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箱をあけよう  作者: ひろりん
第4章:王城編
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勧誘には負けません。

トントンと、音を立てて、狭い階段を、両壁に手をつきながら、駆け下りた。

そうして、一番下について、入り口が閉まっているのに気がついた。


あれ?

私、閉めてないのに。

開けるのってどうやるんだろう。

どこかに、また引っ張るものがあるんだろうか。


そう思って、まわりを見渡していたら、足元の石に、

やけに磨り減って、光っているところが一箇所あった。

その石を、足先で、ちょんと押してみた。


すると、入り口をふさいでいた壁が、私の方に向かって迫ってきた。

慌てて階段の上に逃げたら、

入ってきたときを同じく、壁が移動し、入り口の穴が開いていた。


ちょっと、びっくりしたけど、大丈夫です。

ドキドキしている心臓の音を宥め、

開かれた穴を通って、こちらに来られていた王妃様に頭を下げた。


「王妃様、すいません。

 上の部屋で休憩してました。

 供物を聖杯に乗っけるんですよね。

 手伝います。」


王妃様は、供物の入った籠から、今、正に、

供物を取り出そうとしていた。


が、私が話しかけたにも関わらず、王妃様が、固まったみたいで、

手や視線は動かない。 

私の顔を見つめたまま、無反応。


籠に向かって手を伸ばして、再度、王妃様に話しかける。


「あの、王妃様?

 どうか、されましたか?」


それとも、私の顔に何かついているのだろうか。

さっきは、紅茶しか飲んでないから、ついてないはずだけど。

自分の口元に手をやって、確認する。


そのしぐさで、王妃様は、我に帰ったみたいで、

持ち上げていた手は下ろされ、その目は細かな瞬きを数回した。


「いいえ。 びっくりしただけです。

 貴方が、いきなりそこから出てきましたから。」


王妃様は、私に籠ごと渡してくれた。

それを受け取って、中の供物を取り出し、

聖杯の上に置くべく机の上に並べた。


供物は、私の予想とは違っていた。


日本で仏壇に供えるって言うと、お干菓子とか、フルーツ、野菜とか

饅頭とかくらいだったと思う。

実際、朝に供えられた供物は、フルーツと何かの木の実。

それに、塩と、瓜のような野菜だった。


王妃様の籠の中には、小さめのミルクのビンが2本。

片手くらいの大きさの固めのパンが4つと、ルーレの実が3つ。

それに、トマト、レタスといったような野菜。

それに、焼き豚の固まりのようなもの。

卵が3つに、胡椒のビンが一つ。


まるっきり料理の材料というか、人が食べるものです。


「これは、あの子のものです。

 朝は、供物を、夜は、あの子の食事を持ってきているのです。」


王妃様は、黒いベールをそっと持ち上げて、

私が取り出したものをじっと見ていた。

相変わらず、人形のような瞳だ。


「わかりました。

 これは、この机の上に置いていて良いのですか?」


尋ねると王妃様は、こっくりと頷いた。


聖杯の横にそのまま置いておく。


王妃様は、またベールを元に戻し、私を横目に、朝と同じく

低い椅子にひざまずいて、頭を下げ、手を組んで祈り始めた。


特に、祈りの決まった文句とかが、あるわけではないみたいで、

じっと黙ったまま、ただ拝殿に向かって祈っていた。


一歩下がったところで、じっと王妃様のお祈りの邪魔をしないように、

お祈りが終わるのを待っていた。

朝と同じく、15分ほどしたら、王妃様は頭を上げ、

椅子から立ち上がった。


よし、終わりですね。

このまま、かえって、晩御飯だ。

今日の夕食は、ナンだろうか。

楽しみですね。


思考をすでに、この後の予定に飛ばしていた為、

王妃様が、じっと私を見ていたのに、気づくのが遅れた。


何ですか?


首を傾げたら、王妃様は、ふうっとなんだか、

随分と疲れたような、重たい息を吐きました。


「あの子は、貴方をどうしようというのでしょうか。

 私には、恐ろしいあの子のことは、わかりません。

 ですから、貴方は、十分に気をつけてください。」


言葉には、震えが混ざっていたように聞こえて、

王妃様を見返した。


「紫は、変なことはしませんよ。

 良い子ですから。」


多分。


「ユカリ? あの子に名前をつけたのですか?」


王妃様の声は、隠し様もなくどんどん震えてきた。

語尾にいたっては、段々甲高くなってきている。


「はい。 名前がないと、呼ぶのに不便ですので。

 それに、紫は優しい子です。」


きっと。


さっき、話した限りだけど、王妃様が言うように、紫に対して

恐ろしいとかは、さっぱり思わなかった。



「貴方は、あの悪魔に騙されているんだわ。

 まだ、ここに入って一日もたたないというのに、なんてことでしょう。

 ああ、そうです。 貴方も、アトス神様にお祈りをなさい。

 一生懸命に祈れば、神がかなえてくれるかもしれません。」


王妃様は、私の側に近寄ってきて、私の前で、両手を組み、

祈るように、頭を垂れた。

その姿は、宗教画に出てくるマリア像のようだった。


「貴方からあの悪魔の影響が離れるように、私もお祈りしましょう。

 こちらへ。 一緒に祈りましょう。」


そういって、ぐいっと腕を掴まれて、ぬかずく為の椅子の前に

連れて行かれた。

力は些少でしかなかったが、長く伸ばされた爪が腕に食い込んで、

微妙に痛みが走った。


「王妃様。 

 アトス神様に祈るのは、自分のことだけにしてください。

 私は、アトス教徒ではないので、後で、夜にでも、

 自分の神様に祈ることにしますから。」


「アトス神様は、心の広いお方です。

 今は別の神を信じている貴方でも、改宗したら、

 きっとお救い下さるでしょう。

 諦めてはいけません。」


マリア王妃様は、なんだかうっとりとした夢みるような声を出していた。

多分、顔もそんな感じなのだろう。

ベールで見えないから、想像だけど。

今までの人形のような顔とは、全く違っているに違いない。


だけど、話が通じない王妃にちょっと困惑した。


今までの王妃様の印象は、感情の揺れ幅がなく、

理知的な対応をするひとって思っていたから、なおさらだ。


「いえ。 マリア王妃様。

 せっかくのお誘いですが、改宗はしません。

 ですから、心配は無用です。」


きっぱりと宗教の勧誘は断るに限る。

以前に、テレビでアナウンサーの誰かが言っていた。



「まあ、貴方はアトス神様を知らないから、そう言うのだわ。

 ですが、知らないことは、罪ではありません。

 これから、知れば良いのですから。

 知れば、貴方は、アトス神様の素晴らしさをきっと理解できるでしょう。

 アトス神様の奇跡の数々は、それは素晴らしいものなのですよ。」


くう。

王妃様、手ごわいです。


「いえ。 お話も結構です。

 私は、自分で目で見て、経験したこと以外は信じませんから。」


これで、どうだ。

駅前の勧誘は、これで、諦めた。


「まあ、人の身の経験など、神の偉大な身業に比べれば、

 些細なことなのですよ。

 それしか信じないというのは、狭量ではなくって?」


王妃様、宗教勧誘ポイントかなり高めです。

駄目だ、乗せられるな、私。

怒っては駄目。


くっ、負けないわ。

ごり押しには、質問返しです。

 


「ならば、王妃様にお尋ねします。

 アトス神様は、異教徒をお認めになりますか?

 この国にも、いろんな人がいて、いろんな宗教を信じている人がいます。

 そんな人々に対して、アトス神はどのようになさるのでしょう。」



王妃様は、にっこりと笑顔で、答えた。


「アトス神様を信じれば、異教徒ではなくなるわ。

 考える必要はないのではなくって?」


それは、かなり強引ではないでしょうか。


「つまり、アトス神様は、異教徒は認めないのですね。

 そうすると、かなり狭量な神様だと思います。」


この世界にも4つ柱の神様がいるのを知っている。

つまり、他の神様を認め合ってるってことよね。

それに比べて、アトス神は、心狭いと思うのは、私だけではないはず。


「まあ、アトス神様を狭量だなんて。

 そのような、考え方は不敬ですよ。

 神の御心は、私達人間には、量れないものなのですよ。」


都合が悪くなると、すぐそれか。

心の底から、はあっとため息が出た。


「私には、アトス神様が、すごく可哀相だとしかいえません。」


王妃様が、きょとんとした目で、私を見返した。

私の言葉が、随分意外だったのだろう。

次いで、眉を寄せて、軽く睨んできた。


「アトス神様を哀れむなんて。」


不敬ですか。

でも、私はアトス教徒ではないし、宗教勧誘には

不敬でも問題ないと思う。


「だって、可哀相ですよ。

 いろんな頼み事や願い事、お祈りまで聞かされて、

 それなのに、何か事が悪いほうに進むと、神の御心とかいわれて、

 自分を棚に上げて、盾に、言い訳に使われる。

 人間の都合の良い解釈で、神様が振り回されているとしか私には見えません。」


王妃様は、途端に顔色を変え、白い顔がさらに白くなる。


「私は、そんなことは……。」


今までに無いくらいに、小さな声で、王妃様の反論が聞こえた。

さっきまで、堂々と宗教勧誘していた王妃様とは思えないほど小さくなってる。

もしかして、思うところがあるのかもしれない。


「王妃様、さっき、私が聞いたのは、異教徒をアトス神はどう扱っているのかと

 私は、聞いたんです。 アトス教徒が論じている言葉が聞きたいのではなく、

 神が実際に、どのようにしたのかということです。」


王妃様は、首をふるふると小さく横に振った。

知らないということだろう。


「私は、聖典を読んでいませんが、神とは、決して、人を区別しないものだと思ってます。

 異教徒であろうと、教徒であろうと、平等に毎日がやってきて、恵みを、

 安らぎを、苦労を、その果ての満足を、全ての人に区別無く、与えます。

 そして、人は、そんな神に感謝をすればいいのだと思ってます。」


「私は、アトス神様に常に感謝しているわ。

 だから、祈って、助けてもらおうと思ってるのよ。」


王妃様の両手は、硬く胸の前で組んだままだったが、

不意に解かれ、会話に邪魔なベールを右手で、跳ね上げた。

その両目は、大きく見開き、戸惑っている表情を隠すことも出来ない。


「祈っても、大概はかなえられませんよ。

 神は、頼る対象にしてはいけないんです。

 人の人生や運命は、神に祈っても、変えられない。

 神は、人間の運命を決める力はあっても、人生を変える力は使わないのですから。」


うん。

以前に、どんなに祈っても、宝くじは当たらなかった。

それに、確か、この世界の4つ柱の神は、人への影響力を殆ど持たないって言ってたし、

間違いないでしょう。


「嘘よ。

 教区の司祭さまは、仰ったわ。

 祈りなさい。 祈れば、必ず、神は助けてくださると。」


言うんだよね。

宗教家は必ず。


「神様は、自分勝手な頼みや祈りなど、聞きませんよ。

 だって、きりがないでしょう。

 それに、アトス神様はお一人なのでしょう。

 だったら、一人一人に関わっているわけが無い。」


「だから、沢山、お祈りや供物を上げた人だけを助けてくださるのよ。

 だから、私の祈りも聞き届けてくださるはずだわ。」


王妃様は、早口で、私に反論してきた。

私は、その言葉に眉を寄せた。


「王妃様、今、自分で何を言ったか、理解してますか?

 アトス神は、人を、財産や供物の量で区別すると言ったんですよ。

 ならば、貧乏な教徒は救いをもらえないで当然だということですね。

 そんなこと、経典に書いてありますか?」


王妃様は、ふるふると首を再度、横に振った。

その顔は泣きそうに歪み始めた。


「だって、司祭さまが、仰ったのよ。

 従うのが、教徒の務めでしょう。」


こんどは、司祭様のせいですか。


「マリア王妃様、貴方は、司祭様が仰った言葉は全て正しいと思っているのですか。

 それは、間違いです。

 彼らは、神ではないからです。

 彼らは、人間です。」


「それは、分かっているわ。

 でも、神のお言葉を伝えて下さるのよ。

 司祭様は、神のお使いなのですから。」


私は、必死なマリア王妃の顔をじっと見つめながら、

答えた。


「違います。 司祭は、神に祈り、神を祀る者です。

 神に祈ることに人生を捧げた者の総称です。

 神は、一個人に、関わることは、基本ありません。」


多分。

今、私が守護とか加護を受けていることは、きっと、例外的措置だと思う。


「嘘よ、貴方の言葉は、嘘ばっかりよ。」


王妃様の言葉は、なんだか、子供の反論になってきた。


「王妃様、本当は分かっているんでしょう。

 だから、反論できない。」


その私の言葉に、涙を浮かべながらも、睨み返してきた。

くやしいって、顔に描いてある。

なんだか、そんな顔が見られて、ちょっと嬉しくなってきた。


なんだ、そんな顔、出来たんだ。

人形じゃない顔。

王妃様の素顔。


そう思ったら、ふっと私の顔に微笑みが浮かんだ。


「ねえ、王妃様。 私はこの国に来て、間もないけど、知ってます。

 貴方は、この国の人々の生活を守る為に、長い間

 さまざまなことを、王妃として一生懸命してきた。

 それは、この国の人々に認められ、感謝されて、尊敬されている。

 その自分のしてきたことは、全て神の奇跡だと思いますか?」


王妃様の顔から、ふっと力が抜けた。

そして、何かを考えるように、ちょっとだけ下を向いた。


「人が人生を送るには、多くの他人と関わります。

 貴方のしてきた今までの功績は、そんな皆に認められて出来たものです。

 それを、神の身業と言い切りますか。」


「いいえ。 そうね、そうです。

 神は、一切の関与をしていません。」


答えるマリア王妃の顔は、いつもの王妃様の顔。

立派な威厳も感じられる無表情。

ああ、もう、人形に戻っちゃった。


「ならば、分かっているはずです。

 神は全てではないんです。」


神が全てならば、私は、この世界に飛ばされてない。

箱を開けたのは、神のせいではない。

自分のせいだ。

そんなの、何度も春海に言われたから、心の底からわかってる。



……文句は時々言いたくなるけど。



王妃様は、しばらく、下を向いて、何かを反芻するように、目を閉じていた。

そして、口を開けては閉じを繰り返していた王妃様は、何かを諦めたのだろう、

ふうっと大きなため息をついた。



「……貴方は、不思議ね。

 全てを、知っているかのように話す。

 貴方は、神の使いなのかしら。」


どうして、そうなる。

いい加減疲れてきた。


「私は、平凡かつ普通の一般市民です。

 神の使いとか、ありえないし、あってもお断りです。」


神様の守護者とかの錘をつけられている、唯の一般市民です。

たださえ、面倒なことに巻き込まれ補正がついているっぽいのに、

これ以上なんて、まっぴらごめんだ。


「一般市民が、私に説教をするのですか。」


「王妃様、一般市民でも、生きていれば説教の一つや二つ、

 できるようになります。」


これまでの人生の大半で、説教され慣れているからね。


「貴方は、神に頼ってはいけないと言う。

 ですが、私には必要なのです。頼り縋り、祈り助けを請う存在である神が。」


王妃様の目は、暗い色を見せ始める。 


「王妃様、貴方がすがるべきは、頼るべきは、私でも、神でもないんです。

 貴方が、本当に愛している人々です。」


王妃様の目が、また揺らいだ。


「本当に愛している人々ですか?」


「はい。一人では変えられない大きな運命も、

 自分の愛している人達の理解と協力があれば、

 どんな困難も、苦難も、乗り越える為の道を見つけることが出来ます。」


この世界に来てからも、カースやレヴィ船長、セランにバルトさん、ルディに船の皆。

ミリアさんに、オーロフさん、オトルさんに、ピーナさん、市場の皆。

マーサさんに、ローラさん、トムさんに、ステファンさん、そして、照。

その他にも、沢山の人に助けてもらった。


この世界に来て、この身一つしか頼るものも無いのに、

それも頼りなく、たいした力があるわけでない、私が、

今日まで生きてこれたのは、皆が側にいて、助けてくれたからだ。


だから、私は、彼らに、少しでもお返しがしたい。

私が出来ることで、少しずつでも彼らを助けたい。

私が、幸せを感じるように、彼らにも幸せを感じてもらいたい。


自己満足に過ぎないことくらい、わかってる。

小さな、力の無い自分に出来ることなど、そんなにあるわけない。


でも、思い続けていることは、私の力になる。

そう信じていることが、大切にしたい何かを

大切に出来る気がしている。


そう、いつか、きっと。

 


「王妃様が何を信じるかは、王妃様の自由です。

 ですが、貴方が、神を本当に信じているなら、

 神を愛してみたらどうでしょう。」


王妃様は、何を今更とばかりに、眉を顰めた。


「本当に、神を愛したなら、

 神様の立場に立って、考えれるはずです。

 そうしたら、わかると思います。

 私が、今のアトス神が可哀相と言った意味が。」


「神を愛す……」


王妃様が、呆然とした感じでぼそって呟いた。

いままで、神から愛されることばかり、助けられることばかり、

熱望してきた王妃様には、いきなりの難関問題かもしれない。


でも、話しながら、それが一番の解決方法のような気がした。

そうだよ。

誰だって、愛している人を困らせたい訳じゃない。


「神様を想うなら、いたわってください。

 すがり、頼りすぎると

 神様は、重くて潰れると思います。」


私だって、レヴィ船長達を困らせたくない。

頼りすぎて、すがりすぎて、潰したくない。

頭の中に、レヴィ船長達の気持ちのいい笑顔が浮かんで、笑顔がもれた。





「潰れたら、何だっていうの。

 神を愛せですって。

 私をこのような運命に落とした神を。

 恨み、呪いこそすれ、愛すなど出来ようはずが無い。」


いきなりの王妃様の激怒した様子に、びっくりした。

さっきまで、穏やかな微笑みすら浮かべていた王妃様の片鱗もない。

ぎらぎらと、憎しみがあふれている目で、睨まれた。



「貴方にはわからないでしょう。

 私の苦しみが、苦悩が、悲しみが、怒りが、憎しみが。

 この感情を、どこに向ければ良いというのですか。

 それらの感情を与えた神への代償を求めて、何が悪いの。」


なんと。

逆切れです。


「誰も、私をわかってくれない。

 私が私でいることすら、認められない世界で、

 誰を愛することが出来るのです。

 全ては、まやかしなのです。

 だから、私は、誰も愛しません。

 この世界の全てを、ただの陽炎と思えばこそ、

 神以外の誰も憎まずにいられるのです。」


髪を振り乱し、必死な様相で、狂ったかのように言い募る王妃様。

ああ、わかった。


「王妃様は、本当は神様が嫌いなんですね。

 そして、本当は、その陽炎から出たいんですね。」


だから、神を信じているんだ。

神がいると信じないと感情の行き場を失う。


人を運命を憎む自分に囚われたくないから、

すべてのはけ口として、神への信仰があったんだ。


それは、それで、精神のバランスを保つ為に、

王妃様にとって必要なことだったのかもしれない。

今の取り乱した様子をみて、そう思った。


「いいえ。 私は、神を敬愛しております。

 私のようなものにも、慈悲を与えてくださる神を。

 そして、この陽炎は、決して壊れないことは、私は痛感しているのです。」


その言葉は、王妃様の顔をまた、もとの無表情にもどした。

そして、また人形の顔に戻る。

 

なんだか見えない迷路で、手探りしている感じがする。 

出口に近づいたと思ったら、入り口に戻る。

その繰り返しだ。


でも、諦めることは、逃げることだ。

さっき、紫に言った事は、嘘じゃない。


どうすればいい。

王妃様が、自分を認めないと、紫の状況は変わらない。

人生を諦める紫の顔は、もう見たくない。

王妃様も無限の陽炎のなかで、人形のままだ。

そんなのは駄目だ。


王妃様の心の影を捕まえるには、どうしたらいい?

頭の中が、目まぐるしく回転する。


さっき、王妃様はなんて言った?

私が私でいられない世界?

私をわかってくれない?



「なら、王妃様、貴方が貴方でいられるように、話をしましょう。 

 貴方をわかるために、私に、貴方のことを話してください。

 そして、私に出来ることを貴方の為に、私は考えます。」


王妃様の感情の糸を手繰ることに集中する。


「貴方に、何ができると言うの。

 貴方は、神ではないと自分で言ったじゃない。」


ええ、そうです。

神と一緒にしないでください。


「確かに、私に出来ることは、そう多くはありません。

 私に出来ることは、一緒に考え悩み、話を聞くだけかもしれません。」


私は、うんうんと頷く。

王妃様の顔は、人形顔のままで、あきれたように言葉をつむいだ。


「それなら、無駄なことだわ。」


私は、ゆっくりと頭を振った。


「無駄かもしれません。 でも、考えてください。

 貴方が貴方であるために、もがくのは貴方だけではなくなるんです。

 一人じゃなくなるんです。

 一人では、思いもつかないことが、2人だと、思いつくかもしれません。

 この世は、全て可能性に満ちてるんです。」


そう、困った時は相談。

これは、常識。

私だけでは、解決できない時は、カースやレヴィ船長、セランや照に相談してる。


王妃の人形の瞳が、また揺れ始めた。


「貴方は、王の預かり人なのでしょう。

 ならば、私とずっと一緒に居るわけではないでしょう。」


その瞳には、ちょっと影が見え隠れする。

それを、逃してはいけない。

糸を手繰り寄せ、捕まえる。



「ずっと一緒にいることが、重要ですか?

 違いますよ、王妃様。 

 貴方を理解しようと、もがく人がいることが重要なんです。」


そう、理解してくれないと言うのなら、理解して見せましょう。

鳴かぬなら、鳴かせて見せましょう、ホトトギスだ。


「もがく人ですか……」


「はい。一緒に考えましょう。

 それから、そうですね、決めました。 王妃様に宿題です。

 貴方は、本当の貴方を憶えてますか?

 その貴方と今の王妃様は、どれほど違うのでしょう。

 一つずつ教えてください。

 そして、以前に、愛していたものを、思い出してください。」


王妃様の人生で、一度も何かを愛したことが無いっていうのは無いはずだ。

その対象が、人でなくともいい。

何かを大事だと思ったときのことを思い出してほしかった。


「貴方が、私に宿題をだすのですか?」


王妃様の人形スマイルです。


「いけませんか?

 相互理解の会話の第一歩です。」


王妃様に、負けない気持ちの笑顔で、私も微笑みを返した。



「期限はありますか?」


おお、ということは、私の宿題をする気なのですね。


「本当なら、期限はないと言いたいのですが、

 私が王城に居れる期限は一月ほどなのです。

 ですから、早めにお願いします。」


私は、ペコっと頭を軽く下げた。


「わかりました。

 貴方は、本当におかしな子ね。

 貴方にとって、私の問題に関わっても、

 なんの義理も恩恵も見返りもないでしょう。」


王妃様は、口角をあげて、目を細める。

かすかに王妃様が、笑った気がした。

まだまだ人形の顔だけど、いつかはその顔が人間の顔に戻るかもしれない。


「さあ? 恩恵とか、見返りとかはいりませんし、確かに義理もないですね。

 でも、王妃様が、私を知ってくだされば、それも

 わかると思います。」


「あら? 私も貴方を理解しないといけないのね。」


「そうですよ。

 相互理解といったでしょう。

 そっちのほうが、五分五分です。

 私に負けないように、私を知ってください。」


競争ですよ。

当然でしょう。

 

2人で、ニヒルに微笑みあっていたら、

横から、声がした。


「ねえ。 お話中邪魔するけど、

 そろそろ帰らないと、警備の人間が不審に思って、

 予備の鍵をもってやってくると思うよ。」


紫が、壁の上の穴に座って、こちらを見ていた。


紫の言葉に、はっと気がついた。

王妃様が来てから、多分一時間くらいは確実に経過してるだろう。


「王妃様、随分時間が経ってます。

 急いで帰りましょう。

 話の続きはまた明日です。」


王妃様も、顔のベールを下ろして、頷いた。


「紫、知らせてくれて、ありがとう。

 また明日、来るね。」


「うん。また明日。」


紫の腕は、ばいばいと軽く振られた。

私も、またねと軽く振り返す。


なんだか、今日は沢山、頭を使った気がする。

勿論体も。

どっと、疲れが出てきた。

夕食を軽く食べて、早くお風呂に入って寝よう。


ゆっくりと王妃様の後に続いて、階段を降りた。




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