第十理― <理外>理解側と人外側
「……どういうことか説明してもらえるんですよね、みっくん?」
その日の夕日も落ちた頃、ようやく帰宅したところを顔に満面の笑みを貼りつけた幼馴染みに待ち伏せをくらい、ドアから入って五秒と経たずに後退って家から飛び出した。
こ、怖い……。
こんなに怒ってる久遠を見るのは久しぶりだった。何より笑顔なのに目が笑っていないし、語気からして怒っているのがよくわかる。わかってしまう。
ボロアパートの建物全体がカタカタと小刻みに揺れる。大方大きなトラックが通ったか、突風が吹いたかのどちらかなんだろうけど、まるで玄関に仁王立ちする久遠の出すオーラに震えているように思えてきた。
ボクも似たような感じだからね。今更ながらこのアパートに謎の親近感湧いてきた。
ありのままを説明すれば、久遠はきっとボクが悪くないことをわかってくれるはずだ。だけどそれは無理だった。
不可能ではない。でも無理だった。
何故なら今日学んだことは謂わばある種の国家機密、トップシークレットに分類されることで、不用意に口にすれば下手すると抹消されるかもしれない、との話だった。
帰る前にその辺りのことを説明してくれた茶髪に赤い目、黒のタンクトップに迷彩柄の長ズボンというちょっと変わった女の子(実のところ名前を聞き忘れたためそうとしか言いようがない)は、
「具体的には貴方が喋ってしまった相手と貴方を殺処分して、魔術と科学が交差する辺りの技術で周囲の人間の記憶から公的な記録まで全件削除するってことですよっ。まったくもう……、こんなこと二度と乙女の口から言わせないでくださいね……?」
と恥ずかしいことを無理やり聞き出されて困っているように頬を紅潮させつつ、まったく言葉を選ばずにそう言っていた。
さすがに怖いから二度と聞きたくない。
しかし、記憶を消去することができるなら僕の記憶を消せばいいんじゃないの? という感じの質問をしたところ、
「それじゃダメっつーか無駄なんですよね。説明もめんどくさいので簡略化しますが、かくかくしかじかというわけなんです。わかりました?」
「かくかくしかじか、なんて素で言われてもわからないよっ! というか簡略どころか全略してるよね、それ!?」
ボクがそんなツッコミを返すと、その女の子は感心したように“腕組み+頷き連打”をくり出してきた。
「いいツッコミです。ところで“全略”っつーのは“全キャラ個別ルート攻略”の中略ですよね? どのゲームの話ですか?」
「どのゲーム以前にどの話だったっけ!?」
僕はまた当然のツッコミを返した。でも女の子はそれを軽く流すと、楽しそうにケラケラと笑って、
「まぁ例えばですね。ある国が、あまりにも強大すぎるから使ったらいけないって定めた戦略弾頭、例えの中で例えば身近な例では核爆弾が妥当でしょうね。それをほんの一回だけ、止むを得ず苦肉の策で使ってしまいました。そして、時は流れて数千年後……」
なんか語りっぽくなってきたな、と思っていると、その女の子はいつのまにか掛けていたメガネををくっと上げると、
「危険な戦略兵器を使った割に運よく長い長い期間その土地を支配し続けてきたその国は地球外生命体の侵略により滅びの危機に瀕していた……。“陛下、やはりあの侵略性外来生命体には現行兵器は無力のようです”“やはりアレを使うしかないようだな……”“アレとは……?”“古代兵器だ”」
例え話に登場人物の台詞まで出てくるとは思わなかったよ、黒タンクトップのお腹にいつのまにか増設されていた半月型の白いポケットに手を差し入れた女の子は、
「地球儀破壊爆弾~」
とボイスチェンジャーを通したようなダミ声で宣言しながらポケットに入ってたとは思えない大きさのロケット弾を掲げた。
地球儀破壊して何になるの!? 確かに少し離れた廊下の途中に金色の地球儀のオブジェがあるけどさ! と思わずツッコみそうになったけど、それ以前にそろそろ色々誤魔化しきれない。
ボクのそんな心配も何処吹く風で、その女の子は語り続けた。
「“しかしアレの使用は法律で禁じられています!”“大丈夫だ、問題ない”“どういうことでしょうか?”“我が国の歴史を綴った旧時代の文献には、一度だけアレを使ったという実績が確かに残っているのだ……”。いやぁ、前例って怖いですね」
色々ツッコミどころがあるけど一部無駄に凝ってる癖にそれ以外はもう適当だよね!? とツッコミを返す気力もなくなった。あの女の子と話していると異常に疲れるらしい。確信犯的にボケを連発してくるから。
「ま、その適用実績やら前例やらと同じイメージで、一回こっちに足を踏み入れるともうそういう扱いを受けるってことです。自覚云々は関係なく、一部の人外を引き寄せてしまうんですよ」
そう話を締め括ると、その女の子は『地球儀破壊爆弾』とやらで金色の地球儀オブジェのみを木っ端微塵に粉砕し、抜き身の太刀を持った黒服の女性に追いかけられて瞬く間に姿を消した。
その後、元の海浜公園で送りの車から降ろされたボクが帰途に着いてからも勝手についてきたクレア(解放されたものの特務C班、つまりリリスや巫女が見えないところから監視しているらしい)にちょうどいいからともう一度説明をしてもらうと、
「よく絵画で例えられる話ね。一枚の絵があったとして、一部が消えたり破れたりしたとするわね。これはどんなに素晴らしい修復師が修復・修正したとしてもわかる人にはわかるのよ。つまり、知ってしまったらアングラ、日本語では理外側、知らなければ知るまではノーマル、つまり一般側ということよ」
と核爆弾よりよっぽど身近な分かりやすい例で簡潔に説明してくれた。
「特失課の人が“引き寄せる”とか何とかいってたのは?」
「同じく理外側でも二種類あるのよ。日本では英国式のエクストラとコネクトね」
語彙についての説明によると、
人外側というのは、純粋に人外に該当するクレアのような受呪者や例に挙げられたシャルルのような摂理内包・人に擬態する能力とそれだけの知性を持つ一部のドラゴンや魔獣・魔物の類のこと。
理解側というのはエクストラと違って、元々は一般側にいて今回の僕のように理外側になった人たちのことらしい。
アングラの日本語表記、“理外側”というのは『摂理の外側を知っている者』の意味を持ち、それと重ねて理解側と人外側の二種類があることも示しているのだとか。
次いで説明を聞いていくと、エクストラは超感覚でノーマルとアングラを判別できるらしく、これも世界に組み込まれているシステムのひとつで、言ってしまえばそこに理論的な説明はなく“そういうもの”として理解するだけでいい、らしい。
コネクト側も専用の機器を使えば同じことができるらしいが、クレアもその仕組みまでは知らないらしい。
じゃあなんでボクには、と訊ねたら、クレアは珍しく(と言えるほど付き合いは長くはないけど)少し躊躇いがちに、
「それが……超感覚というのは簡単に言えば直感的にわかるということなのだけれど、あの時のミズハは間違いなく同じ側だと感じたの。本当よ?」
と不思議なことを言っていた。
それだとボクは、既にこちら側に足を踏み入れていたということになってしまう。しかも、今となってはその時本当はどっちだったのか調べることはできないらしい。
「無自覚のエクストラならともかく、アングラなのに何も知らないなんて例は今まで一度だって聞いたことがないから不思議だったのだけれど……そうね。今から思うと勘違いだったのかもしれないわ」
最後にそう言って話を切り上げると、クレアは俯いたまま黙り込んでしまった。当然、話しかけようとしたけど、ボクの方には意識すら向けていない様子だった。
そして無言の女の子が後ろにぴったりついてくるという凄まじく気まずい三十分弱の時間を自転車を牽き牽き遣り過ごすと、家のドアを開けた瞬間、修羅とエンカウントした、と今はこの行だ。
ずっと黙ったままのボクをじっと見つめていた久遠は、はぁ……と静かな、そして呆れたようなため息を吐き、
「とりあえず早く入って下さい、お夕飯の用意も済ませておきましたから」
「う、うん……」
一瞬頬を緩ませて中に戻る久遠の後ろ姿を眺めながら靴を脱ぎ、我が家の床に足を着ける。朝もここから出たのに、床板の少し軋む感覚が何故か懐かしく思える。
キィ、パタン。
と後ろで戸の閉まる音がして、ガチャリと鍵を閉める音がする。チャッという小さな金属音はドアチェーンかな。ボクは面倒になっていつからかかけなくなってしまったけど、なかなか防犯には気を遣ってるみたいだな、クレアは。
…………は?
ってッッッ!?
「そういえばみっくん、携帯電話忘れてまし――わきゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」
ボクが大変な事実に気がついた瞬間。
わざわざ充電器に差しておいてくれたのだろうボクの携帯を手に持った久遠は、くるりと振り返ったかと思うといきなり悲鳴を上げて両手を挙げた。
久遠の手から離れてごみ箱に決死のダイビングを極めた携帯をちょっと悲しい気分になりつつ拾い上げ、そんなことをしている場合じゃないよね、とボクはクレアに振り返る。
「なんで家にまで入ってきてるの!?」
「私にはミズハ以外にいないもの」
「何が!?」
「宿を頼れる人」
「クレアは特――」
咄嗟に“特失課に用意してもらえばいいじゃないか”と口にしそうになって口ごもる。危ない、危ない、いきなり抹殺もとい抹消されるところだった。
わずかな間に、繋げられる言葉を探し、すぐに口にする。
「――別だよっ!」
何か間違えた気がした。
「そう? ありがと、ミズハ。優しいから大好きよ♪」
手慣れたウィンクを飛ばしつつそう言ったクレアは土足で上がるというお約束を直前で回避した風にぎこちない動作で脱いだミュールを綺麗に揃えて立ち上がる。さりげなくボクの靴まで揃えてくれる辺り、華やかな見た目や割と大雑把な性格に似合わず細やかな気遣いができる子みたいだ。
そう、久遠のように――。
「みみみ、みみっく、みっくん、そそ、そその、その人は誰でっ……」
動揺のしすぎで、何かのRPGで宝箱に擬態して、近付いてきた人を襲う割とメジャーな魔物が登場してる。
「あ、えっと……」
クレアが当然のごとくボクの紹介を待っているかのような表情を向けてくる中、どう紹介したものかな、と迷っていると、急にクレアが何処となくそわそわし始めた。
未だ付き合いは短いが、これは何度も見たことがある。ミコや神流、擬似シャルルに向けていた、要するに“可愛い子を愛でたい欲求と葛藤している”状態だ。
急ごうか。
「くー、彼女はクレア=理=ディストルツィオーネ」
「初めまして」
「クレア、この子は火喰鳥久遠。ボクの幼なじみ」
「は、初めまして、えっと、ディストルツィオーネさん。どうぞ、中へ……」
パッと頭を下げた久遠は少しおどおどした様子で手を差し出し、クレアを部屋の中に案内する。ボクの部屋だけどね。
「クレアでいいわ。私自身、そっちの名前はあまり使っていないの。その代わりというわけではないけれど、私も久遠さんと呼ばせてもらって構わないかしら?」
「あ、はい。大丈夫です」
ボクは名前を教えた途端に無許可で呼び捨てにされてた覚えがあるんだけど、気のせいだったかな……。




