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箱をあけよう  作者: ひろりん
第4章:王城編
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一緒にお茶をしましょう。

美味しいおやつを心ゆくまで食べ、また、明日の家族の来訪を

聞かされて、正にるんるん、スキップ状態です。


ステファンさんに、笑われました。


「そんなに浮かれていると、転びますよ。」


そんな子供じゃありませんよ。

東の塔の側の階段を上がりきったところで、

そう言い返そうと思って振り返っていたら、人にぶつかりました。


ぶっ。


豚の鳴き声のような、音が聞こえました。

私の後ろ頭と、その人の顎が出会い頭にクリーンヒットです。

私は、多少痛かったですが、後頭部は硬い部類に入りますので、大丈夫です。

ですが、相手は、かなり痛かったようです。

顎を押さえて、壁際で座り込んで、涙目になってました。


「すいません。 前を見てなくて。

 救護室行きますか? 大丈夫ですか?」


おろおろしながら、その人の肩に触ると、

いきなり怒られました。


「なんだ、お前は。

 触るな、寄るな。」


まあ、よほど痛かったんですね。

それでは、怒るの当然ですね。


加害者としては、救護室までお連れしたいのですが、完全に拒絶されてます。

被害者である男性は、顔を手で覆ったまま、よろっと立ち上がると、

そのまま、私の横を通り過ぎて、階段を降りていきました。


「あのー。ぶつかって、ごめんなさい。

 痛くなったら、すぐに、救護室に行ってくださいねー。」


上から、その人に声をかけましたが、返事はありませんでした。

これは、出会い頭の事故というものですね。

不可抗力です。多分。



(違うと思うけど)


いいえ。不可抗力です。

私の運動神経では、前を向いていても、

あのタイミングで出てこられると、よけられないです。


(それ……)



「危ないですね。」



私の肩をぐっと掴んでいてくれた、ステファンさん。

ぶつかった時、すぐ後ろにいてくれたので、階段落ちになりませんでした。


「ありがとうございます。 ステファンさんが支えていてくれたので、

 階段を落ちずに済みました。」


落ちたら、さすがに痛いですものね。

本当に、良かった。


「前を向いて歩きましょうね。子供ではないんですから。」


のうー。

言い返されました。


「ぶつけた頭は大丈夫ですか? 女性にぶつかっておきながら、

 あの対応とは、男性の風上にも置けませんね。」


ステファンさんは、私の後頭部の状態を見ようと、

そおっと触ろうとしてくれる様子です。


いや、触られると、多分、痛いから。

たんこぶ、できてるかもしれないし。

あの人、顎がとんがっていたんだと思う。

今頃になって、じわじわと痛みが広がってきている。



「あの人、痛そうでしたけど、大丈夫でしょうか。」


ステファンさんの手を逃れるべく、くるりと周り、

話題を変えてみた。

塔に入ったら、一番に冷たい水で冷やそう。

たんこぶは冷やすのが一番だ。


「あの歩きようでは、問題ないでしょう。

 彼は、服装からして、庭師のようですが、

 庭師が一体何故、上から降りてくるのでしょうか。」


庭師?

そういえば、麦藁帽子は被ってなかったけど、

つなぎのようなごつい服を着てましたね。


「さあ、上の階で、休憩とかでしょうか?」


庭師の行動は、私にはわかりません。

たまには、上からの庭を見渡したかったとかでしょうか。


首を傾げていたら、ステファンさんは、難しい顔です。


ステファンさんも、あの庭師さんの怪我が気になるのでしょうか。

私がじっと、ステファンさんを見ていたら、その視線に気がついたようで、

ふっと軽く笑顔で返されました。


「さあ、北の塔に行きましょうか。

 今度は、前を向いて歩いてくださいね。」


ぐっ 前ですね、前。


「はい。」


北の塔の渡り廊下で、ステファンさんとはお別れです。

それでは、また後でと言おうとしたら、

左の二の腕をぐっと掴まれました。


「メイさん。 今から、塔へ入って、王妃様が帰られるまで、

 貴方は、塔の外には出ない。 そうですね。」


はい。そうですね。

頷きます。


「王妃さまの護衛が現れたら、私は、塔から半刻ほど、離れます。

 必ず、帰ってきますから、それまで、一人では決して行動しないでください。」


つまり、迎えにくるまで、待ってなさいってことですね。


「はい。 わかりました。」


真剣な表情に、しっかりと頷きながら返事を返しました。


なにか、しなくてはいけないことがあるのでしょう。

それも、早急に。

それなのに、私の側での護衛を、きちんとしてくれようとする

ステファンさんの仕事熱心さに、頭が下がるばかりです。







塔に鍵を差込、ぎぎっという音を鳴らしながら回して、ぐっと押し込みました。

そのまま引っ張ると、すうっと簡単に開きました。


本当に、すうっとですよ。

この軽さ、今朝までの重い扉とは思えないくらいです。

もう一度試してみましょう。


鍵を抜いて中に入り、また同じ様に、鍵を回して、押し込んでから閉めます。

やっぱり、軽いです。

ああ、なんとなく、一人で感動してしまいますね。


足取りも軽く、石の螺旋階段をとんとんと上ると、

またもや、扉です。

もう、扉の重さなんて、怖くないですよ。

どんとこいです。


鍵を開ける時には、ガチャギギって音がしますが、

開くときには、やっぱりすうって開くのですよ。

中に入って、再度、鍵閉めの時も。

思わず、うふふと顔がにんまり笑ってしまいます。



「やあ、メイ、やけにご機嫌だね。

 なにか良いことでもあったのかい?」


入ってすぐの場所に置いてあった木の椅子に紫が座ってました。


「はい。 良いことありましたよ。

 なんと、扉が軽いんです。」


「は?」


「ネイシスさんに、扉を開けるコツを教えてもらったんです。

 そうしたら、びっくりするくらいに軽く開くんです。

 これで、筋肉痛とはおさらばですよ。」


紫の顔は、なんだか拍子抜けって感じです。


「なんだ、そんなこと。」


「あ、そんなことって言いましたね。

 楽しいことや、嬉しいことは日々の積み重ねで見つけるのが、

 楽しい人生の生き方ですよ。」


腰に手をやって、お姉さんポーズを取ります。


「そんなこといってたら、何をやっても笑ってないといけないじゃないか。」


紫は呆れ顔を変えません。

それどころか、眉間に皺、よってます。

子供のくせに、何を皺なんか寄せちゃってるんですか。

若いうちに皺よせると、後で後悔することになるんだから。



「何も、全てに笑えといってるわけじゃありませんよ。

 楽しい発見。これが、楽しいんです。」


びしっと人差し指を立てて、決めポーズ。

すこしは、年上らしく、格好よく。


「ふうん。 でも、君を見ている方が、楽しいと思うけど。」


紫の顔が、意地悪そうに、笑いました。

確かに、笑顔の方がいいとは思いましたけど

その笑い方は、違うような気がします。


息を吐いて、吸い込んで、吐く。


「なら、見てていいよ。

 今から、頑張って、お掃除するから。

 それに、私、今回は、いいもの持ってるんですよ。」


腕に下げていた手ぬぐいバッグを目の前に翳します。


「初エプロンです。 ティーおばさんの手作りですよ。

 それに、手袋もあるんです。 

 これで、お掃除もやる気が出てくるってもんです。」


何も言わない紫を前に、真っ白のエプロンを広げて、

服の上につけました。


エプロンは、メイドさんがしていたような可愛いタイプかと思っていたのですが、

全体的にみると、袖なしの割烹着です。

袖繰と裾に布を寄せたフリルがついていて、

お尻が破れても隠せるくらいに後ろがゆったりしてます。

ウエストで縛って、後ろで括るタイプで、幅広な布を蝶々結びにすると、

大きなリボンができます。


着てみると、これでもかって言うくらいの大きな左右のポケット。

それに、ポケットの上にポケットがついてます。

つまりタブルポケットです。 

職人さんの心意気を感じる一品です。

これならば、束子と洗剤にバケツを持ったまま移動可能です。


「どうですか? 素敵でしょう。」


くるくると廻ると、紫がふうっとため息をつきました。


「はいはい。 早く掃除しようね。

 僕も手伝うから。」


はい?


「え? 紫、掃除手伝ってくれるの?」


「うん。 メイと話したいことがあるんだ。

 だから、早く終わらそう。

 それに、ここの掃除は慣れてる。」


そう言いながら、紫は掃除道具のはいった木のロッカーから、

箒とちりとりを取り出しました。そして、拝殿の端から、箒で掃いていきます。

その様子は、随分と手馴れてます。


「紫は、アデルさんの手伝いをしていたの?」


返事はありません。

が、まあ、手伝ってもらえるなら、それに越したことはありません。


あちらこちらに、はたきをかけながら、埃を落としていきます。

うん、埃は結構あるね。

手ぬぐいを口の周りにぐるりと巻きました。

紫も、けほけほと咳をしだしたので、

てぬぐいを一枚渡しました。


「埃が、結構沢山落ちるから、吸い込まないように、

 これで、口の周りを覆ったらいいよ。 」


鳥の絵が入った手ぬぐいを渡しました。

ちなみに私のマスクがわりの手ぬぐいの柄は、月と星の絵が入ってます。


じっと手ぬぐいの柄を見ていた紫が、それを受け取って、

私と同じように口の周りを覆いました。


埃を私が落として、紫が掃いて、いいコンビネーションですね。

あらかた、埃を取り終わると、バケツに水を入れて、モップをかけます。

紫が手を差し出したので、モップを渡しました。


私は、雑巾を絞って、拝殿や椅子などの数少ない家具を拭いていきます。

あらかた拭き終わったら、今度は、手袋をしてから、

油脂と束子と皮布を取り出して、木の家具を磨きます。


軽く磨き終わった後に、乾いた雑巾で、再度磨きます。

木の家具は、深い色身に変わり、艶が出てきました。

毎日、こうやって磨けば、顔が映るくらいになるかもしれませんよ。


私の方が終わった頃に、紫のモップ掛けが終わりました。


2人で掃除したら、効率いいですね。

本当なら、一時間くらい掛かるところを半分の時間で終わりましたよ。

お日様はまだ、暮れてません。

外から入る光は、明るいです。


紫は、後片付けをして、道具を全部しまいました。

本当に、随分と手馴れてます。



「ありがとう。紫。

 紫のお陰で、随分早く、綺麗になったよ。」


排水溝の側で、ポンプで水をくみ上げて、

2人で石鹸で手を洗って、新しい手ぬぐいで手を拭きました。

紫は、鳥の絵の手ぬぐいが気に入ったようだったので、

私の手ぬぐいを手拭に渡しました。


エプロンを外して、お掃除のロッカーの下の引き出しにしまいました。

ここに置いておけば、お掃除の時に楽です。


侍女服の裾をぴっと伸ばして、背伸びをします。


「紫、ご苦労様でした。

 お茶セットがあれば、ここでお茶が出せるんだけど、

 うーん、残念だけど仕方ないよね。」


水差しは、ある。

掃除の時に机の下の棚に水差しとコップが4つ置いてあるのを見つけた。

お茶用ではないけれど、普通のブリキと木のコップ。

使っても多分、王妃様は文句いわないと思う。


「お水で良いかな。 このコップ使っても良いと思うんだけど、

 紫、どう思う?」


紫の顔は、笑ってない。

それどころか、なんだか、困惑している顔をしている。


「それは、使わない方がいいよ。

 随分古いものだし。 虫が穴を開けてるかもしれない。」


虫?

いやです。

木に穴を開ける虫って、あれですか? シロアリとかいう虫でしょうか。

速攻に、棚の中にコップを戻しました。


はあっと紫が大きなため息をつきました。


「こっちにおいで。 お茶を入れよう。」


こっち?

掃除でお部屋中を拭いて廻りましたけど、どこにもお茶セットなかったですよ。


紫が向かったのは、拝殿の正面の壁。

そこには、アトス神の像が飾り棚に置いてあり、

その下には、供物や聖水を置いてある机。


飾り棚の下に紫は手を伸ばし、底から丸い鉄の輪を取り引っ張りました。

そうすると、飾り棚の下が、するっと音も無く、奥に引っ込みました。


なんと、ここにもしかけが。

この塔、仕掛けだらけではないですか。


びっくりして口を開けていると、紫がその穴に入っていきます。

穴の大きさは、一メートルくらいの高さに横幅は、50cmくらい。

飾り棚の下の壁のサイズ分だけが、引っ込んだんです。


(口を閉じなさいよ)


そうでした。

今は、びっくりに浸っている場合ではありません。


紫を追いかけて、中に入ると、そこには細い石の階段がありました。

それは、随分急な階段ですが、上に向かってずっと延びてます。

幅は、私が通るのがやっとの幅しかありません。

これは、走ると、お尻があちこちにぶつかりそうです。


上を見あげると、紫の姿はもう見えません。

途中に階段の踊り場のような、幅広な石段がありました。

そして、内側の壁に1m四方の穴が開いており、

そこからは、塔の内部が上から見渡せるようになってました。


ああ、最初に紫を見たときに上にいたような気がしたのは、

ここに座っていたのかな。


そのまま、上に上がると、小さなドアがありました。

それは、通常の半分の高さのドア。

お茶室のにじり口のような大きさです。


そのドアが開いていたので、そこをくぐると、

一つの部屋がありました。

床は、これは、半面がステンドガラスでしょうか。

分厚いガラスがはまってます。


ここは、塔の一番上ですね。

上から下が見えます。

ちらっと見ただけですが、さっきまでお掃除していた拝殿が、

まるっと全部、上から見えてます。


なんだか、高所恐怖症になりそうな風景です。


ガラス張りでない半面は、板張りでした。

ガラスは怖いので、板張りの方の床にそおっと足を伸ばして、

中に入りました。


「そんなに心配しなくても、このガラスは割れないよ。

 石と石の間に羽目殺しになっているんだ。

 だから、問題ない。」


でも、下が見えますよね。


「下から見えるの?」


スカートの中、もしかして丸っと見えちゃう。


「いいや、下からは、すぐ下の窓ガラスに

 反射して見えないようになっている。」


すぐ下に窓があるの?


そう思って、そうっと下を覗き込んだら、

丁度夕日が差し込んで、塔の中の白い漆喰で乱反射している。


「それぞれの窓の向きは、丁度漆喰に光が反射するようにされているんだ。」


よく見ると、窓は東と西に一つずつ。

それぞれが、壁の漆喰に反射するように、

外の光が入るように、斜め下を向いていた。


「この床に使われているガラスは、面に小さな波のような模様が入っている。

 そのため、漆喰の壁とかわらない色にあちらからは見えるんだ。

 だから、下から見てもわからない。」


へえ。

一応、ガラスをそっと叩いてみる。


ごんごんごん。


響く音は、工事現場の鉄板のような音。

うん、なんとなく、大丈夫のような気がします。

床に安心したら、周りを見渡す余裕が出てきました。


壁は、下と同じ、漆喰が塗り固めているけど、

所々に窪みがあり、ランプが置かれていて、

ランプの明かりの煤が、漆喰部分を黒く汚していた。


天井の部分に天窓が一つ。

斜めの傾斜の天井に、白いカーテンがつけられている。

その白いカーテン越しに、夕日の光がクリーム色に斜めに入り、

漆喰の壁と床のガラスに反射して、

部屋は、ほんのりと明るい。



板張りの部分に木で出来た、ベッドに小さな丸テーブル。

そして、椅子が一つに、壁際に小さな本棚と小さな3段の箪笥。

それだけだ。


本当に、簡素な部屋。

私の部屋よりも物が少ない。


丸テーブルの上に、可愛いお茶セットがありました。

紅茶の茶渋が底にうっすらと残っている。

その色合いは、使い込まれた茶器に残る風合いです。

花と鳥が描かれた絵がついたカップは2つ。

その絵も、随分と薄れてきています。


大事に大事に、ずっと使い込まれた食器というものですね。

そういう食器は、美味しい紅茶を入れてくれるでしょう。


そういえば、思い出しました。

私、とっときを持ってました。


「紫、 これ入れよう。

 さっき、ポルクお爺ちゃんにもらったの。

 凄く美味しいの。

 これ飲んだら、疲れも吹っ飛ぶよ。」


紅茶の葉をポケットから出し、紫に渡しました。

紫の顔は、びっくりしてました。

まさか、私のポケットから、紅茶が出てくるなんて、予測がつかなかったことでしょう。

でも、驚きはそれだけではないですよ。


ポケットから、セザンさんのガレットと、

トムさんのサンドイッチを出しました。

ハンカチの中に、油紙をきちんと敷いてますから、

まだ、ぱさぱさにはなってませんよ。

ちょっと、ガレットは、欠けてますけどね。


テーブルの上に次々と出てくる食べ物に、

紫は正に、鳩が豆鉄砲を食らったみたいなと言う感じで、

ただ呆然としている。


「さあ、紫の紅茶が入ったら、一緒にお茶しましょう。

 お掃除、お疲れ様。」


椅子に腰掛けて、にっこり笑顔です。

お茶と一緒に、お話をしましょうか。






やっと、主要人物が出揃いました。

次から、話が動きます。

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