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箱をあけよう  作者: ひろりん
第4章:王城編
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ステファンの誤算。

カツカツと靴底を鳴らしながら、

足早に王城の廊下を、競歩のように歩く姿があった。


長い褐色の髪を後ろで束ね、緑の目に苛立ちと焦りを携えたまま、

真っ直ぐに目的地である、王城南側に位置する、軍の詰め所まで急いでいた。


南の塔沿いに赤レンガの道がしかれ、

その先に、2階建ての石造りの長い建物があった。

多分、城の石材と同じ素材で出来ているのだろうが、

石の色は灰色にくすみ、所々黒ずんでいた。

あまり手入れをされていないためか、あちらこちらに苔や蔦が蔓延っていた。



彼は、その建物の一番手前の入り口である勝手口を、いささか乱暴な所作で扉を開けた。


バン。


大きな音がして、中にいた数人の男達が戸口を振り返った。

そして、その音を起こした人物の顔をみて、目を丸くする。



「なんだあ。 おいステファン、どうしたんだ。

 腹でも下したのか?」


緊張感の無い、彼の顔見知りの男の一人が、声を掛けたが、それに対する彼の反応は

無視に近いものだった。


「総長はどちらに居られるのだ?

 教えてくれ、至急を要するんだ。」


確か、この詰め所に総長も、軍団長も今日はまだ居られたはず。

それとも、軍本部まで出向かないといけないのか。

早馬を出すべきか。


ステファンの頭の中で、ぐるぐると考えが浮かんでは消えていた。


彼の様子が、いつもと違う様に、その部屋にいた全ての男達が、

緊急の何かが起こっていることを察した。


「ステファン、 総長は今、団長と警邏の責任者とで、

 奥の会議室で、話をしている。

 多分、あの事件についての報告や、詳細についてだと思うが。」


彼の右前に立っていた男が、教えてくれた。

よかった。

総長も軍団長もここにいた。


安堵のため息が、ほうっと小さくもれた。


そして、奥の示された会議室に足を向けた。


「おい、ステファン。 なにがあった。」


「それは、軍団長か総長から教えてもらってください。

 私には、今、時間がありません。」



会議室の扉の前で足を止め、ノックを4度鳴らした。

これは、軍の内部での合図。

4つは、緊急の要件あり。

このノックで警邏の連中はわからなくても、総長や団長はわかってくれるだろう。



「入れ。」


中から、軍団長のひび割れたような声がした。

扉を開けて、かかとを鳴らして、胸に手をあてて、敬礼した。



「ステファンです。

 皆様、会議中、申し訳ありません。

 軍団長、総長、いかがしましょう。」


内容については、ここでは一切語らない。

軍の人間だけでなく、警邏の人間も半数いるこの会議室で、

どこまで話していいかわからないからだ。


「わかった。 皆様、私とロイドが席を外すことを許されよ。

 警邏の皆様には、お茶と軽食をメイドに用意させるので、

 すこしの間、休息を入れてくれ。」


人の間から、堂々とした体躯の男が流れるような動きで、

姿を現し、皆に告げた。

顔には、左頬から左目に向かって深い傷があり、

それが歴戦の戦士を思わせる容貌をかもし出していた。

それに加え、流れる月日が皺を刻み、白いものがいくばくか混ざった髪と髭に、

威厳すら感じさせる。

その存在感に、自然と全ての視線が、彼に向く。

その向いた視線の先には、

きらめくエメラルドの眼光があり、圧倒的に周りを威圧していた。



「わかりました。 ゼノ総長がそう言われるのならば、

 私どもも、休憩を入れることに異議はありません。」



警邏の担当者である、バルマン副所長が

一歩前に踏み出して、総長であるゼノに告げた。


その返事に軽く頷いて、軍団長のロイドとステファンを連れて、

2つ右奥の、応接室に向かった。


部屋に入るなり、ゼノは、白いものが混ざった褐色の髪を軽く振り、

ステファンに向き直る。

部屋の扉の錠が下りたのを確認してから、口を開けた。


「話せ。 なにがあった。」


「まず、こちらをご覧ください。」


そう言って、ステファンは、背中のベルトとマントの間に隠していた、

一冊の黒い皮の本を差し出した。


ゼノとロイドは、並んでその太い冊子を開いて、中を確認した。


皮の本は、開けるとファイルのように、書類や資料が挟まっていた。

この国では、一般的な報告書の作りだ。

それも、何通も一緒に入っている。

だが、問題なのは、その資料の中身についてだ。


そこには、王の執務室や、国議会で内々に語られる議題にしかないであろう内容や

決して持ち出しなど許されるはずが無い内容が記されていた。


特に、今度のアトス教区の裁判についての、

証人や、証拠の数や特徴なと、事細かに記されている。

証拠の品の保管場所、証人の居住区などの極秘情報が、一目瞭然だ。


また、反論されるであろう口頭弁論などの記述が、

そして、それに対しての反対弁論とその証拠と立証。

これらは、法制館の王の下で、管理保管されている重要書類だ。


この黒いファイルが一冊あれば、

裁判が、判例が、ひっくり返る。

黒を白にすら、出来てしまうかもしれない。

それくらいの物だ。


「これは、どうした。」


ゼノ総長は、息を詰めてゼノたちの様子を伺っていたステファンの顔を見返した。


「本日、執務室の洗濯物に紛れて、城外に運び出されようとしていたものです。

 そして、これを執務室から、洗濯室に運ぶ予定になっていたのは、あの死んだ侍女です。

 たまたま、新人侍女がその役を引き受けたため、

 警護にあたっていた私が、気がつくことができました。」


「なんだと。」


ゼノとロイドの顔が険しさを増す。


「さらに、洗濯室では、外からの通いの女中がこれらを受け取り、

 城外に運び出す算段が出来てました。

 そして、侍従の一人が図書館で、なにやら怪しい動きをしてました。

 侍女に接触し、つなぎを誰かととるつもりだったようです。

 そして、これも、ご確認ください。」


ステファンは、ゼノに手紙のような紙を折りたたんだものをポケットから取り出した。


「多分、その侍従がその誰かに当てたものです。

 まだ、開けてはおりませんが、外の黒幕からの指示書だと思われます。」


その手紙は、メイがあの図書館で本の間から、見つけたもの。


メイのスカートのポケットから、頭が飛び出すように

無造作に入れられていたそれを、ステファンが階段で抱きとめた時に、

ひそかに、ポケットから引き抜いていた。


メイが、書庫の本棚の側でしゃがみこんで、手紙を見つけたとき、

メイ本人は、全く気がついてなかったが、すぐ近くに、ステファンもいた。

そして、ぶつぶつと言うメイの独り言も聞いていた。


あの時、メイは、確か、シドさんって、誰なのかなっと呟いていた。


「おそらく、シドという人物に渡すようにと言われていたはずです。

 渡された本人には、そのような知り合いは居らず、

 また、この王城には来て間もないことから、その侍女は無関係であると

 私は、推測します。

 

 そして、もう一人、この城にはそぐわない気配を持った庭師がいます。

 庭師にはあるまじき、手と足の運びをしてました。

 あれは、体術の面に置いても、かなりの訓練を受けた者であると思われます。

 我々のような軍の者と接触したとたんに、顔を隠した様子と、

 その慌てた様子からも、かなり後ろ暗いことを遂行している者ではないかと。

 そして、怪しい動きをしていた東の塔付近にも何かあると推測しました。

 

 以前に総長が仰っておられた、機密流出や隣国のスパイではないかと

 急ぎ、ここに来た次第です。」


一気に、懸念事項が確実に伝わるように、簡潔に告げた。

話し終わって、酸素不足に、ひゅうっと息を吸い込む音が自身の喉からした。


渡された手紙を開き、中の文章を確かめる。

ゼノとロイドの視線が、ある言葉の上でピタっと止まった。


(城の証拠は回収不要。

 証人と、証拠隠滅は、「闇影」に始末を頼んだ。

 誰も事が終わるまで、動くな。)



「闇影」


その部分が、どうしても気になるかのように、ゼノの口から、

単語を復唱するように、呟かれた。

 

「この場合は、おそらく闇の影の組織でしょう。

 さきほど、警邏の報告書にあった、警邏の証拠の隠滅を図ったのも、

 闇の影からの指示だったらしいと書かれてました。

 あれは、2日前のことだったと記憶してます。」


ロイドが、補足説明のように、ステファンにもわかるように話した。


「以前から、王や我々の間で、ずっと秘密裏に調べていた。

 どこからか、隣国や犯罪組織にわが国の情報が流れている。

 

 隣国とつながりのある貴族や、商人など、ありとあらゆる情報を精査し、

 やっとアトス信教と人身売買組織との繋がりが

 隣国への道を開いていることが、わかった。

 後は、どこから情報がもれているかだが、さっぱり手がかりがつかめなかった。」


「はい。」

ステファンは、その一件を目の前の父であるゼノの言から知っていた。

いや、正式にいうと、ゼノが兄達に言っているのを聞いたのだ。

ステファンの二人の兄は、国内国外に共に顔が広い。

それゆえである。


「まさか、王城からだとは。

 王の膝元で、我らの警護の網をかいくぐって

 一番ありえないであろうと思っていた所からだとは。」


ロイドが、目を瞑って、眉間に皺を寄せる。

その口調は、苦々しいことこの上ない。


王城は、長く警邏や軍部が警備を何重にもしていた場所だ。

部外者が入る隙間も無いと自負できるくらいに、人選にも厳しい。

軍部も、王城で働くものも、怪しい者は誰一人としていないと言い切れるとそう思っていた。




「ステフ、俺達が先程話していた一件も、このお前が持ってきた報告で

 繋がった。 お手柄だ。 よくやったぞ。

 さすが、俺の自慢の息子だ。」


ゼノが、大きな手で、くしゃくしゃにステファンの頭を撫でた。

振り仰いだその父の満面の笑みは、今までに兄弟達に与えられてきていた

ステファンが、ずっと欲しかったもの。


(貴方が思うよりずっと、人は、貴方の努力してきた人生を認めているものですよ。)


メイのあの言葉が、ふっと脳裏に流れた。


そして、父の笑顔と自慢の息子という言葉。


(レヴィ船長も、お兄さんやお父さんも、誇らしく、自慢に思うはずです。)


自慢に、思われていた。

父に、よくやったと褒められた。


出会ってまだ数日にしかならない女性から、言われても、

普段なら、気にも留めないし、耳にも残らない。

だが、メイの言っていた言葉は、ずしんと重みを脳裏に残した。

自分の夢であり、願望であった為だろうか。

だが、それは、現実となった。


その事実に、頬が、顔が緩む。


(ステファンさんは、素敵です。

 ステファンさんしか持ってないもの、見えますもの)


あのメイは、そういった。


俺にしかないもの。

あるのだろうかと半信半疑だった先程までとは、

違った意味合いで、その言葉を受け止められることが出来た。


俺にしかないもの。

兄上達や、父になくて俺にあるもの。


あのメイは見えると言ってくれた。

ならば、あるのだろう。

今までに無く、自身を信じることができた。

それが、心の確かな礎となる。





「ステフ、今から警邏の幾人かと、

 この件で、話をする必要がある。

 お前は、今からもう一度、同じ話をしろ。

 いいな。 今から、王もこちらに呼びつける。

 法制館の許可をとったら、 一気に、間者を捕まえる。」


ステファンは、少しだけ戸惑ったが、父の言葉に頷いた。

メイには、一人で行動するなと言っておいた。

もし、自分がいなかったら、王妃の護衛と一緒に行動するだろう。


壁の時計を見た。

メイと分かれてから、30分以上経過している。

証拠となる、黒の皮表紙のファイルを、ある場所に隠していたので、

それを取りに行ってから、ここに向かったため、

時間が思ったより経過していたのだ。


ワポルとゾイもいるから、2人のうちのどちらかが、

メイの護衛についてくれるかもしれない。


間者を片付けたら、問題は一気に解決する。

裁判も、判決に問題がないことは間違いないだろう。

普段ならば、自分の判断に迷いはなく、このまま父について行っただろう。


だが、かもしれないでは、不安が残る。

そして、それがやけに気に掛かった。

メイの護衛を、かもしれないという不確かな何かで

終わらせはいけない気がしていた。


「外の誰かに、護衛の任の引継ぎを任せたいのですか、

 よろしいでしょうか。」


父の顔を見ながら、言葉を選んで、発言する。


「あん? いいぜ。

 早く行ってきな。

 腕の立つやつを2人ほど選んで配置しろ。」


「はい。」


きびすを返して、勝手口付近にたむろしていた同僚達の顔を思い浮かべる。

何人かは、もう仕事を終え、軍の宿舎に帰る用意をしていた。

急がなければ、そう思って、早足で廊下を駆け抜けた。

腕のすこしでもましな人材が、そこに残っていることを期待した。



勝手口付近にたどり着くと、そこには予想外の人物がいた。


「よう、ステファン、なにかあったのか?

 皆が、騒いでるぜ。」


その言を放ったのは、王妃様つきの護衛だった、ワポル。

そして、王妃の護衛として、昨日から上がった、体の大きな軍部の同僚2人もそこに居た。


「まて、ワポル、お前、何故ここにいるんだ。

 お前達もだ。 王妃は今、北の塔にいるのではないのか。

 それとも、行かれなかったのか。

 ゾイはどこにいる。」


「おう、王妃は塔の中だ。今日は、なかなか出てこなくてよ。そしたら、

 侍従長が来て、王妃は自分が連れてきた護衛がつれて帰るから、

 俺達は、宿舎に引き上げていいって言われたんだ。

 お前もいなかったから、多分、お前にもそう伝わっていて、

 先に宿舎にひきあげたんだと思ったんだ。

 ゾイは、ローラに引っ付いて、厨房に移動してると思うぜ。」


ワポルは大きな顎を嬉しそうにしゃくりながら、

腕を大きく上に伸ばして、全体的に体をそらした。


「久しぶりに早く宿舎に帰れるな。

 今日の夕食の時には、飲み比べでもするか。」


ワポルの能天気な言動に、目の縁が切れそうなくらいに目を見開いた。


ステファンの脳裏に、侍従長の顔と名前が浮かぶ。

侍従長の名前は、確か、シグルド。


シグルト、シグルド、……シド。


思考が一気に回転を始める。

メイが呟いていたシドと言う言葉。


王の執務室から持ち出されていた資料。

侍従長ならば、可能だ。


そして、今のワポルの言った言葉。

引き上げられた軍部の護衛。

侍従長が連れていた護衛。

東の塔付近で出会った、庭師の格好をした不審者。



電流が、頭に走った。

頭の中で、恐ろしい勢いでパズルのピースが埋まっていく。

考えれば考えるほど、侍従長がシドである確率は限りなく黒に近い。



「おい、ワポル。

 お前達も、今すぐ、塔に戻れ。

 王妃を狙っていた犯人は、おそらく侍従長とその連れていた護衛だ。

 侍女を殺したのも、やつらかも知れない。

 殺された侍女は、やつらの仲間だったんだ。」


早口に、思いつくままにワポルに告げたが、

ワポルは、きょとんとした目をしたまま、動かない。


「おい、いきなり、何、言い出すんだ。

 侍従長がなんだって?

 侍従長は何年もこの城に仕えてきた人物で、

 国議会の信頼もあついって言ったのはお前じゃないか。」


ああ、そうだ。

侍従長は、国議会議員のフロドノン議会議長のもっとも信頼する人間で、

親戚筋でもあったはず。


ということは、外に繋がるのは、フロドノン議長なのか。


「いいから、急げ。

 今は、論じている暇は無い。

 俺は、総長と軍団長を呼びに行ってくる。

 すぐに後を追いかけるから、お前達は、王妃と侍女を守ってくれ。

 ワポル、頼む。」


ステファンが、必ず戻りますから、一人で行動しないようにと言った時、

真っ直ぐに見返しながら頷いてくれたメイの顔が、残像のように目に浮かぶ。


約束したはずの俺は、何をしているんだ。

今すぐ駆けつけられない苛立ちに、ぎりっと唇をかみ締める。


俺の真剣な表情に、ワポルと他の何人かの同僚が席を立ってくれた。

がたがたと剣を持ち、脱ぎかけた服や内鎧を再び付け直す。


「わかった。

 本当は、よくわからんが、王妃が危ないんだな。

 俺達は先に行く。」


ワポルと用意が出来た数人が、ばたばたと足音高らかに部屋から出て行った。

後姿を見送ることも無く、ステファンは足を反対に向け、走った。


そして、会議室に戻っていた総長である父と軍団長のロイドに知らせるべく、

会議室のドアをノック5回して、乱暴に戸をあけた。


5回は、非常事態。緊急事態をさす。


「シドの正体は、侍従長です。

 今、王妃の側には、護衛が一人もいません。

 そして、侍従長が護衛と称して、腕の立つものをつれて、

 塔の前にいるそうです。」


「何? 侍従長だと。」


「はい、今、王妃付護衛であるワポル達をこの詰め所で見かけて

 事情を聞いたところで、判明しました。

 総長、人員を至急配備してください。

 そして、北の塔に居られる王妃様と、侍女の身を

 守る為に、総長が指揮を、お願いします。」


「おそらく、手紙が渡った先が我々だと、気がついたのでしょう。

 それで、証人と、もしかしたら、何か知っているであろう王妃を消しに掛かったのでは

 ないでしょうか。」


ロイドが、冷静に言葉を続けた。


「やつらは、この手紙の内容を知りません。

 ですから、闇の影が動いていることも知らないはず。

 だからこその暴挙だと思われます。

 急いで、人員を集めます。」


ゼノは、警邏の人々の方を向いて、大きな声で言った。


「人員なら、ここにもいるじゃねえか。

 警邏の。いいだろう?

 時間がねえ。」


バルマン副所長は、大きく頷いた。

ここにいる警邏の人間は20人余り。

全員が、真剣な顔つきでこちらに向き直る。


「いいか、やつらは、この城の中を熟知していると見て間違いない。

 幸い、塔の付近は渡り廊下で見晴らしもいい。

 逃げられないように、裏から北の塔の渡り廊下の下に10人ずつ左右に配置する。

 そこまでは、警邏の人数でまかなえるはずだ。

 上から逃げてきた人間は、決して逃がすな。

 

 そして、塔に一番近い階段の踊り場と北の回廊の左右には5人ずつ。

 計15人。ロイド、お前が指揮を取れ。 表警備の人間をつれて行け。急げ。

 ステファン、お前は、今すぐ、王の下に走れ。

 そして、経緯を説明しろ。そして、北の塔の鍵を確認して来い。

 よろしく頼む。 俺達は、現場に乗り込む。」


本当は、ステファンは、メイを助けに自分が行きたかったが、

父に頼むといわれたら断るわけにはいけない

急いで王に説明して、駆けつけよう。


ステファンは、しっかりと頷いて、すぐさま駆け出した。


ロイドも一人の若手を表警備に走らせた。

そして、部屋に置いてあった剣と鎖帷子を手早く身につけ、総長であるゼノも

部屋から出て行った。 

 

バルマン副所長は、人員を二手に分け、北の塔に配置するべく、

武器などの詳しい指示をしながら、自分も移動した。






先程まで、論議が高まって、人いきれを起こしそうだった部屋の空気が、

一気に入れ替わった。

今は、がらんとした、誰も居ない部屋と、

去った人間が立てたかすかな埃だけだ。




その窓に掛かった、黒いカーテンが風も無いのに大きく揺れた。


(やれ、これは、めんどくさい。 契約違反だ。)


カーテンの陰から、くぐもった、

闇そのものを思わせる低い声がぼそりと呟いた。



回収予定であった証拠の書類は軍部に渡った。

依頼主アイツの正体も程なく、ばれるだろう。


これは、半金諦めたほうがよさそうだ。

これ以上手を伸ばすと、薮蛇になる。



影が、ゆらりと黒い影を床に落とし、滑るように、

床の闇に溶け込んだ。 



(毒はすでに、仕込んであるが、どうするか)


その呟きは、誰にも聞かれてない。


真っ黒いカーテンの影で、窓が音もなく外に開いた。

髪を揺らすほどでもないが、夜の重い風が皮膚を撫でる。


万が一の為のこれは、もう必要ないか。


影が、手に持っていた小瓶を軽く揺らした。

小瓶の中には透明な液体が、揺らされてちゃぽんと軽く音を立てた。


毒の痕跡が見つかれば、闇の影が仕事をしたことが判明できるだろう。

それだけならば、今、仕込んである毒だけで、十分だ。

今回は、契約者からの違反で、不履行だ。

この件で、我らが不利益を被ることはない。


影は、開いた窓の隙間から闇に溶け込むように、体を滑らせ、

外に出て行った。


木の枝先に止まった梟だけが、その様子を、呟きを聞いていた。




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