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箱をあけよう  作者: ひろりん
第4章:王城編
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紫への宿題です。

ここには温石は無いみたいで、紫はお湯を沸かすのに、

小さなヤカンを、丸い輪に3本足がついた台の上に置いた。

大きめなオイルランプのガラスのカバーを外し、三本足の台の下に置く。


シュンシュンとヤカンの口から、湯気が音を立てて沸くまで、

紫も私も一言も話さなかった。

私は、単に紫の手元をじっと見ていただけなのだが、

紫は、何故だか、私が渡した手ぬぐいをじっと見つめていた。


鳥が数羽、仲良く空を飛んでいる絵が描いてあるだけの、

なんの変哲もない手ぬぐいだ。

紫は、絵柄の鳥の羽に、何度も手を触れていた。


お湯が沸き、ヤカンの口から、シュンシュンと音が漏れる。

紫は、手ぬぐいを棚の上に置いた。

そして、机の側に戻ってきて、

ポットの中に茶葉を入れてお湯を注ぎ、

程よいところで、二つのカップに、琥珀色の綺麗な紅茶を満たす。


紫は、私を椅子へと誘導し、自分は私とはテーブルを挟んだ

真向かいのベッドに腰をかける。


熱い紅茶に息を吹きかけて、紅茶を一口、口に含む。

ふわりとした花の香りが鼻から抜ける。

私が紅茶を飲み始めるのを確認してから、紫も紅茶のカップに口を寄せた。


「美味しい。」


紫がぽつりとつぶやいた。


その反応が嬉しくて、つい興奮気味に追従する。


「でしょう。 私も、この紅茶凄く美味しいと思いました。」


にこにこと笑いながら、ガレットやサンドイッチを勧める。


「これは、セザンさんが作ったの。甘くて美味しいよ。

 それから、こっちはトムさんが作ったサンドイッチ。

 トムさんのお料理は本当に、感動ものなんだよ。

 ねえ、紫、食べてみて。」


紫は、サンドイッチを手にとって、そろそろと一口。

その一口目で、目を見開いて、次に、咀嚼する回数が増える。

二口目からは、大きな口でぱくぱくとあっと言う間に形が消える。


紫は、紅茶と飲みながら、ほうっと一息。

その表情はとても満足げでした。


「ちょっとぱさっとしていたけど、美味しいね。

 こんなに美味しいパンは初めてだよ。」


そうでしょう。そうでしょう。


「これは、私の朝食にでたサンドイッチなの。

 時間がちょっと経っちゃったから、パサッとしているけど、でも美味しいよね。

 お腹がすいたときのお弁当用に持っていたんだけど、

 紫も美味しいと思ってくれたら、私も嬉しい。」


これで、紫もトムさん料理のファンになるかも。

そうしたら、一緒に美味しいねって感想を言い合える。


紫は、ガレットに手を伸ばしながら、

私に尋ねてきた。


「トムさんって、誰?

 セザンは知ってるけど。」


は?


「料理長ですよ。 頭つるつるで美声な中年スーパー料理人です。」


知らないの? 紫。


「ああ、5年前に新しく入った料理人だ。

 もう料理長になったんだ。 へえ。」


うん? トムさんってずっとこのお城にいたわけじゃないんだ。


「変わった料理を作るって評判だったらしいけど、

 美味しかったね。」


うんうん。

こくこくと頷いて、笑顔になる。


「明日から、トムさんのサンドイッチ、

 ここに持って来るから、半分っこしようか。

 本当は、いつも2種類あるの。

 いつもは、一つ食べて、もう一つをお弁当にするんだけど、

 一緒に食べようか。 楽しみにしててね。」


紅茶を持ち上げて、香りを楽しむ。

そうだな、紅茶の葉っぱも余分にもらえないかな。

明日、ワポルお爺ちゃんに聞いてみよう。

この紅茶でなくても、美味しい紅茶の葉っぱをもらえたらいいなあ。





「ねえ、メイ。

 どうして聞かないの?」


どうして?

質問の意味がわからない。


「聞くって何を?」


紅茶を楽しみながら、紫の顔をじっと見つめた。

相変わらず、綺麗な顔だ。

改めて、ゆっくり近くで見つめると、今度は

違うところばかりが目につき始めた。


シオン坊ちゃんと造作は似ているが、

持っている雰囲気や、行動、表情は全く似てない。

どちらかというと、紫のほうがかなり大人びている。

顎の線とか、首のラインは、細いが角ばってきている。

骨格が、大人になる一歩か、二歩手前なのかもしれない。


「どうして、僕はここにいるのかとか。

 僕は誰なのかとか。」


うん?

今朝、あったとき、誰ですかって聞いたけど、

答えてくれなかったのは、紫ではないですか。


「紫が話したいなら、聞くよ。

 無理に話を聞くつもりないから。」


程よく冷めた紅茶をまた一口。


「メイは、変わってるね。」


そうかな?


「紫が話したくないことを、無理に聞くのは、

 人としてどうかと思うだけだよ。」


「殆どの人間は、興味を持ったら、根掘り葉掘りと聞くものだけど。」


紫の顔が何かを思い出しているように、ちょっとだけ歪んだ。


「そうだね。 でも、聞いていい事と悪いことの区別はつくつもりだよ。」


これでも、大人だからね。


「ふうん。ねえ、じゃあ、言っていい事と悪いことの区別もつくんだ。」


紫が、軽く頬に手をあてて、机に肘を乗せた。


「それは、まだ修行中だよ。

 時々、失敗するかな。」


口の方が、先にぺろって滑ることが多々あるんだよね。

考えなしといわれても、しょうがない感じで。


「修行ねえ。 

 まあ、いいさ。

 僕もなんとなく、話したい気分だからね。

 どうしてだかわからないけど、君ならいいかな。」


紫の投げやりな態度に、ちょっとだけ、眉を顰めそうになったけど、

話したいって言ってる事は事実だと思うから、黙って頷いた。


紫は深いため息を一つついた後、私をしっかりと見据えて話し始めた。


「僕は、あの王妃の子供で、シオンとは双子の兄弟だよ。

 アトス信教では、双子はよくないことの前触れ。

 そして、先に生まれたほうが、悪魔の化身と呼ばれるんだ。

 だから、僕は悪魔として、生まれたときに殺されるはずだった。

 だけど、主の血筋とかいう厄介な血を残すための保険として、

 ここに秘密裏に育てられたんだ。

 僕の存在を知っているのは、王妃と侍女、執事くらいで、

 王もシオンも僕のことは知らない。」


紫の目は、一点をどこかに見据えたままで動かない。

その様子は、事実をただ語っているだけに見えた。

なんの感情さえも、その表情から伺うことが出来なかった。


「主の血筋って、シオンがいるのに?

 それに、王の地位ってこの国では、引き継がれないんでしょう。」


確か、そうだったはず。

 

「シオンは小さい頃は、体が弱かったんだ。

 それに、問題の血筋はこの国の王の血筋のことじゃない。

 王妃の血筋のことだよ。」


うん?

シオン坊ちゃん、体弱かったんですね。

そういえば、双子とか三つ子とか、

後に生まれた方が、虚弱児とか、集中治療室とか、

前にテレビで見たような気がする。


それに、王妃様の血筋ですか?

確か隣の公爵令嬢だってことだったような。


「王妃は公爵令嬢だったって言うのは、この国に嫁ぐ為のつくられた地位。

 王妃は、本当は隣のアトス神皇国の、教皇の血筋なんだ。」


教皇の血筋ですか。って言われても、

誰がどのくらい偉いのか、よくわかりません。


この国の偉い人ですら、覚えてないのに、他国について、

覚えているはずが無い。


ローマ法王みたいな感じなのかな。

うーん。


もっと、カースの授業、真面目に聞けばよかったかも。

あっ、教皇って、たしか、ここに来る前に、王様とセランが

何とか言ってたような。


「そういえば、教皇が代替わりしたって聞きました。

 前の教皇の血筋ってことでしょうか。」


「代替わり? そうか、だからなのか。」


紫は、ちょっとびっくりしていたけど、

首を軽くかしげたあと、頷いていた。


だからなのかって、何がどうなのですか?

一人で納得してないでください。


「この塔で、僕の世話という名目で見張っていたのは、

 アトス神皇国と繋がっている者なんだ。

 最初は、王妃と共にこの国にやって来た、年老いた侍女。

 その侍女が死んだら、この国のアトス教徒の侍女。

 だから、君もアトス信教の信者かと最初は思ったんだ。」


「違うし。」


「そう、だから、王妃に僕の侍女にしてくれるように、

 僕が頼んだんだ。 もう、見張りは真っ平だからね。」


そうか、だからいきなりの配置転換でしたか。


「アデルさんは、紫を見張っていたの?」


王様付の侍女だって言ってたけど、アデルさんは、

この部屋にずっといたんだろうか。


「正確には、僕と王妃だね。

 死なないように世話しつつ、おかしなことをしないか見張ってるんだ。」


おかしなことですか?

首をかしげていると、紫がふっと小さく笑った。


「王妃が、おかしなことを口走らないか。

 僕がこの塔から、逃げ出さないか。

 アトス神皇国に不利益をもたらさないか。」


そうですか。

なんとなくわかりました。


アデルさんは、隣の国のスパイとか、間者とかだったんですね。

でも、さっきの言葉で、一つ疑問が。


「紫は、逃げ出したりしないの?」


だって、さっきの話から推測するに、

生まれてからずっとこの塔にいるってことだよね。

昔も今も、閉じ込められているってことだよね。


逃げたいと思っても不思議は無いよ。


「小さい時は、ここから出たくて、よく泣いたよ。

 でも、テアばあさんは決して出してはくれなかった。」


だよね。

閉じ込められていたら、出たいって思うよね。

でも、テアばあさんって?


「テアは、隣国から王妃についてきた侍女だよ。

 僕は、テアばあさんに育てられたようなものなんだ。」


乳母みたいな感じかな。

マーサさんとかみたいな。


「テアばあさんは、敬虔なアトス教徒で、教皇の熱心な信望者だった。

 教皇から、双子の片割れが男子なら、隠せといわれてその通りにするほどにね。

 だから、僕は、例外的にここに隠されて育てられた。」


「隠して育てて、どうするの?」


「教皇には、直系の男子の跡取りがいないんだ。

 だからだろ。 」


え?

跡取り?


「紫って、教皇になるの?」


「違うよ。 でも、テアばあさんは、教皇の味方を育てているつもりだったから

 僕が、双子の悪魔でも、育てたんだ。 教皇のためさ。

 僕や王妃やシオンの事は、本当はどうでも良かったんだ。」


「どうしてそう思うの?

 紫を育ててくれたんでしょ。」


ちょっとでも、愛情を持って育ててくれたんじゃないの?


「外に出たいというと、脅された。

 僕が逃げたら、王妃とシオンが殺される。

 双子を産んだものと、その片割れだからね。

 また、僕の存在が知られたら、僕は殺される。

 悪魔を退治するっていうことらしいよ。」


殺される?

だって、血筋を残すのが大切なんでしょう。


「どうして?」


「神皇国も一枚岩ではないということだよ。

 教皇に組するものと、そうでないもの。

 宗教に傾倒するものと、そうでないもの。

 悪魔の双子を生んだ王妃も、双子も、教義的には、異端だからね。」


なんてややこしい。


だだ、この国に嫁いできて、双子を産んだ。


私の常識で普通に考えれば、なんの問題もない。

それどころか、可愛い双子に

めろめろ大人の一人に自分がなる自信がある。


「はあ、宗教とか、血筋とか、大変だね。」


王妃様、あんなに綺麗で、女神さまのような、完璧女性だと思っていたけど、

それはそれで、私には及びもつかないくらいに重たい人生を背負ってるんだ。

紫も、王妃様も、苦労してるんですね。 



「この塔の部屋は、この国が、他国に攻められたときの

 為の隠し部屋なんだ。

 だから、下が見える造りになっている。

 この国に来てすぐ、テアばあさんが、掃除していて、

 この部屋を見つけたんだ。

 だから、王も知らない。」


隠し部屋ですね。

お城ですからね、そういうこともあるのでしょう。 


「僕以外で、この部屋に入ったのは、君を入れて2人目。

 テアばあさんとメイだけだよ。」


あれ?

王妃様とアデルさんは?


「王妃は決して僕の存在を認めないから、無視されているも同然。

 アデルには、この部屋に入る許可は出してないよ。」


そうなんですか。

なら、なんで、私?


「君なら、僕がずっと疑問に思っていたことを

 答えてくれるかもしれないと思ったから。」


疑問?


「私は、なぞなぞは得意ではないので、簡潔に言ってくださいね。」


そうです。

言っている意味がわからない言葉は、それからまず考えないといけないので、

時間が掛かります。


「まずは、大事なものの選び方。

 二つの大事なものがあるとき、片方しか選べないとしたら、

 どちらを選ぶ?」


大事なもの?


「それは、大事なものによるよ。」


「なら、メイの大事な人を2人選んで。

 二人が同時に別の場所で死に掛けていて

 手を伸ばしたなら、君はどちらかを選ぶ時、なんの基準で選ぶの?」


おお、おぼれている2人論です。

そういえば、以前にも考えようとしていて、放棄したっけ。

あのころは、人の死という場面を想像するだけで、心が凍った。


あれから、いろんな人にあって、沢山の時間をすごして、

こちらの世界でも、大事な人達にあった。

だから、冷静に考えることが出来るようになった。

心の痛みは消えないけれど。



「そうね、助かりそうな方を助けるわ。

 助けたいほうではなくてね。」


「それが、君のどんなに大切な人でも?」



大切な人と言われて思い浮かぶのは、レヴィ船長とカース。

照はいつも私と一緒にいるから、論外でしょう。



「どちらを選んでも、私はきっと後悔する。

 そして、2人ともを失うことには、耐えられない。

 なら、確実に助かるほうを選ぶわ。」


カースが手前でおぼれていたら、カースを助ける。

レヴィ船長も、それでいいって言うはず。


「それで良いの?」


「いいわけないでしょ。

 それは、経過よ。

 私の大事な人は、決して諦めない人だから、絶対生きてる。

 だから、一人を確実に助けた後、もう一度、助けに行くわ。」


レヴィ船長なら、必ず生きていてくれる。

私が助けに行くまで、必ず。

そう信じたい。


「その結果、君が死んでも?」


「私は、死なないもの。

 大事な人を置いて、決して死なない。

 ずっと前から、決めてるの。」


神様の守護者って肩書きが無くなって、ただの芽衣子に戻っても、

多分、同じ事をするだろう。


置いていかれる悲しみを、もう一度味わうのは真っ平だ。


私は、私。 


変わらないのだから。

変わってはいけないのだから。


心の中の、亀裂がキリっと音を立てた気がした。



「ふうん。 きっぱりと言うんだね。

 なら、次の質問。」


「何?」


「人は、死んだらどこにいくのかな?」


死んだら?

さっきからの紫の質問は、胸に心に、過去が酷く染みる。


「知らないよ。 死んだことないから。」


吐く息が、細く長くなっていく気がした。


「アトス信教では、死は、安らかな死と苦悶な死の二つしかない。

 つまり、苦しんで死ぬか、楽に死ぬか。

 でも、死んだ先は、アトス神様のところにいくとしか書いてないんだ。」


「へえ。 こっちの神様は、大変だね。」


一人で、大勢の人を面倒みるのか。

それは気が遠くなる作業だ。

4つ柱の神様たちは、どうなのだろうか。

お手伝いしたりするのかな。


「メイのところは違うの?」


「うん。 天国と地獄があってね。

 天国は、次に生まれ変わるのを待つ場所で

 地獄は悪いことをした人達が、悔い改めるまで苦行をする辛い場所だよ。」


「地獄って、どんな人が行くの?」


「生きているうちに、良心にそむく生き方をした人達がいくの。」


「たとえば?」


「人を殺めたり、騙したり、悪いこと全般かな。」


「それって、どこまでが悪いことに数えられるのかな。」


「さあ、神様じゃないから、わからないよ。

 でも、死んだ時に、いい人生だったって大往生できる人は、

 天国にいけると思う。」


「なら、自分から、死を選んだ人は、天国に行けるかな。」


ずくん、ずくん。

胸の音が、耳鳴りのように耳に木霊する。

 

「誰が、誰の死を選ぶの?」


口から出た言葉が、震えてくる。

無意識に握り締めた拳が、スカートの上で小さく震え始めた。


「僕が、僕の死を選ぶ、ということだよ。」


簡単でしょ。

紫は、そういう風に、軽く肩をすくめる。

冗談で言っているのかと、紫の目をみると、

目の奥には、鈍く暗い光を携えていた。


手のひらにじっとりと汗をかいていた。

視線をずらさず、震える口調を押さえるように強く言い放つ。


「紫は、生きたいの? 死にたいの?」


どっち?


「それは、聞いてないよ。

 僕には、生きているのも、死にに行くのも変わらない。

 だから、教えて欲しいんだ。

 アトス信教徒でない君に、尋ねたい。」


紫の目には、怒りも恐れも、焦りも、苛立ちも、何も無かった。

例えて言うなら、悟りを開いたお坊さんの老齢した目のようだ。


紫は、すべてを諦めて、

私に、運命をゆだねようとしているのかもしれない。


地獄に行くとか言ったとしても、紫は笑って、死を待つのかもしれない。


なんだか、無性に腹が立ってきた。


「紫の卑怯者。」


「は?」


「だって、そうでしょう。

 自分の人生を、人に決めてもらおうなんて、虫が良すぎる。

 そりゃあ、今までの紫の人生は、誰かに決められたものだったかもしれない。

 でも、これからの人生も全て、他人に丸投げするのは、逃げだよ。」


私に、紫の人生を、死を背負わすの?

そんなのまっぴらごめんだ。


「仕方ないだろう。

 それが僕なんだから。」


紫が、私の追及から逃れるように、そっぽを向いた。

その態度にも、腹がたった。


「その言い方も、ずるい。

 紫のしたいことを、言わないで、仕方ないで済ませるの?

 紫の態度は、100歳のお爺さんみたいだよ。」


「100歳って、普通、そんなに長生きしないだろ。」


いいかげんに、こっちを向きなさい。

とばかりに、座っていた自分の膝を音を立てて叩いた。


パンっという乾いた音がして、

紫の顔がこっちをみた。


「話を掏り替えないで。

 いい。紫がしたいことと私のしたいことは、別物なんだよ。

 紫は、紫の人生はこれからなんだから。

 これから、体ももっと大きくなるし、大人になる。

 そうしたら、選べる未来はきっとくる。

 自分の未来は、自分で決めるの。

 誰かの為とかでもなく、自分の為に。

 だから、逃げないで、ここから。

 そして、自分から。」


あきらめたら、人生はそこで終わってしまう。

その後に、残された人の人生をも巻き込んで、終焉を迎えてしまう。


あの時に、私は、巻き込んで、巻き込まれた。

それから、ずっと続く、胸の奥の鈍い痛み。

これは、決してなくならない。

思い出しただけで、ずくっと痛みが走る。


「僕は、逃げているのか。

 ただ、諦めるだけだと思ってた。

 それに、メイがそんなに怒ると思わなかった。

 だって、僕が死んだら、すべてが丸く収まると思わないかい?

 前教皇は代替わりしたということは、血筋に意味が無くなったということ。

 あとは、双子だった事実が消えれば、全て平穏だ。」


言ってることは、物騒極まりない。

その標的が紫本人だって事実がないと、殴っているところだ。


「諦めは、逃げと同義語よ。

 この場合は特にね。

 前教皇が代替わりしたから、何だって言うの。

 紫は紫でしょう。 事実と真実は別物だよ。

 紫は、ちゃんと考えて。

 紫にとっての真実は、なに?」


親は親、子供は子供だよ。

教皇だから、血筋だから、そんなの何の関係も無いじゃない。


「僕にとっての真実?」


紫は、じっと私の顔を見返していた。

その視線に負けないように、私も、視線を外さない。


「そうだよ。

 紫の本当にしたいことは何? 

 それを手に入れるために、何をしたらいいか。

 考えて、紫。 

 それが見つかったら、紫の未来は必ず動くよ。」


そうだよ。

紫が大人になったら、ここを出て、

レヴィ船長みたいに、船にのって外国にいくことも出来るだろう。

この国でも、他国でも好きなところにいけるようになるかもしれない。

そうしたら、いろんな人と出会い、別れ、いろんな事を知るだろう。


人生を諦めるなんて言葉は、枯れた人間の言う言葉だ。

大往生の間際に言うなら、良いけど、

今の紫では、石にも棒にも引っかからない。

役不足もいいところだ。



その時、下から、耳障りの悪い、聞いたことのある、鍵のまわる音がした。

床下のガラス部分を伺うと、王妃様が入ってきていた。


え?

いつの間に。


上部の天窓に目をやると、すでに太陽の光は無く、

暗い影がランプの光に反射して、灯りと闇のコントラストがくっきりと浮かんでいた。


王妃様が来たなら、降りなきゃ。

紫に目を向けると、紫はまだ、紅茶のカップを持ったまま、

ただ考え込んでいた。



「僕の真実、僕の未来……」


「紫は、もっと真剣に考えて。

 これは、紫に宿題ね。」


はっきりと言い放った。

そして、急いで部屋から外に出て、階段を下に駆け下りた。





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