打って枕に顔をうずめる。我ながら目を覚ましたばかりの寝ボケた頭では上出来の推論だ。

 ……とてとて。

 その途端、フローリングの床板を叩く穏やかで慎ましやかな足音に思わず意識を二度寝の誘惑からサルベージする。あんな規格外に落ち着きのない母さんがこんな足音で我慢していられるはずがないからだ。

 となると足音の主はボクの部屋の合い鍵を持っているもう一人――


「みっくん、起きてますか?」


 玄関とワンルームの洋室を繋ぐ短い廊下からひょこっと顔だけ出したのは肩までの黒髪を揺らす女の子、ボクの隣の部屋を借りて住んでいる幼なじみの火喰鳥(ひくいどり)久遠(くおん)だ。

 身長158センチ、体重53キロ。さすがにスリーサイズまでは把握していないけれど、子供の頃から一緒に育ってきただけあって呼び方にもまったく遠慮がない。所謂『ですます口調』は昔からだけど。

 高一の夏休みまで髪は肩より上の辺りで、前髪も目を隠す程度のところでパッツリ切り揃えていたから地味な印象の方が強かったけれど、急におしゃれに目覚めたのか最近になって髪を伸ばし始めた。対する前髪は日単位で記録してもまったくわからない、一週間経ってみてようやく微妙な違いがわかる程度ずつ(いつかテレビで見たアハ体験の実験VTRを見ているような感じで)短くなっていき、今は綺麗な瞳がしっかり見えているぐらいのちょうどいい長さになっている。

 ちなみに火喰鳥家は長い歴史を持つ由緒正しき名家の出らしい。当の久遠は「今では没落しちゃった家ですから名前だけですよ」と言っているけど。


「も、もしかして起きてなかったりしたらゴメンなさい、みっくんっ」

「ううん、起きてるよ」


 頭を下げてわたわたと慌てて帰ろうとする|久遠を呼び止めると、何とか睡魔を退治してベッドから起き上がる。


「お、おぉ、おはよっ……ございますっ」


 なんでそんなにつっかえつっかえなんだろう。

 律儀に頭を下げて挨拶を交わしてから歩み寄ってくる|久遠の格好は濃紺色のブレザーにチェックのスカート、やたらと長いホワイトソックスというまさに普段の登校スタイルだった。

 一瞬『もしかして日曜日寝潰した!?』と焦ったものの、枕元の目覚まし時計に“Sun”と表示されているのを確認してほっとする。


「そのカッコはどうしたの?」


 そう訊ねると、久遠は自身の身体に視線を落として、何故か嬉しそうに微笑んでみせた。


「今週から毎週日曜日に学校で自由参加の補習があるんです」

「補習? 初耳」

「みっくんのクラスにも金曜日のホームルームで連絡されてるはずですよ……?」

「……寝ちゃってたかも」


 それにしてもスゴいというかなんというか。わざわざ日曜日を返上して学校に行くなんてボクには考えられない。


「でも、くーって補習なんか今さら必要ないよね」

「必要のないお勉強はありません」


 お姉さんぶって胸を張ってみせる久遠。

 昔から今ドキの世事には何故か果てしなく疎いのは変わってないけど、こと学業に関してはありえない結果ばかり残している。どんな難問でもさもそれが常識であるかのように答えてしまう。どうしてボクみたいな落ちこぼれのいる偏差値の低い学校に通っているのか詳しくは聞かないことにしているけど、やっぱりお金の問題かなって当たりを付けている。

 学校側から「来てくれるなら授業料免除に奨学金も出します」みたいなことも言われたらしいし、成績優秀(というか常に完璧)で、和風美人。昔と違って人見知りも直りつつあるし、物腰柔らかで世話好きな器量良し。現にうちの学校でもたいへん人気を博している。


「それでこんな朝からどうかしたの?」

「……え?」


 沈黙が走る。


「ちょっと待って、久遠。なんでさもボクがついていくとばっかり思ってたみたいな顔して首を傾げるの?」

「みっくん、学校の成績悪いんですから、勉強しなきゃダメです。おばさんからも頼まれてますし」


 ボクの弱点である母さんを交えて大義名分を掲げ、人差し指と共に現実を突きつけてくる久遠。

 これはアレだ。

 拒否したら間違いなく母さんの耳に入って、来月以降の仕送りの額に響いてくる筋書きになっているはずだ。

 万事休すどころか最初から打つ手がないことを悟り、まさか学校が週六日制になっていたなんて知らなかったよ、などと現実逃避的に思考を飛躍させる。

 休日こんなに早く起きるなんてどれくらいぶりだったっけ……?


「その補習って何時から?」


 あくびを噛み殺しながらそう訊くと、久遠はにっこり笑って、


「八時半からです」

「普通の授業より始まるの早いよ!? ホントにやる気のある人のための補修だよね、絶対!」

「違います。やらなければいけない成績をとってる人のための補修です」


 やっぱり久遠にはいらないんじゃないか。


「……………ボクに拒否権は?」

「みっくんがどうしてもって言うなら一人で行きますけど……いいんですか?」


 にっこり笑ったその顔に拒否権が暗黙の内に棄却されていることを察したボクは、もぞもぞと這ってベッドから起き上がりつつ、嘆息混じりにこうべを垂れたのだった。

 その後、「勉強する気になったご褒美に朝御飯を作ってあげますね」と通学鞄を椅子に置いて台所に立ったものの冷蔵庫が空っぽなのを見て玄関から飛び出していった久遠を見送り、ボクは朝八時またぎのニュースを見ながら少し固めのカップラーメンをすすっていた。

 そして、久遠が戻ってきたのはニュースが最近周辺で頻発しているペット失踪事件の関係者インタビューから地方のガス爆発事件の報道に変わった頃だった。


「あっ!」


 帰ってくるなり、ボクの手にしている残り少ないカップラーメンを指差した久遠が悲鳴をあげる。その手に漆塗りの高そうなお盆を携えており、その上にはいくつかの食器が並んでいる。どうやら一度家に帰って、作ってきてくれたらしい。

 そして久遠はお盆をテーブルにそっと置くと、ボクの手から瞬く間にカップを奪い取った。


「手軽なのはわかりますけど、こういうのは栄養が偏るからダメって言ってるじゃないですか」


 奪い取ったカップラーメンをテーブルの上に置いた久遠は台所の箸立てから箸を一膳手に取って差し出してくる。


「こっちを食べてくださいっ!」


 もう一方の手で持ってきたお盆を指す。

 白飯に味噌汁、焼き魚、漬物、納豆――――オーソドックスを過ぎて既に廃れたのではないかと思われる日本伝統の和御膳がそこにあった。

 ホント、変わらないなぁ……。思わず引き攣る口元を手で隠しつつ、にこにこと微笑む久遠から箸を受け取り、黙って席に座る。

 久遠は日本の朝の食卓から焼き魚が消えた理由を知らないのだろうか。

 作るのにも食べるのにも時間のかかる焼き魚は忙しい現代人には負担がかかるのは明白な事実なのにそれに気付かないなんて。そもそも通学時間十五分を差し引いた十分でどう食べろっていうんだろう――――なんて文句を言うのは、さすがに善意で作ってくれた久遠に悪いので控える。

 実際ありがたいことに変わりはないし。


「おいしいですか?」


 向かい側に座る久遠が訊いてくる。その手は行儀よく膝に置かれ、緊張しているように背すじがピンと伸びていた。


「くーの作る料理がおいしくなかった試しはないよ」


 ご飯に漬物を付け合わせて口に入れ、続けて味噌汁を啜ってそう返すと、久遠は心から嬉しそうに微笑んだ。

 そして「肘をつくのは行儀悪いです」「同じお皿ばかりじゃなくて順番にバランスよく食べてください」なんて散々久遠に注意されながら、絶妙な焼き加減の焼き魚と格闘すること十分――。


「くー、先に行ってていいよ。このままじゃ二人とも遅れちゃうし」


 まだ食べ終えていないボクの前で、食器の後片付けと補習の開始時間という選ぶまでもない二者に板挟みになって勝手に葛藤している久遠を半ば強引に送り出す。最後まで渋っていた久遠も「ボクも後で必ず行くから」と言うと、パタパタと慌てて出ていった。

 そしてボクは出る時にメールするために携帯を取り出して文面を打ち込み、送信の準備だけして再び膳に向き合うのだった。







 しかしボクは――久遠にこのメールを送ることができなかった。その日は、学校に行くことすらできなかったのだ。


 そして世界は瓦解した。

 突然、ボクの日常に踏み込んできた彼女―――――クレア==ディストルツィオーネによって。


 これまでの仮初めを塗り潰し、上書きしたかのように。

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